平穏で、穏やかな
ポップでキュートでメルヘンを合言葉に作られてしまったここは、正直どこを見ても何となく目にうるさい。
これで色合いがもっときつかったら目にくる負担はどれだけになるだろうか……そう思いつつもルーカスは数人掛けのソファーに横たわった。
ルーナの両親と顔を合わせたのは既に数か月も前の事だ。
よくもうちの娘を! みたいな前世で見たドラマのように父親に一発くらいはぶん殴られる覚悟もしていたが、ルーナの言葉通りそういった事にはならなかった。
そもそも今は娘の姿をしていても男にもなれる種族なので、何かそういう展開になるっていうコト自体思いも寄らなかったらしい。
予想以上の歓待を受けて、逆に戸惑ったのは記憶に新しい。
捕まったら最後数十年は出られなくなるぞ、とか言われていたのでこれでも多少の警戒もしていたのだが、別にノンストップでマシンガントークに巻き込まれるでもなく、尋問のようにあれこれ聞かれるでもなく。
こちらの予想を裏切ってとても普通にもてなされ、その合間合間に二人の馴れ初めだとかを聞かれたり、あとは昔、まだ幼い頃のルーナについて聞かされたり。
そのついでにこちらの過去も聞かれはした。
ルーナは既にルーカスの故郷が滅んでいる事を知っているため、若干言葉を濁しつつもあまり深く聞かないで欲しいとか言っていたが別に聞かれて困るものでもない。
むしろ押しかける原因の一つともなった精霊たちに関する話でもあるので、普通に話した。
ルーナの両親の反応は、まぁ割と普通だった。
一連の事情を話して、図々しいとは思うがしばらくこちらに身を寄せたいと言えば好きなだけ居ていいとまで言われた。
なんだろう、この、一度訪れたら数十年帰れないと思ってた場所が思った以上に普通だった件。
好きなだけいて、好きな時に出ていけばいいと言われて助かったのは事実だ。
ここなら向こう側の干渉を受けない。
精霊憑きである事は別に公言していなかったが、それでも知られないままでいられるとは思っていない。
精霊と交信できる相手がいれば、何かの拍子にそんな情報が漏れないとも限らないし、その情報がいつどこで漏れてどうなるかは予想できるものではない。
ただ、帝国が滅んで今はそれ以外の大陸もそう騒ぎになるような事件もないし戦争といったキナ臭い話が出るでもない。
けれどもそれは均衡を破るキッカケがないだけで、もし何かの拍子にそれらを壊せるものがあればあっという間に状況は一変する事だろう。
そのキッカケになるような事を避けるためにこうしておいそれと手出しできそうにない場所に引きこもったのだ。
これで数年様子を見て、大丈夫そうならこっそり戻ろう。
ルーカスの考えは廃墟群島を消滅させた後の話し合いで考えたあたりからそこまで変化していない。
組織が比較的平和な考え方で助かったとすら思っている。
前世で読んだ小説とかだと、場合によっては何か服従するような道具とか使われて都合のいい戦闘道具みたいな扱いになったり、危険な地域に単独突っ込まされたりだとか、あとは何らかの凶悪な事件の犯人に仕立て上げられたりだろうか。どちらにしてもロクなものじゃない。
そういった所から起死回生の立て直しを、みたいな話もあるにはあるが、正直ルーカスにそこまでのポテンシャルがあるとは思っていないのでミリアが穏便にどうにかしてくれるつもりだった事はむしろ大助かりだった。
リーダーであるという事実をあの場で明かしたのはまずかったかなぁ、と思いはするものの、それだけだ。
リーダーですらないミリアがどうにかすると言っても信用できないが、真のリーダーはミリアだ。
であれば、ルーカスが廃墟群島に関わって死んだという話をさも真実のように広めるのはそう難しい事でもないだろう。
鳥でちょっと現地調査行ってきたけど手掛かりなし、の一言であっさり他の連中にはいこの件おしまいね、なんて終わらせてくれそうだ。
組織自体はそこまで争いごとを求めているというわけでもないけれど、それでも血の気の多い奴はいるし組織全体だって纏まってるように見えて一枚岩じゃない部分もある。
