観光とかは流石にちょっと……
昔から伝わってる童話で、精霊に身体を貸した奴の話っていうのは大体悲惨な結果になる。
そもそも自分の身体を他者に貸すという時点でどうかしているわけだ。
借り物であればそりゃ大切に使うっていうのが基本だろうけれど、それだってそんな簡単な事ができない奴ってのもいるわけで。
前世でだって人間同士で物の貸し借りしてトラブった奴の話はそこそこあったし、じゃあ異種族との貸し借りでトラブルが発生しないなんてはずもない。
種族が違うってだけで常識や価値観が微妙に異なってそれが原因で諍いが発生したりするのだから、何事もないと断言できる方がおかしい。
しかも貸し借りする物が漫画とか気軽に貸し借りするようなやつならともかく、よりにもよって自分の身体とか冷静に考えてどうかしているとしか思えないわけで。
だからこそ、ルーナたちが本当に大丈夫なのかと念を押すように聞いたのもわからないでもない。
普通に考えて自殺行為以外のなにものでもないもんな。
俺の場合はもうどう考えても不可抗力だったとしか思えないけど。
前世の記憶があの時点で蘇ってたらもうちょっとどうにかなったかもしれないけど、幼いルーカスくんに実体化してる精霊とのやりとりとか難易度高すぎたわけで。
例えるなら社会に出て間もない押しに弱いお嬢さんVS狙った獲物は逃さない悪徳営業マンとかそんな感じだ。前世はクーリングオフがあったけど、こっちの世界に生憎そんなシステムはなかった。そう考えると割とクソ。
まぁ、ザラームは休ませろ、というだけでその身体を寄越せ、という内容じゃなかったからまだ良かったけど、そうじゃなかったら完全にアウトだったよな。
ちなみにそのザラームはというとオムレットみたいな見た目のクッションに頭を乗せて寝転んでいる。っていうか多分あれ寝てないか……?
精霊って寝るのか? という問いには別に睡眠は必要ないけどだからといって眠れないわけではないとだけ。
実体化できる精霊は普通に食事とかもしようと思えばできるみたいだしな。
けれど実体化に至るまでとなると、そう簡単な話でもないらしい。
だからこそ実体化できないけれど身体が欲しい精霊が唆す、なんて話も出たりするわけなんだけどな。
大半は精霊の声が聞こえないからどうにかなってるけど、声が聞こえる相手は注意が必要だ。
俺の場合は既にザラームがいたから他の精霊が気軽にやらかす事がなかっただけで。
そう考えると早い段階でザラームが憑いたのはある意味で良かった……のか?
一通りあれこれ確認されて、どうやら大丈夫らしい、と思ったあたりで俺はようやく解放された。
ザラームとの付き合いがそれなりに長いという話をしたら、何とも言えない顔をされたが。
「それで、結局どうなったんだ?」
改めて問いかける。
まぁここがどこでだとか、あの後どうなったかなんて事よりもルーナたちからすれば俺の身の安全の方を先に確認しておきたかっただろう気持ちも理解できたから、しばらくは付き合ったけれども。
「どうも何も、旦那がミリアさんの鳥精霊に突進くらって倒れて意識失った後、流石にあの島で休ませるわけにもいかないからって別の場所に移動する事にしたわけなんですが」
まぁそうだよな。
色んな意味であの島に長居したい理由がない。
まだクロムートに関して何も知らなかった頃なら、かつて観光名所だった島、くらいの認識だったし宿とか建ち並んでた島で休む事も考えたかもしれないが、今となっては……といったところだ。
別に何があるわけでもない廃墟となった島だが、何というかこう……ゆっくり休めるかとなると気持ち的にちょっと微妙。
前世風に言うなら、別に何があったわけじゃないけど今住んでる所が事故物件だったって知った時のような感じだろうか。
廃墟群島はそもそも最初から事故物件ってわかってるようなものだからちょっと違う気もするけど。
「鳥で移動するにしても、旦那は気を失ってるから一人で乗れないじゃないですか。
で、誰と一緒に乗るかで若干揉めまして」
ちら、とハンスが視線を向けた先にいるのは、ルーナとルフトとミリアだ。
いやそれお前除いた全員じゃないか。
「ハンスだって自分が、ってごねた」
何自分は無関係のフリしてるんだ、とばかりにミリアが告げる。
いや、この場合こいつ運ぶのに一緒にとかヤだ、とか言われてお前やれよいやお前が、みたいなやりとりにならなかっただけマシなのかもしれないけど。
「妻である自分が、とかいくら何でも鳥だって大人二人は重たいでしょうしボクが、とか鳥の扱いは慣れてるからってミリアさんとかが……」
「ハンスだって旦那を支えるのは相棒の役目とか言ってたくせに」
あくまで自分はそんな事はなかった、みたいに装ってるがその先からミリアが告げていく。暴露したらした分だけ自分のも暴露される仕組みか……泥沼じゃないか。
「そうこうしているうちに、ルーナさんの懐から出た鳥がストップかけて」
「あぁ、このままだといつまで経っても終わらないだろうと判断したから、一度島を出てこうして迎えにきたって寸法さ」
「あの白い鳥だと思ってたのが使い魔で、話をしてた実際の中身がこっち、ってなってとても驚いてましたね。主にミリアさんが」
「言葉をお話できる鳥さんだと思ってたのにビックリビックリだよ~」
「で、来たのがここ、サグラス島。ルアハ族が暮らす場所だ」
パン、と手を打ち合わせてプリムが告げる。
「……何か思ってたのと違ったな」
いや、空間の裏側に住んでるとか言われてたけどさ。
何ていうかもっとこう……神秘的な感じをイメージしてた部分もあったわけ。ルアハ族が精霊に最も近い種族とか言われてたのもあって。
少なくとも何かこう……静かな森とか透き通った湖とかはあるだろうと思ってたの。
ところが実際はパステルカラーの優しい色合いのメルヘンぽい何か。
「……あ、旦那も思いました? オレも何ていうかもっとこう……向こう側の空間に聖樹だかがあったわけだしなんてーかさ、大自然の中の神秘的な集落とかそういうの想像してたんですけどね」
「ここらは色合い的に大人しいけど別のとこはもっとカラフル。目が痛いんだよ」
「ここのコンセプトがポップでキュートでメルヘン、らしいからな。色合いがそういう系統なのは仕方ない。文句はそう決めた長老たちに言ってくれ」
ルーナが憮然とした表情で述べた。
……なんていうか、ルーナにしろヴァルトにしろ、この場所とんでもなく浮いてるな……?
