それは地雷を探すゲームのような
翌朝。
精霊に見張りを頼んで途中で起きる事もなくぐっすり眠った結果、特に魔物や盗賊などの被害に遭うでもなくすっきり目が覚めた。
俺やハンスはもういつもの事だと慣れたものだが、ルフトはどうやら違ったらしい。
一応途中で何事もないか確認してちょくちょく起きていたようだ。
そのせいで朝だというのにどこか眠たげだった。
そして完全にぐっすりだったこっちを見て、うっわ信じらんない、みたいな顔をされた。
目の部分は相変わらず仮面で隠れているけれど、案外表情ってわかるものなんだなぁ。
対する俺の感想はこんなものだ。
ハンスが用意した保存食で簡単な朝食をとり、テントを片付ける。
片付けるって言っても収納具の中にひょいっと入れるだけなので、テントを畳んだり袋に入れたりなんていう面倒な事は一切ない。前世のキャンプだとまずテント設置とか片付けはそこそこ面倒な作業の一つだったんだがなぁ……
漫画もゲームもスマホとかパソコンなんていう文明の利器っぽいものはないこの世界だけど、変な部分前世より便利なのどうかしてる。魔法がなかったらもっと色々不便な事がたくさんあっただろうし、そうしたらきっと生活の不便さにどこかで発狂してた可能性すらある。
一応ご飯は美味しいからまだしも、これで食生活も何か昔のそれと同じだったらどうなっていただろうか。
前世の記憶を用いてのチートかましてやるぜ! とかなったかな……いやならんな俺だし。
自分が食べる分はどうにかするだろうけど、他の奴の面倒とか見る気ゼロだしな……自分の面倒で一杯一杯なんだ。というか、現在だってハンスが世話焼いてくれてるようなものだからな……圧倒的年下に世話を焼かれるとか駄目男ここに極まれり。
まぁ俺が強制してるわけじゃないしハンスが自主的にやってる事だからまだセーフセーフ。
一通りの身支度も終わらせて、さぁ出発しようか! となったわけだがルフトが眠そうなので何となく歩く速度はあまり上げられなかった。身体動かしてるうちにもしかしたら眠気が飛ぶのではないか、とも思ったんだけど、何か歩きながら寝そうな雰囲気してたし……そしたら倒れて怪我とかしそうだし……
ハンスがちょっとだけ気にしていたけれど、流石におんぶするとかそういう部分まで甘やかすつもりはないようだ。怪我をして歩けないとかならまだしも、一応自分の足で歩けてるならする必要もない。
昨日のうちにハンスはそれなりにルフトを気に掛けるようになったけれど、ルフトの方が一線を引いた状態だ。
ハンスが親切心で「おんぶしようか?」なんて聞いてもきっとルフトが断るだろう。現にふらふらしている足取りが危なっかしくてせめて手をつないだ方がいいだろうか、とおろおろしていたハンスに余計なお世話ですと返していたし。
これが自力で歩くのもやっと、みたいな感じでそれは強がりですみたいなのなら無理にでもおんぶしたかもしれないけど、そうじゃないから無理にやるわけにもいかない。小さな親切大きなお世話ともいうし、どこまでやっていいのかの判断がつかない。今の所はお互いに様子見しているようなものだろうか。
……いや、俺は多分余程の事がない限り手を差し伸べる事もないだろうなと思うけど。
ハンスは案外面倒見がいいから。
何も言わずに歩くだけだと余計にルフトが寝そうになるのでは、とでも考えたのだろう。
しかし眠い時にどうでもいい会話を強いられるとストレスたまりそうなのもまた事実。
だからこそ、なのかハンスは俺に話しかけてきた。
正直つまらない会話内容だと余計眠る機会を与えやしないか? と思うんだけどな。
「ところで旦那、ケーネス村で探し人の手がかりくらいはみつかるといいですね」
「どうだろうな」
ハンスは俺が友人を探すためにこの組織に入った事を知っている。ハンスには友人の名を教えていない。だってなぁ……偽名の可能性もあるだろ。俺に名乗ったのが偽名であったとしても、もしくは行方をくらませた後で偽名を使うにしても、元の名を捨ててしまえば名前は逆に余計な情報になりかねない。
だから大雑把にこういう感じ、と外見の特徴とかは伝えた程度だ。
何度かそれっぽい情報はあったけどそのどれもが人違いだったけどな。
「人探し……指示書の依頼がそうなのか?」
とりあえずこっちと同行しろ、みたいな指示書しか出ていないルフトはまず次の目的地がケーネス村であった事を知ったのも出会った直後なわけだし、細かい依頼に関しては知らないのだろう。だからこそ指令がそうなのだと思ったようだ。
「いや、指示書にはケーネス村に行けとだけ。人探しはこちらの事情だ」
「人探しって、誰を?」
数歩後ろをついてくるだけだったルフトが足早にやって来て隣に並ぶ。
「友人だ」
それくらいの話なら別に濁す必要もない。だからこそ素直にそう答えたのだが。
「友人……友人ね、ふぅん……」
何故だか途端に機嫌を悪くしたルフトはまたもや歩く速度を落として後ろへと移動していった。
何だ、その友人は貴方の記憶の中にしかいない空想上の人物ではありませんかとか言うつもりか? 失敬な。転生して確かに人付き合いはあまりしてない自覚あるけど、それでも知り合いとかは結構いるんだぞこれでも。一応各地を移動してそれなりに知り合いはいるんだ。まぁ、久々に知り合いに会いに行ったらそいつ既に寿命で死んでてその子とか孫とかに出迎えられるなんて事もあったけど。うっかり自分が人間のノリでいたけどそこであそういや俺エルフだったわって過去何回かやらかしたわ。
なんだろうな……俺が友人を探すの何か駄目なのか?
