傍観者の行方
黒い液体が時として壁のように攻撃を防いだかと思えば、形を変えて刃物のように黒い蔦を切り落とす。
けれども黒い蔦も切られたかと思えばすぐさま再生しているので、一進一退といった感じでどちらもまったく退く様子はない。
……正直俺、ここにいる意味あるか?
割と本気でそんな事を考える。
正直放置しておけばどっちかは倒されるだろうし、場合によっては相打ちもあり得る。
こいつら放置してハンスたちを探した方がいいんじゃないかなぁ、と思っている。
ただ、本当にこいつら放置して大丈夫か? という気がしなくもない。
仮に、クロムートが勝ったとしよう。そうなれば恐らくカイは取り込まれる。そもそもクロムートは人間だろうと異種族だろうと精霊だろうと取り込んで自らの力にしてしまうわけだから、カイが取り込まれた場合次の狙いは誰だって話になるとまぁ、俺だろうよ。
ましてや今、この廃墟群島のどこかにはこいつが執着してるルーナもいる。
元はサグラス島にいて、ルアハ族が暮らす場所へ強引に突入しようとしていたようだが、求めている本人がここにいるのであればそちらに行く必要はない。
けど、こいつがルーナと会ったとして、次にどう出るのかも全くわからない。
クロムートがルーナに抱く感情が単なる恋愛感情であればまだしも、何というかそういうのはとっくに通り過ぎたような気もしている。
俺の考え得る限り最悪の展開は、精霊取り込む感覚でルーナも取り込む事だろうか。
取り込んでしまえばこれから先ずっと一緒なわけだし……まぁ、一緒っちゃ一緒だけどコミュニケーションとれる感じの一緒、ではないから、ルーナと話がしたいとかそういう望みがあるなら取り込みはしないはずだが……ルーナがこの先クロムートと一緒にいるかはわからない。
何せ俺とルフトがいる。
ルーナがクロムートと共にいる事をルフトは望まないだろうし、そうなればやはり対立するしかない。
その場合邪魔者でもある俺とルフトを取り込みかねないし、それを阻止しようとルーナが立ちはだかった時、当然ルーナも危険だ。
多分、もうどう考えたところでクロムートとの対立は免れないんだろうなと思っている。
仮にカイが勝利したとして、そうなればクロムートがどうなるかもわからない。
あとカイがこれから先どういう行動に移るかもさっぱりわからない。
今までのカイなら異種族について学ぶと言ってはいたが、実際は精霊学を学んでいたわけだしまたヴェルンに戻る事も考えられた。
けれどもカイは自分の存在についてを思い出したようだし、どうも彼はクロムートの事を気にしている。
同じ精霊に、と言っていた。
その為に肉体は邪魔なのだと。
クロムートの肉体を消滅させたとして、果たして本当にクロムートが精霊になるかは不明だ。
それもあってクロムートも抵抗している。だって肉体を捨てたからって必ずしも精霊になれるわけじゃないもんな。確証はどこにもない。普通に死ぬかもしれない可能性が高いし、もし死んだらというのを考えたらクロムートだってそりゃあ抵抗するに決まっている。
クロムートが精霊になるかどうかはともかく、その後のカイの行動がまったく読めない。
クロムートが精霊になれなかった場合、どうするのかはわからない。そこで諦めてヴェルンへ戻るのか、それとも他の場所へ行くのか。
仮にクロムートが精霊となった場合であっても、次にどう行動するかがわからない。
クロムートはルーナに至るとかなんとか言っていたけれど、精霊になった時点でルーナへの執着を捨てるかは不明だ。
クロムートの精霊化が成功しようと失敗しようと、カイの次の行動がどうでるものなのかがわからないので目を離すのも危ない気しかしない。
そう考えた事もあって、俺はその場を離れられなかった。
そしてこうして考えてる間にも目の前で繰り広げられている攻防は激しさを増すばかり。
普通に考えてクロムートの方がそれなりに場数踏んでそうだし有利なのはクロムートか、と思ったがそんな事はなかった。どちらかというとカイの方が有利だ。
帝国を裏で牛耳ったりしてあれこれ力を蓄えたりしていたクロムートではあるが、今の今までヴェルンの街にいただけのカイの方がそれより強いというのもどうなんだろう……と思うのは俺の中では当然だ。
初期スペックが圧倒的にカイの方が高い、と言われれば理解はできる。
できるけれども……初期、元は人間だった頃の事を考えれば、カイは学者夫妻に拾われて同じく学者を目指していただけの奴だ。戦えるかと聞かれれば正直無理じゃないか……としか言いようがない。
クロムートの過去は正直知らないが、群島諸国へ行くだけの行動力はあった。
とはいえ学者という風には見えないし、冒険者か何かをしていた可能性はある。
そう考えればクロムートの方が色々と有利になっていてもおかしくないのに実際はカイの方が有利だ。
合成獣と精霊。
差が出たのは多分そこだ。