俺が懸念したのはそういった連中だった。ミリアも恐らくその部分を考えたからこそ、あの時今後の話をしようなんて言い出したに違いない。
俺自体は基本的に無害なんだけどな。ある程度戦えるけど、俺だけならそこら辺にいるようなのとそう実力は変わらない。ただ、精霊が六名憑いてるせいで攻撃とかにとんでもバフみたいなのかかってるように見えるだけで。
ルーナの家に世話になってから数か月。向こう側の情勢はこっちだと驚く程何も入ってこないので、向こうがどうなってるかは知りようがない。
大抵のルアハ族は向こう側と関わるつもりもないようで、だからこそそんなの知らなくてもそこまで困らないと言わんばかりだが知らないうちに何だかとんでもない事になってるのも困る、といった風に考える奴がたまに向こう側の様子を見に行くらしい。
プリムもその一人だったようだ。
特にやる事もなく暇を持て余すかと思っていた日々は、しかし思いの外忙しかった。
普段はルーナの両親の話に付き合わされたりする事が多いが、それ以外だと暇を持て余した精霊たちの遊び相手だろうか。
いや、勝手に遊んでろよ、と思っているのも事実なのだが日がな家の中にいるだけだといざという時身体が鈍ってそうなので少しは動くか……と思ったらこれだ。
というか、今まであまり積極的に構われなかった事もあって、精霊たちがはっちゃけた。
その世話に追われると一日はあっという間で。
家に戻ってくると何だかとても疲れ果てて、ついつい座り心地の良いソファーに横たわるのが癖になってしまっていた。
いくら妻にあたる人物の実家とはいえ、自分にとっては義理がつく。そういう意味ではくつろぎすぎでは……? と思った事もあるのだが、ルーナの両親はにこにこしながら自分の家だと思ってくつろいでちょうだいなんて言うものだから、ついつい甘えてしまっている。
それに……何というか似ているのだ。顔が、ではなく雰囲気が前世の両親たちに。
そのせいかもしれない。
もし前世の記憶なんてものが蘇ってなかったら何か違っていただろうかと考えるが……多分ここでこうしてくつろぐ以外は然程変わりはなかったんじゃないかと思う。
もしくは、前世の記憶が蘇るタイミングが違っていたら何か違っただろうか、とも考えたが結果としてやはり大きく変わりはしなかっただろうなとも。
前世の記憶がないままであれば、きっとティーシャの街でアマンダを探せという指令が来た時だって普通に捜索していただろうし、その後ルフトと出会った時もそのまま一緒に行動していただろう。
けれども多分、かつての自分のままであればルフトとの仲はもっと拗れていた可能性はあったかもしれない。
しかし何だかんだ最終的には同じ結果に行きついたのではなかろうか。何となくだがルーカスはそう思っている。
もっと以前に前世の記憶を思い出していたとして、やはり何かが変わったとは思えない。
仮に考えてもしルーナに襲われた時に前世の記憶が蘇っていたら。
多分蘇る以前以上に取り乱した可能性はあるがそれだけだろう。
その後ルフトと出会った時にすぐ気づけるかどうかは微妙なところだ。ルフトが最初から顔を晒していれば話は違ったかもしれないが。
ただ、もし前世の記憶を思い出さないままクロムートたちとの一件を終わらせていたら。
自分の存在が新たな火種になりかねない可能性を考えて偽装工作して死んだことにしてどこかに行くのは行っただろうけど、こうしてルアハ族の故郷に身を寄せたかは微妙なところだ。
ハンスの事もルーナの事もルフトの事も全部全部置いていって、忽然と姿を消しただろうな……と以前の自分の事を考えるとそう思えてしまうのだ。
もしそうなっていたら、ルーナとルフトは何だかんだルーカスを探したかもしれない。
ルーナはさておきルフトに至っては見つけ次第ぶん殴るとか思ってそうだ。
ハンスもきっと探しただろう。いつも撒かれていたのだから、その延長上といった具合に。
