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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
三章 ある家族の話
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きみの知らない物語



 群島諸国が人工精霊の研究に着手しだしたのは、かなり昔の話だ。

 ルーカスが群島諸国について知った時点で既に滅んで廃墟群島と呼ばれるようになっていたが、人工精霊を作ろうという計画についてはルーカスが生まれるよりも昔から存在していた。


 ルーカスが廃墟群島でヴァルトの案内で見せられた人工精霊に関する資料は実際ごく一部だ。

 唯一の成功例とされるクロムートに関する部分だけをピックアップした形の資料でしかない。


 それ以前の、失敗したとされる者たちに関しては詳細な資料が残るでもない。

 それどころか、失敗した存在は無惨にも単なる生ごみのような扱いで処分されてしまっている。


 当初は国の為に、とその身を自ら差し出した者もいたが、そんな者は極僅か。すぐに実験材料は足りなくなった。そうして足りない材料を確保するべく、いなくなってもすぐに気づかれない者、いなくなったとされてもさしたる問題になりそうにない者が次なる材料となっていった。


 島民から調達していたが、それだっていずれは限界が来る。

 だからこそ早々に当時の島国を治めていた王は他の国からやって来る者に目を付けた。


 元々島ごとに暮らしぶりが大分異なっていたし、そういったあれこれは馴染みのない者からすれば目新しいものに映るだろう。特産と呼んでいい物もあったし、珍しくも島に棲息していたワイバーンを手懐ける事にも成功した。であれば、船での行き来が難しいこの島にも他所から人材を呼び寄せる事はできる。


 島があって、そこで誰かが暮らしている事は何となくわかっていた他の大陸の人たちは、ワイバーンを操り移動するその土地の住人や土地そのものに興味を持った。今まで他の土地との交流がなかった島ではあったが、他国との関係に友好的だったこともあり、群島諸国は観光地として他国へ名を知られる事となった。

 それが、群島諸国の狙いである事に気付かずに。



 船でそこに行くにしても、潮の流れやら魔物との遭遇やらで見えているけど行く事が難しかった島。

 好奇心旺盛な者はあっさりとその島へ行けるとなればワイバーン便に乗り込んだし、一度無事に帰って来る事ができれば次に行く事も躊躇わない。

 そうして群島諸国へ訪れる者が少しずつ増えてきたあたりで――ある一人の学者が研究材料として捕らえられた。


 学者といっても一人前になるどころか半人前、駆け出しと言ってしまっていいような者だ。

 最初のうちは島のあちこちに目移りしてどこから見ていくべきかと悩んでいたが、ある程度の日数をそこで過ごせば何となくそういったものも落ち着いてくる。

 そうして、落ち着いたが故に彼は余計なところに足を踏み入れてしまった。


 観光客向けの場所であるならばまだどうとでもなった。

 けれども彼は、そういった表向きの部分ではなくそうじゃない場所はどうなっているのか、と余計な興味を持ってしまった。

 島の果物で作られた果実酒を振舞われた後、ふわふわとした気分で島を歩き、結果としてただの観光客が立ち入ってはいけない場所に足を踏み入れてしまった。

 素面であればもしかしたら逃げられたかもしれない。けれども彼はそこで捕まり、研究施設へと運ばれてしまったのだ。


 そこには既に他の同じような境遇の者たちがいた。

 最初は何かの冗談だと思っていた者も多数いたようだが、それが現実であるという事を自覚するのにそう時間はかからなかった。

 いっそここまでくると拷問と何が違うのかわからないとしか言いようのない実験。どうして自分がこんな目に……そう思うしかない境遇。


 そこで知り合った者は、次の日には生きているかどうかも疑わしい。


 同じような実験であっても耐えられる者と耐えられない者が当然出てくるし、生き残れたとしても明日が必ずやってくる保障もない。いくつかの薬も投薬されたが、それが毒ではないと言い切れない環境。同じ薬を投薬されたはずなのに、直後に死んだ者。

 そんな光景を目にすれば、自分はいつ死ぬのかと怯えるのも無理はない事だった。


 研究員に何故こんなことを! と叫んで訴えたとしても、彼らはそんな言葉になど耳を貸す事もなかった。


 魔法でどうにかこの状況を打破できないかと考えた者もいた。

 しかし魔力を封じられたわけでもないはずなのに、魔法が発動しないなんてのはよくある話で。

 投薬された薬のどれかがもしかして魔力を抑えるものだったのではないか……そんな風に考えてしまえば魔法を使おうという思いも徐々に消えていってしまう。


 事実ある程度実験の段階が進むと、余計な抵抗をしようという者は大分減っていた。

 その時点で生存者も大分減っていたという事実もあった。


 そんな中、それでも生き残った者たちは同じ境遇のもと、励まし合いどうにか生き残ってここを脱出しようと果たして本当に叶うかどうかもわからない事を話していたし、それを希望として生きている者も実際にいた。

 こんなところで死んでたまるか。その思いがあったのは確かだ。

 けれどその思いだけで生き残る事ができるかとなれば、話は別である。


 どうにか生きている仲間と言葉を交わし、自分たちは人間なのだと確認する。そうでもしないと人権も何もあったものじゃない扱いをされていたせいで、到底正気を保っていられなかったのだ。研究員たちに話しかけたところでマトモな返答が返ってきた事はない。


 けれども彼は。

 そろそろ自分が長くない事を薄々察してしまっていた。

 昨日と比べて何だか耳が遠くなってきた。

 どうにか励まし合っていた相手の声が聞き取りにくくなって、目がかすんでよく見えなくなっていた。

 果たして自分はちゃんと喋れていたのだろうか? 相手の声が聞き取りにくくなって、おかしな返答をしてはいなかっただろうか?

