特に望んでない再会
そもそもクロムート。
彼はその、最初からその外見だったのだろうか? と思わなくもない。
いや、人工精霊作ろうとかいうトチ狂った実験の被害者で、当時色んな投薬実験だとかやられただろうから、そりゃ当時まだ人間だった頃と比べれば外見に変化があったとしてもおかしくはない。
というか皇帝に寄生していた事を考えると、まぁ、うん……っていう反応になるわけだが。
色んな種族を取り込んできたのだから、もしかしたら今まで取り込んだ誰かの外見を模す事だってできたのではないだろうか……とも思うんだが、もしできたとしてその外見ならそれを選んだ決め手は何なんだ、となる。
だってどう考えてもその姿は人目につく。例えば何か体格良くて強そう、とかそういう感じならまだしも、何かの病気を疑う勢いでひょろひょろで、パッと見てあの人大丈夫かしら……? みたいな感じだ。
意図的に弱そうな感じに装う、というのなら正解かもしれないが、そういう感じでもなさそう。
そもそも次の器とかで俺を狙ってたわけだし、もしかしたらその姿のままずっといるのは厳しいのかもしれない。クロムートが実験の結果どういう合成獣になってしまったかまで詳しく知らないが、寄生タイプの生命体寄りであればずっとそのままでいるのも難しいのだろう、と思わなくもない。
まぁ俺を狙ってるのはルーナ絡みもあって、っていう理由もあるだろうけど。
けどまさか、ここに来ていきなり俺の身体を寄越せとかいって襲い掛かって来るとは思わないだろ!?
黒い蔦を回避して、クロムートは一直線に俺へと向かってきたし、俺も咄嗟の事すぎてちょっと対応が遅れた自覚はある。
そもそも身体寄越せ、って具体的に何をどうするつもりなんだ。
帝国で皇帝の身体からこいつが出てきた時の事を思い返す。
あの時は皇帝の背中がぱっくり裂けたけど、入る時はどうするんだ。
怪我をしていたらその傷から、とかなんだろうか。生憎俺は怪我をしていないので、では既にある穴か?
えっ、鼻? 口? それとも耳? ぱっと見で体内に入れそうな穴っていったらそれくらいなんだけど、えっ、無理じゃね? いくらなんでもクロムートのサイズ的に無理だろ?
いや、何かこう、クロムート本人も黒い液体みたいに変化したら可能性としてはあるかもしれんけど……
アリファーンが咄嗟にクロムートに向けて炎を放ったが、それらは予想されていたのだろう。黒い水が炎を包むように広がる。そして俺に向かってくるクロムートの勢いは衰える事がない。
どうにか回避しようにも、周辺に存在する黒い蔦が邪魔だ。カイはクロムートの身体を消滅させようとしているから、ここで俺が逃げる事を邪魔するつもりはなさそうだと思ったが、逆に言えばクロムートが俺の身体を得た場合俺ごと攻撃する事も厭わないだろう。
……やっぱ早々に退避しておくべきだった。
魔法でどうにかしようにも、この場合どういった魔法が効果的なのかすぐに思い浮かばない。魔法でどうにかするより素直に剣で斬った方がいいんじゃないかな、と思ったので剣を手にしたが、多分できて一度くらいだろうか。二度目はないような気がする。
剣を抜いた俺を見てもクロムートが躊躇う様子もない。
このままの勢いだと衝突するんじゃないだろうか。なんて考えるよりも先に、クロムートが迫る。
ここだ、と疑う事のないくらいいいタイミングで剣を振り下ろす。
黒い蔦によって結構簡単に傷をつけられていたクロムートではあったが、見た目通りの脆さがあったわけではなかったらしく、剣はクロムートの肩に食い込もうとしたものの弾かれた。金属同士がぶつかり合うような音がしたんですが……なんて思うよりも先に俺の身体はその衝撃で後ろへと倒れかける。
このまま倒れたらそれは隙になるし、そうなればクロムートはその機会を逃さないだろう。
とはいえ体勢を立て直そうにも難しい状況で――
あれ、これもしかして、詰んでる?
なんて思った時だった。
「大将ー! お願いしまぁぁぁぁぁす!!」
そんなハンスの声。
そして次の瞬間――
ざっぱぁぁぁぁぁぁん!