クロムートはカイの攻撃を防ぎきれない場合食らっているけれど、カイはクロムートの攻撃を実体化を解除したりして受け流している。常に実体化しないまま攻撃に転じればいいような気もするが、そうすると干渉力とか何かあるんだろ。
魔法として手を貸す分には実体なくても平気だけど、直接力を使うのであれば実体化した方が楽、とはかつてアリファーンも言っていた事だし。
実体化しないでクロムートの視界から消えた状態で攻撃を仕掛ける事は可能だろうけれど、そうするとクロムートに攻撃する際に余計な力を使う事になるのかもしれない。
カイも攻撃を全部防いでるわけじゃないとはいえ、俺がこの場に辿り着いた時に見た二人と比べるとクロムートの方が怪我は大量に増えている。
クロムートの体型が枯れ枝といってもいいくらい細いせいもあって、一つ一つの傷がやけに大怪我のようにも見えた。
伸びた蔓が、蔓とは思えない威力でもってクロムートを薙ぎ払う。
パシン、と甲高い音を立てて命中したと思えば、クロムートの腕は千切れかけていた。
どう足掻いても植物性の蔓が出していい威力じゃない。いっそ蔓という見た目をやめて最初からよく切れる刃物です、みたいな見た目だったら良かったのに。
痛みを堪えるような声を出しながらもどうにか踏み止まったクロムートは、ぼたぼたと黒い液体を零しながらも無事な方の腕で千切れかけた腕を押さえる。
「余計な抵抗はやめた方がいい。大人しくしてくれればすぐに終わるんだよ、クロムート」
「ふざけるな……誰が、そのような事を……」
聞き分けの無い子供に向けるような口調のカイに、苦々しげなクロムート。
気持ちとして理解できるのはクロムートなんだよなぁ……だって仮にその身体なくしちゃおうね~とか言われて、実行したとして本当に精霊になれるかどうかなんてわかったもんじゃないし。
これ、例えば死んで楽になりたい、とかいう考えの持ち主ならともかく地獄のような実験を経て生き残ったクロムートからすればそこで死んでたまるか、というのもあるわけだろ。
俺としては正直そこまで賛同したくはないけど、クロムート的にはやりたい事とかもそれなりにある、所謂未練がある状態で本当に死ぬかもしれない賭けなんてやるはずがない。
そう考えると抵抗するのはとても自然な事なわけで。
カイの方はといえば、失敗するなんて事微塵も考えてなさそうなんだよな。
クロムートの身体を消せば、クロムートは精霊になれると一切の疑いを持たずに考えてる節がある。
根拠は。根拠を示してくれ。俺だったらまずそう言うな。絶対大丈夫だよ! とか根拠らしいものもなくそんな事を言われた場合、俺だってクロムートと同じように抵抗するわ。
前世基準で言うなら、病院とかでこれから手術しますよって時に医者から詳しい説明されて、成功率としては大体こんくらいで、失敗する可能性はこれくらいです、みたいなメリットデメリットを事前に言われてその上で手術を受けるかどうかを決めて下さい、とか言われるのと、絶対失敗しませんから手術しましょう! とかロクな説明もなく言われるのだったらどっち信用するかって話なんだよな。
手術内容にもよるけどそこそこ難しい手術とかだった場合、勿論説明してくれた方がまだ覚悟ができやすい。
逆に本当に失敗しようのない簡単なやつなら……とは思うがそれでもあまりにも軽いノリで手術勧められると戸惑うな……
失敗しないので、でごり押しが許されるのは一部医療ドラマくらいではなかろうか。現実でやられるとちょっと……戸惑うな。うん。
カイもそこら辺もうちょい考えておけばもしかしたら……とは思うんだが。
「でも、これ以上の抵抗は本当に無意味なんだよ。余計な力を使うのはお勧めしない」
カイの言葉と同時に周辺から更に黒い蔦が発生する。今まででもかなり苦戦してたっぽいクロムートが、更に増えた蔦をどうにかできるとは思えない。かといって俺が間に入って助ける、というのも何か違う気がする。というか、助けようってあまり思えないんだよなこの状況。
なんて、案外非情な事を考えたからなのか、黒い蔦はクロムートだけではなく俺の方にまで向かってきた。
明確に狙ったというよりは、多分広範囲、クロムートが何をしたところで回避できない範囲に攻撃をしただけ、と思えたがそれに巻き込まれる側からすればたまったものじゃない。
「くっ……アリファーン」
「うん、燃やすね」
普通の植物であればよく燃えるだろうけれど、黒い蔦は見た目こそそれっぽいが植物というわけでもないのだろう。アリファーンが燃やしたものの、思ったよりは燃えていなかった。
「っ、ルーカス……そうか、そうかッ!」
そして今の今までカイと戦っていたクロムートも完全に空気と化しつつあった俺の存在を思い出したのだろう。黒い水で蔦をいくつか防ぎながらもクロムートは俺目掛けて走り出していた。
「その身体、わたしに寄越せッ!!」
どっちが勝ってもどうなるかわかったもんじゃないし……でこの場に留まった事を、この時点で俺が後悔したのは言うまでもない。