ルーナがどちらかというとエキゾチック系美女なだけに、もっとシックな色合いとか涼やかな色合いとか後はまぁ、金と赤みたいなちょっと豪華系、とかそういう組み合わせの方がまだ違和感がないが、何というかこのメルヘン感たっぷり、みたいな所はちょっと合わない。
プリムはそういうのが好きみたいだから、全然文句もなさそうだが、ルーナの趣味ではないのだろう。それはその表情を見れば理解できた。
「……ここがルアハ族の故郷であるというのなら、ルーナの故郷でもあるんだろ?
前に両親がいるとか言ってたがそっちに行かなくてもいいのか?」
「……いや、いい。別に仲が悪いとかではないが、行くのは今ではない。というか、今行けば下手したらルフトはもとよりルーカス、きみも、下手したら数年ここから出られなくなるぞ」
「監禁される感じか? よくもうちの娘を誑かしたなとかそんな感じで」
「いや、私がまさか所帯を持つとか思ってなかっただろうし、そうなると宴会始めて多分終わらない。私が夫だけではない、既に子もいるとなればあの人たちの盛り上がりっぷりがシャレにならないと思う」
「ん~、ま、確かに。ルーナのご両親気付いたらおじいちゃんおばあちゃん、ってなるけどそれはそれで喜びそうだもんねぇ。……確かに今はやめといた方がいいかも。
ルーナだけ話に付き合わされるならまだしも、貴方も、そっちの子も、あれこれ話を聞かされたり聞かれたりしてしばらく解放されないかもしれないしね」
ルーナだけではなくご両親の存在を知ってるプリムもそう言うのであればほぼ間違いなさそうだ。
う~ん、一応挨拶だけでも、とは思ってるけど挨拶に行った結果数年ここから出られない可能性とか言われると流石に躊躇う。
……いや、考えようによってはクロムートに関する事はもう終わったし、親友を探すという目的も既に達成された。
組織の方も大急ぎでやらなきゃいけない事は今のところないと思うし……別に大丈夫だとは思うけどそれでも数年ってのがな……
数日、程度ならこっちも特に気負う事なく行こうって思うんだが。
数年って具体的に何年?
いくら俺がご長寿種族だからといっても限度はある。
「あと一応ご近所だからあまり大っぴらに騒ぎにならないようにしておくが吉」
「……それは、僕たちがここに来た時点で大丈夫なのか……?」
大体都会ならまだ誰かが引っ越してきてもそもそも近隣住人との関りが少なくて、隣って今誰か暮らしてたっけ? とかそういうレベルで認識されてないとかって話も聞くからまだしも、ここある意味完全に引きこもりたちの暮らす場所だろ。普通に引きこもってるだけならまだしも、空間の裏側に住処作っちゃってるとか、下手な田舎よりも人の出入り敏感なのでは。
「あぁ、それに関しては無理矢理こっちに来ようとしてるならともかく、今回はプリムおねーさん主導で連れてきたみたいなものだから今のところはまだそこまで騒ぎになったりしてないよ。
けど、外に出てあまりはしゃぐようだと注目されるかもね」
「ひっそり出ていった後で、あいつら何だったの? みたいに聞かれたりしないか?」
「そりゃ聞かれるだろうね。何せルーナはともかくあんたらはよそ者。ルアハ族ですらない」
「……大丈夫なのか?」
その、色々と。
問題を起こさなかったとはいえ、余所者勝手に連れてきて、そいつらが向こう側でルアハ族についてあれこれ吹聴しないとも限らないわけだ。俺たちがそれをする事はないといっても、他のルアハ族がそれをわかるはずもない。そういった懸念は絶対にどこかで出るはずだ。
仮に今すぐここで何かトラブルが起こらなくても何年か後で、何かがあったとして、あの時のよそ者が原因なのではないか、とか疑いを持つ事だって有り得る。
その時に、プリムの立場が悪くなったりしないだろうか。
こういった場所だと、周囲から村八分、だったか? 爪弾きにされる事もありそうだし、最悪ここで暮らす事ができずにプリムが故郷を追い出される事だってあるかもしれない。
そう意味を込めて聞いてみれば、何故だか苦笑された。
「そこまで考えてる奴が外で何かやらかすかね。というか、仮に侵入者がこっちに来た場合ここの連中嬉々として追い出しにかかるからそういう心配はないよ。自分たちから手を出すつもりはないけれど、売られた喧嘩はきっちり買うからね」
「……それならいいんだが」
というか、精霊に近い種族で魔法とかバンバン使えるなら余程侵入者が万全の準備を整えてでもないと来て早々ボロ雑巾にでもなりそうだな……
そういった心配はしなくて済んだならいいんだが……
とりあえず、俺たちがここに来た事で騒ぎになるような事がないならそれでいいか。
とても雑ではあるが俺はそう締めくくる事にした。これ以上考えても仕方ないっていうのもあるかもしれない。