そんな、嵐の日にでもどこぞの岩壁に波がぶつかったような音と同時に俺の周囲に水が溢れた。というか、俺を取り囲むようにして水が湧いた。黒くはない。潮の匂いがするでもなく、ただの水だ。
その水は俺を中心に外側に向かって勢いよく流れだす。
その勢いは正直ちょっとドン引きするレベルで、大雨の日に川が氾濫するのとどっちが酷いだろうかと思わず考えるくらいだ。
そしてそれだけの勢いがあるわけなので、勿論俺に向かって襲い掛かるところだったはずのクロムートは容赦なくその水を受ける事になったし、クロムートの妨害をしようとしていたカイが操っていた黒い蔦もまた圧倒的な水量に押しつぶされていく。
がぼっ、という音が聞こえたのは俺の耳だからだろう。
クロムートはさながら大波のようなそれを回避する事ができず、真正面からその水を食らったわけで。
鼻からか、それとも口からかはわからないがまぁ咄嗟に息を止めて、なんて事もできなかったようだ。体内に水が入ったようで、慌てふためいていた。
カイは宙に浮いてどうにかギリギリで回避できたようだけど、地面から生やすようにしていた黒い蔦はほぼ全滅。
それどころか黒い蔦、徐々に薄くなって消滅していっている。
俺がいる場所だけは濡れていないけれど、俺を中心に外側はかなり広範囲でびしょ濡れだった。というか、村だった場所、随分酷い事になっている。何も知らない奴がいたら一度海に水没したとか思いそうな勢い。
「旦那! 大丈夫ですかあああああ!?」
少し離れた場所からハンスの声が響き渡る。
声がした方へ視線を向ければ、それは上空だった。
見ればハンス以外の連中も浮いている。ミリアも、という事はミリアの鳥が浮かせているのか、それともハウがやっているのだろうか……ともあれハンス、ルフト、ミリア、ルーナの姿だけではなく、こいつらについていくようにと頼んだ精霊もまたそこにいた。
誰が誰に、というところまではわからないが、あいつらについていったのはイシュケとハウ、ラントとエードラムだ。
ハンスやルフト、ミリアあたりはハウとエードラムは知ってるはずだから問題ないが、ラントはルフトがディエリヴァだった時に一度、姿を見せただけだ。
イシュケに至っては姿すら見せていないというのに、よくまぁ行ってくれたものだ……
イシュケは海を移動する際の魔法で助けてくれていたんだけども。
まさかハンスにも大将呼びさせるとは思っていなかった。
どうにかハンスの声が聞こえてるのは俺の耳がいいからであって、多分普通の人間だったら聞こえてない可能性が高い。とりあえず無事か聞かれたので手をあげて応える。ここで俺が大声で返したとして、果たしてハンスに聞き取れるかどうか微妙だからだ。
いやまぁ、ルフトとかは聞き取れると思うんだけど、それ以外の聴覚がどんだけ優れてるかまではちょっと……
ゆっくりとではあるが、ハンスたちが地上に降りてくる。
クロムートは水を思わぬところから吸い込んだせいで咽て咳き込んでいるし、カイはまさか一同合流した状態でやってくるとは思ってなかったのだろう。あからさまに警戒している。
黒い蔦で吹っ飛ばした時点ではそれぞれ離れた感じではあったようだが、そこら辺は精霊たちがどうにかしてくれたんだろう。けれども吹っ飛ばした後の事までカイが知る事はなかった、という事か。
クロムートがサグラス島にいたのはルアハ族のいる所へ乗り込むつもりだったのかもしれない。
カイはそれを阻止、というよりはクロムートが狙いだった。そういう意味では俺たちの存在は邪魔だっただろうとは思う。
けど、わざわざ廃墟群島まで吹っ飛ばして戦い始めるなら、俺たちはそのままでも良かったんじゃないかなぁ、と思わなくもない。
……さてはカイ、あまり深く物事考えずにやらかしたクチか?
思い返せばヴェルンの街で話をした時も、何かこいつ危険地帯に率先して突っ込んでいきそうな感じだなとか思ってたし、その可能性は普通にある。
いや、そういうちょっと頭足りてないのを装ってるとかもあるかなとは思ったけど……これ多分そうじゃないな。
カイがかつて群島諸国で実験体として扱われていた事を思い出したのは比較的最近だし、そういう意味では力を使いこなせていないだけかもしれない。
ハンス達が地上に近づくにつれて、クロムートの方も多少落ち着いてきたらしく、そこで見てしまった。
一行の中にいるルーナを。
「ルーナ……」
どこか熱に浮かされたような声。クロムートが最後にルーナと出会ったのは数年前だ。それこそ、人工精霊となったばかりでサグラス島から出てきたルーナと出会い、その後しばらく放置されていた頃と比べればまだ短い期間だとは思う。
けれどもまだルーナがどういった存在かを知る前の時と、その存在を求め始めた頃とであれば会えない時の時間が短くともかなりの長い時間を感じていたんじゃないだろうか。
対するルーナとしては正直ちょっと前にアルトと名乗ってた時に出会ってるからな。久しぶりとかそういう態度ですらない。何せほんの数日前の話だしな……
クロムートとは違い、ルーナの表情は渋いものだ。それはどちらかといえば会いたくなかった相手に会ってしまったというよりは、見てはいけないものを見てしまった、というものに近い。
クロムートの存在が、というわけではないのかもしれない。
同じように視線を巡らせてカイを見た時にも同じような表情になってたし。
……そもそも二人の姿はまぁ、冷静に考えなくてもそれなりにヤバい感じはしてるけど、それにしたって、と思わなくもない。
ルーナには一体この二人がどういう風に見えているんだろうな……?




