分断
花火でキャッキャするとか正直前世だけの話だとばかり思ってたんだが、まさか今世でもやるとは思わなかったな。前世だと幼馴染の家族とうちの家族と一緒に夏休みにキャンプしたりした事もあったし。
……俺は割と普通に手持ち花火で満足してたけど幼馴染はテンション上がると時々打ち上げタイプの花火手にもってこっち追いかけて来てたからな……危険だからやるなって説明書にもあるだろ! って言ってたのに。
流石に威力高めっぽいやつではやらなかったとはいえ……
こっちだとミリアあたりがやらかすかと思ったが、案外皆普通に手持ち花火してた。
へ、平和……だと……!?
まぁ幼馴染が手に花火持ってこっちに突撃した時も一応安全性を考慮してたっぽいから俺は怪我したりしなかったけども。ただビックリはした。
さて、そんな完全にここだけ夏休みのノリ、みたいな感じで昨日は終わったわけだが今日からはそうもいかない。ミリアが鳥精霊に頼んで出してもらったのは、流石にこの場の全員が乗れる大きな鳥というわけにもいかなかったが、一人か二人乗れそうな大きさの鳥ではあった。
鳥に乗って移動するという事に馴染みがないルフトとルーナは流石に一人で乗るにはちょっと……となったので、ルーナとミリアが、ルフトとハンスが一緒に乗る事になった。
そして残された俺はぼっちだ。
はい二人一組作ってーとかいうアレを思い出したわ。
いや俺前世だったらかろうじてあぶれる事なかったけれども。しかしまさか今世でこんな事になるとは思わなかった。……いや、だがしかし普段から割とぼっち極めてるしな。というか大体気楽に単独行動してたしな。今更ここで一人はイヤだとか言う方がどうかしている。
そして鳥に乗って大空を移動し――
サグラス島にはあっという間に到着した。海の上を行く方法も船に比べれば速かったけど、空はそれ以上だった。まぁ、海とかは唐突に浅瀬っぽいとこに行ったりだとかすると船なら座礁するし、俺が魔法で移動する時も一応周囲を気にしてはいる。その点空は高度に気を付けていれば、途中で魔物に遭遇する可能性も低い。
高いと怖いから、で高度を低めにしておくと木とか山とか危険な事になりかねないものはあるけど、障害物もないような高さを移動すれば速度にもよるがやっぱ速い。
海流だ潮の流れだとかを無視して移動する事ができるけど、大陸を突っ切っていくのは無理だ。けど空は障害物がない。海の上だろうと大陸の上だろうとお構いなしだ。
だからこそ、目的地でもあるサグラス島に辿り着いたのは本当にすぐだった。
サグラス島はパッと見木々に覆われた無人島にしか見えない。実際はその空間の裏側とかいう正直普通の人間からすればわけわからん場所にルアハ族が住んでるわけだが、そんな事を知らない連中からすれば単なる無人島だ。とはいえ、一応この島に何かやらかそうとしたら祟りが起こる、なんていう話はわずかとはいえ伝わってるようではあるけれども。
まぁ、ちょっと考えたら近くにあるのが廃墟群島だし、そこを調べたいと思ってる奴らからすればここは拠点にできるんじゃないか、という考えもあったとは思うんだが……多分そこで祟り云々の話も広まった気がする。
祟りだとかそういうのはさておいて、サグラス島は大自然たっぷりな島、という事で間違ってはいない。
だからこそ、鳥に乗って移動してあっという間に着いたのはいいんだが、降りる場所は限られる。小鳥なら問題ないだろうけど、人が乗れるサイズの大鳥だ。そんなのが普通の鳥と同じ感覚で島に降りようとしたら、木々にぶつかる事故が発生しかねない。
鳥精霊が生み出した鳥だ。本物の鳥というわけではない。けれど、それが途中で何らかの事故で消滅したら。
……鳥に乗ったままの俺らはその時点で真っ逆さまに転落確定だ。
安全ベルトとかバーとかそういうの無しでジェットコースターに乗ってるようなものと考えれば、どれだけ危険な事かは言うまでもない。
だからこそ降りる場所は慎重に行かなければならない。流石に俺もさ、無茶して突っ込んでって途中の木に引っかかって鳥から強制離脱とかしたくないんだわ。そういったスリルは求めてない。