平和な状況でお別れするならともかく、何か思いつめた様子だったしその後行方くらまされたらこっちだって心配はするだろ。しかもその後になってライゼ帝国の異種族狩りが活発になってきたし。
そう簡単にあいつが捕まるとも思ってないけど、万が一を考えると心配するだろ。
難しい年ごろとかハンスには言われたけど、こいつの不機嫌スイッチがよくわからん。
最初の時点ではハンスに対してあまりいい感情を持ってなかったみたいだし、けどそれはハンスが人間だからか? と思ってたんだ。
けど今は何だろう……どっちかっていうと俺に対してのあたりが強くないか?
一緒に行動するのが嫌だというなら別行動でも全然構わないはずだ。指示書は確かに上からくるけど、必ず遵守しなければならないものでもない。強制力はそこまでないはずだ。
ルフトがこちらと行動を共にする事を拒否する事はだからこそ可能で、けれども彼はこちらと行動する事を選んだ。
実際ハンスに対する態度を改めてみせたのだから、今更別行動するつもりもないのだろう。
……俺はルフトに歩み寄る姿勢をみせろとは言った。
この場合、俺の方も歩み寄るべきなのかもしれない。人に言うだけ言って自分は何もしないのは何となく違う気がするしな。
とはいうものの、何をどうすれば歩み寄れるのかがわからない。
相互理解……ひとまず相手の事を知るところから始めるべきか……? とはいえその手の質問は大体ハンスがしたような気がするしな……
「そういえば」
俺がぽつりと声を発した事で、ふとルフトがこちらに視線を向けたのが気配でわかる。なんていうか、視線が強い。びしびし背中に刺さってくる。
「答えにくいのであれば答えなくて構わない。お前の故郷は?」
ハーフエルフで父親がエルフなら、もしかしたらそっちは自分の里とか集落に帰ってる可能性もあるよな……俺も全部の集落とか里の位置を把握してるわけじゃないけど、旅をしているうちにいくつかの場所は判明してる。そのどれかに該当するならこいつの父親もわかるのでは、と何となく思っただけだった。
ルフトは父親に会いたいと思ってはいないようだが、それでもまぁ、母と二人苦労をしたらしい感じではあるし、だったら出会い頭に一発殴る機会があれば乗るのでは、と。
「知らない」
「えぇ? 知らないって、父親はともかく母親の故郷も?」
まさかあっさりとしたそんな答えがくるとは思ってなくて、ハンスも思わず素っ頓狂な声をあげた。
「知らない。生まれ育った場所が故郷だっていうならあんなおぞましい場所を故郷などと呼びたくもない……!」
「そうか、踏み入った事を聞いて悪かった」
あ、これ地雷話だったかー、と思ったのですぐさま会話を中断する。えっ、何そんな酷いとこで育ったって事? 治安の悪いどっかの国のスラムとかか? それにしたってそこまで言うだろうか? いや、酷い場所ならそれくらい言うかもしれないけど。
「あんたは? 人の故郷の事は聞けて自分は話せないとかないよね?」
「あー、もうない」
「ない?」
「ずっと昔に焼き払われた。何も残っちゃいない」
「……そか」
ルフトの声が沈む。さっきまでの不機嫌そうな声は、今では一転聞いてはいけない事を聞いてしまったかのようだ。
まぁ、何年か前に一度見に行った時は相変わらず誰も住んでなかったというか住めるような感じじゃなかったけど、それでも木とか大分成長して小さめの森になってたから何もないって言うのもどうかなとは思うんだけども。
いつかあの土地に再び誰かが住むような日がくるかもしれない。……いやどうだろうな? 結構な田舎だったし。あのまま誰も住まないままなら、いっそ自分があのあたりを開拓して住むのも悪くないかもしれない。
……あ、いや、でも考えるとそれはそれで面倒な気がしてきたな。どうしよ。
隣でハンスが小声で「えっ、もうヤだ何の話題振っても気まずい事になる感じしかしない。安心安全な話題って何? 天気? 天気の話? 今日はいい天気ですねって? 旦那ならそうだなで終わるしルフトくんもみりゃわかるでしょとか言って終わりそうなんですけど!? じゃあ他に何あるの? 食べ物? 好きな食べ物の話? でもなんかこれも罠が潜んでそうで怖い。コイバナとかもっと無謀だしどうすればいいっていうの!?」なんて呟いているが、お前は少し落ち着け。
まぁ、何ていうかだ。
この面子で和やかに会話しながら行こうっていうのがまず土台無理な話なんじゃないかって俺、今更のように思い始めてるんだが。
多分空気は重苦しくなるけど誰も何も喋らないのが一番マシなんじゃないか……?
そんな風に考えているうちに、遠くの方に目的地であろう村が見えてきた。