 疑問に思いはしたが、その疑問が解決する事はなく。


 彼は、結局実験の途中で肉体が耐え切れず意識を失い――



「あぁ、こいつは失敗したな。よくもった方だとは思うが」

「昨日投薬した薬が合わなかったのかもしれない」

「どっちにしても死んじまったんじゃなぁ……」

「とりあえずバラバラにして海にでも撒いとけばあとは勝手に処分されるだろ」

「……薬まみれの餌って考えると食いつくかねえ?」

「食うだろ。現に最近ここらの海で肉食魚がよく見かけられるって連絡あったぞ」

「はー、大自然の生物ってのは逞しいねぇ」


 だからこそ、自分が死んだ後にそんな会話が研究員たちの間でされていたなんて、知るはずもなかったのだ。



 男が気付いたのは、それから間もなくの事だった。

 確かに自分は死んだはずだ。けれども、では、じゃあ、この意識は? 視線を巡らせれば見覚えのある場所だった。あれだけ逃げ出したいと思った場所である事に変わりはないが、目の前には今までお互いに励まし合っていた仲間がいた。

 椅子に拘束され、血を抜かれ、その代わりとばかりに投薬されている。

 その薬が体内に入った途端に激痛が走ったのか、彼の口からは絶叫が迸った。


 助けよう、と思って咄嗟に拘束されていた部分を解こうとするも、その手は無慈悲にもすり抜ける。


 え? と思ったのは一瞬。そもそも自分の身体の感覚がない。

 捕らわれた者同士、仲間という認識だった相手の名を呼ぼうとするも、声が出た感覚がない。


 クロムート、と確かに自分は呼んだはずだ。

 けれどもその声は聞こえていないらしい。いや、薬のせいでぐったりしているので、聞こえていても返事をする余裕がないだけかもしれない。


 何でか知らないが今の自分は研究員の目に映っていないらしい。どうにかしてクロムートを助けられないだろうか。そう考えてあれこれ試そうとしたものの、まず触れる事ができない。

 拘束具も、クロムート本人にも。


 そうこうしているうちにぐったりしたままのクロムートの拘束が解かれ、別の場所へと運ばれていってしまう。

 後をついていこうとしたが、何故だか上手く身体を動かせない。


 いや、それ以前に自分は一体どういう状況になっているんだ?

 クロムートの目の前で色々しようとしていても、誰も咎める様子がない。

 もしかして見えていないのか?

 だとしたらそれはそれでチャンスだけど……では何故見えていないのか。


 わけがわからないままに、自分は死んだはずだと改めて思うも、じゃあ幽霊なのか? と考えれば何だか違う気もする。一体どうなっているのか、誰かに説明してほしいくらいだった。けれども肝心の研究員には自分の姿が見えていないらしいし、声も聞こえていないらしい。これでは情報を聞き出す事もままならない。


 ここで研究員相手にどうにかしようとするよりも、やはりクロムートの元へ行くべきではないか。

 そう思った矢先――


 建物全体が震えた。建物に意識なんてものがあるはずもない。けれども、確かに震えたのだ。


 同時に何だかすさまじい音が響く。


 何が何だかわからないまま、ただ事ではないというのだけは理解して咄嗟にクロムートは無事かと思う。

 なんだかとても動かしにくい身体をどうにか動かしてクロムートが連れていかれた先へ行こうとしたものの。


 凄まじい衝撃。

 何かに弾かれるような感覚。


 本来なら壁にでも激突しただろうに、何故かすり抜けて建物の外へ。


 それだけではない。本来ならぶつかって止まるはずだった身体はまるで湖面に落ちた木の葉のように不安定に揺れ、どんどん遠くへ行ってしまう。ぐるぐる回る視界。揺れる意識。

 慣れない感覚に気持ち悪くなり、再び意識が沈むのを感じた。



 ――次に気付いた時、何だか見知った場所にいた。

 ヴェルン。

 身寄りのない自分を引き取ってくれた老夫婦と共に暮らしていた街。


 帰ってきた。


 そんな感覚は何故だかなかった。

 最初からここにずっといたようにすら思っていた。


 端的に言えば、群島諸国で起きた出来事の一切合切を忘れてしまっていた。


 むしろなんだか悪い夢を見ていたような気さえする。

 思い出そうとすれば、群島諸国で受けた数々の仕打ちを思い出すという事になる。多分、無意識に自分を守ろうとしていたのかもしれない。

 あれは夢だったんだ、と何の疑いもなく思い込んだ。


 群島諸国に興味はあったけれど、どうにも群島諸国は謎の事件によって滅んだらしいという話が聞こえ、あぁ、観光行きたかったのにな……と残念に思いつつも学問に打ち込む事にした。

 そうするのが一番良いのだと、無意識のうちに思っていた。


 ただ、老夫婦の後を継ぐべく学んでいたものの他にも学びたいと思えることができてしまった。


 ただ普通に精霊学を学ぶだけでは、きっとその望みは叶わない。


 彼を、友人を、助けなければ。


 ……はて、彼とは、一体誰だっただろうか。

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