っていうか下手したらそれ木に激突して骨折とかそういう危険性もあるわけで。
とりあえず砂浜あたりならどうにかなるだろう、と思って多少開けた感じのそこへ降りようとしたのだが。
ごう、という唸るような音が聞こえたのはそこに降りようぜ、と手で合図して、それにミリアが頷いた直後の事だった。
ただの風の音にしては唐突過ぎて思わず音の発生源を探ろうと視線を巡らせる。自然に発生したような音にしては不自然だった。
例えばこれが、天気が荒れてこれから嵐でもくるんじゃないか、くらい空もどんよりしていればまだ気にしなかったと思う。けれども空は快晴。鳥に乗って移動していたとはいえ風もそこまで強いわけでもなく、気温もまぁ、ちょっと肌寒くはあったが鳥に乗って空にいるのだからこれくらいは……と思える範囲だ。
だからこそ、そんな唸りをあげるような強い風が吹く状況とは思えない。であれば今の音はどこかで何かがあったから、と考えるべきだ。
自然のものではなく人工的に発生したものだと考えていた。
とはいえ、その音の発生源がすぐに見つかるはずもなく。
一体何だったんだろう、と思いつつも、まずは降りてから調べればいいかと思ってしまった。
鳥に指示を出して、高度を下げる。そうして砂浜へ降りようとしたまさにその時――
ごぅん、と低く鈍い音が響き渡った。
もし地上にいたのであれば、ちょっとくらいは揺れたかもしれない。けれども鳥に乗っていた俺たちはそれに気づくはずもなかった。
気付いた時には、異変はすぐ目の前まで迫っていた。
「えっ、ちょ、っ、旦那!?」
砂浜から、というだけではない。木々がある方の大地からもそれは出現していた。
黒いツタのようなもの。ぶくぶくと泡が出ているようなそれらは、ただの植物であるはずがないのは一目で理解できた。けれども何故それが、というところまでわかるはずもない。
唐突と言っていいほどに脈絡なく現れたそれらは、降りようとしていた俺の乗る鳥だけではない。ミリアとルーナが乗っていた鳥も、ハンスとルフトが乗っていた鳥も薙ぎ払うようにすさまじい勢いで迫っていた。
あ、だめだ。
どうあっても回避できそうにない。
目前まで迫っていた黒いそれを見て、そう察する他なかった。
異変に気付いたミリアがどうにかしようとしたのか、鳥に対して何らかの指示を出そうとして声を上げたのは聞こえた。とはいえ、それは言葉になっていなかったが。
指示を出すより先に黒い蔦が鞭のようにしなり、鳥に命中する。
俺が見たのはそこまでだった。
何せ俺の方も同じように黒い蔦が鳥を薙ぎ払っていたのだから。
「っ、あいつらの事、頼んだ!」
回避はできない。そして俺は着地するべく高度を下げていた。ミリアとルーナが乗った鳥とルフトとハンスが乗った鳥と比べて、低い位置にいた。
それもあって俺は鳥ごと薙ぎ払われた時に方角が方角なら木々に勢いよくぶつかっているところだったのだが……幸いといっていいものか、海の方へとすっ飛ばされていた。
海面ギリギリを凄まじい速度で吹っ飛ばされていく。
俺はともかく他の連中が咄嗟にどうにかできる感じもしなかったので、俺に憑いてる精霊たちにサポートを頼む。どう考えたって異常事態だ。二人一組で鳥に乗ってたとはいえ吹っ飛ばされて着地した場所が一緒になるかは正直わからない。
それぞれが分断された場合、そこで何かあったとして自力でどうにかできるなら良い。けれど、どうにもならない場合――
最悪、命を落とすかもしれない。
その可能性があるなら、精霊をそれぞれに派遣しておくべきだろう。幸いといっていいか俺に憑いてる精霊は一人だけじゃない。
付き合いがそれなりに長い精霊たちは俺の言葉の意味を理解してくれている。シャレにならない速度で吹っ飛びながらも見た光景は、実体化した精霊たちがそれぞれあいつらの元へ向かうところだった。
ちなみにその直後、俺は一度気を失う事になる。
何せ、サグラス島から黒い蔦に薙ぎ払われて別の島にまで吹っ飛んだのだから。砂浜に打ち上げられた感じではあったが、その衝撃たるや……よく俺生きてたなって感じだわ。