……ルーナやルフトはさておきハンスは人間だし、そろそろいい年なんだからどっかで落ち着いて欲しいとも思っている。もしそんな事になっていたら、最悪ハンスは人生をかけてルーカスを探す事になっていたかもしれない。
……そう考えると色々とシャレにならない気がして、そういう部分では思い出しておいて良かった、と言えるのかもしれない。
「なんだかすっかり馴染んでしまったな」
「あぁ、ここは比較的落ち着いてるから」
ソファーに横たわっていたルーカスのもとへやってきたルーナがかすかに笑いながら声をかける。
周辺の色合いは大体パステルカラーなふんわり系だけど、ルーカスがいるリビングはその中でも比較的目に優しい配色なので彼自身、自覚しながらもよくこの場に留まっていた。
足側、ややあいたスペースにルーナが腰を下ろす。
「その、大丈夫か? 両親に色々と聞かれていたけど」
「ん? あぁ、別に。あれくらいは普通だろ」
「……そうか? 三時間くらいぶっ通しで生い立ち聞かれるのは普通だろうか?」
「積もる話がたくさんあって、その中の三時間程度ならまぁ、そんなものだろ」
とはいうもののルーカスも両親がもっととっつきにくい感じであれば気疲れしたかもしれない。ただ、前世の両親に雰囲気が似ていたのでそこまで気負う事がなかっただけの話だ。
そういった点では、今のところ何だかんだルーカスとルーナの両親は上手くやっている。
「何だか実の子である私よりルーカスの方が家族みたいだ」
「そうか? 確かに受け入れられてる自覚はあるけど、でもそれは僕があんたと上手くやれてるからだろ」
「そうだろうか?」
「そうだろうよ」
仮にも自分たちの子と伴侶になった相手ではあるが、その伴侶が妻を虐げているようなら、幸せにできていないのであれば、こんな風に家に置いておくことだってしやしないだろう。ルーナがルーカスを受け入れているからこそ、両親も子の意思を汲んでいるに過ぎない、とルーカスは思っている。
それに、ルーナがいない時に両親と話をしていると、何だかんだ聞かれる話の内容はルーナの事がやはりと言うべきか多い。あの子は迷惑をかけていなかったかだとか、あの子はこんなところがあるから心配だとか、内容としては子を憂う親にありがちなものではあるが。
「僕の事を受け入れる気がないなら、そもそもそんな話だってしないだろうさ」
それどころか話の内容だってもっと刺々しくなってるかもしれない。
「……なるべく近いうちに、ルフトとも会わせてあげたいな」
「なら連れてくればよかったのに」
「事前にあんたが脅したんじゃないか。下手したら数十年戻ってこれないって」
「ルーカスが思った以上に両親と上手くやるから、あの二人もそこまで必死に捕まえておこうとか思わないだけだっただけで、そうじゃなかったらホントにもっとがっしり逃げられない感じになってたはずなんだ」
む、とやや頬を膨らませながら言うルーナに、ルーカスはそうかと相槌を打つだけだった。
別に疑ったりしているわけではない。なにせルーナの両親だ。思い込んだら一直線、みたいな部分は持ち合わせているだろう。ルーナとの馴れ初め聞いた時にわかるわかるみたいな反応してたくらいだし。
だからといって酒に一服盛って襲うのはどうかと思うわけだが。
……やはりあの時点で前世の記憶蘇ってなくて正解だったなと思う。もしあの時点で思い出してたら場合によっては女の人にトラウマ抱えてたかもしれない。
「そういやあいつらは? 何か今日おとなしいけど」
「あぁ、それならさっきプリムの家に遊びに行くと言ってたぞ」
「そうか……何かやらかしたりしなけりゃいいんだけどな……」
「まぁ、大丈夫だろう。もし何かあっても一応ほら、ご近所さんが止めてくれる」
仮にアリファーンたちが何かやらかした場合、止められる相手なんて限られているとは思うのだが。
流石精霊に最も近い種族が暮らす場所。頼もしい限りだな――とは、ルーカスも流石に言わないで心の中に留めておくことにした。
その理屈で言ったらこのサグラス島で最弱なのは間違いなくルーカスである。