生い立ちシンパシー
ハンスがルフトに話しかけているのを聞きながらでも中々の距離を進んではいた。
だからこそすっかり日も傾いていたし、そろそろ野宿しようかという話にもなった。
正直もうちょっと先でするつもりだったが、すっかり雰囲気がもうここで野宿しろよみたいになってしまったので場所はここでいいという事にする。
夜に移動する事もそれなりにあったけれど、正直あまりいいものではない。
魔法で周囲を照らせばそれなりに見えるし歩けなくもないけれど、やはり色々と呼び寄せるからだ。
それは夜陰に乗じて悪事を働こうとする者であったりだとか、人の気配がすっかりなくなった頃合いを見計らって活動する魔物であったりだとか。
野宿でとりあえず火を絶やさなければ魔物は寄ってこない。気を付けるべきは山賊だとか盗賊だとか呼ばれてるようなのだけだ。
まぁそれも俺は今まであまり気にした事がなかったが。
火をつけるだけなら魔法で簡単につく。とはいえ、朝まで絶やさず火を残さなければならないのであれば、やはり燃える物は必要になってくる。
一時的であればいいが、燃やす物も何もないまま朝までずっと魔法だけで火を残し続けるというのは少しばかり無理がある。根気強いタイプの精霊が手を貸してくれればもしかしたら頑張ってやってくれるかもしれないけど、飽きっぽいタイプの精霊だった場合真夜中とか一番火が消えたらまずいタイミングとかで消して放り出しかねない。
ハンスは慣れたように街道から外れた場所に落ちている木の枝を拾い集めてきたし、ルフトは自分の荷物の中からテントを取り出していた。
俺はマントを留めている飾りについてる石に収納しているけれど、ルフトはマントは身に着けていない。留め具のようなものはないが、かわりに胸元に一つ、勲章のようなものがついていた。その中心部にある青い石がどうやら彼の収納具らしい。
ルフトが出したテントから少し離した場所にもう一つ、俺はテントを出した。
前世のキャンプ用品並みに組み立て便利なワンタッチ式のやつなので、俺もルフトもそう時間をかける事なく設置完了する。
「何故、そちらもテントを?」
ルフトの疑問はある意味でもっともだった。
基本的に野宿の際は見張りを出す。
何かの拍子に火が消えたりした場合すぐさまつける必要があるし、それ以外でも何か異変があれば寝ている相手を起こす必要も出てくる。
見張りがいなければそういった不測の事態にすぐさま対処ができるはずもない。
だからこそルフトの中では一人が見張りをして、残り二人がテントの中で休む算段を立てていたはずだ。
とはいえ。
「特に聞いてはいなかったが、寝る時もその仮面はつけたままか?」
俺が指摘すると、ルフトははっとした様子で手を仮面にあてた。言われるまでその存在を忘れてでもいたのだろうか。なら、その仮面は別に視界を塞いだりするようなものではないんだな、なんて思ったけれど、一応人前に出る時にでさえ身に着けているのだ。そう簡単に外したりはしないだろう。
ましてや今日会ったばかりの俺たちの前で外すかと言うとそれは無いように思う。
いや、これ単なるファッションですとかいうなら外す可能性もあるけど。どっちだ。どっちなんだ。ハンスもちょっとそこだけは気を使って一切触れてなかったからな。わからない。
「人前で外す事に抵抗があるなら、万一の事を考えてテントは別にしておいた方がいいだろう」
「そ……れはお気遣いどーも」
何だか気まずいと言った感じで言うルフトに、やはり外せない理由があるのだろうと思い至る。
同時に今までこっちもその部分に触れてこなかったという気遣いに気付いてしまったようだ。いや流石に気付くか。気付かない方がどうかしてる。
今日の夕飯はハンスが事前に買い込んであった保存食から出す事になった。ティーシャの街で購入しておいたらしいそれは、保存食というよりはその日のうちに食べてください、みたいなお弁当だった。一応保存が効くものも買ってあるらしいので、明日ケーネス村に着く前に食事をする時はそれが出てくるはずだ。
俺も一応食料を持っていないわけではないのだが、いかんせんハンスが荷物を入れている鞄は容量に限りがある。ついでにいうなら食料だってずっと入れておいたら勿論最終的には腐る。
対する俺の収納具は、なんと食べ物を入れても当分の間は腐らない。それにハンスよりも勿論荷物の収納量が違うので、こちらはいざという時用なのだそうだ。ハンス曰く。
俺とハンスがはぐれた時にハンスの荷物から食料なくなったらどうするんだろうなとは思うが、まぁハンスだしその時は多分どっかで食べ物調達してそう。こいつ何だかんだ生き汚い部分あるから泥水啜るとか草食べるとか虫食べるとかしてでも生き延びてそうなんだよな。
お弁当そのものは俺とハンスの分しか購入していなかったので、新たに皿を取り出してそちらにルフトの分を取り分けていく。
前世もそうだけど今もどうやら俺食がやや細いみたいだからな……食べれば食べ切れなくもないけど、無理して食べる必要もない。
エルフじゃなくてドワーフあたりに転生してたらもっと豪快にガツガツ物食べてたかもしれない。酒とか水のように飲めるんだろうなそうなると。……それはそれで体験してみたいような。
この身体でも一応酒は飲めるみたいだけど、酒豪というわけでもなくあくまでも人並みに嗜む程度だからなぁ。
「ところでルフトさんさっき十五歳って言ったじゃないですか」
「そうだな」
食事をしつつも思い出したようにハンスが口を開いた。ルフトもまた口の中の物を飲み込んでから相槌を打つ。
「ハーフエルフって言ってましたけど、エルフとして考えるなら十五って全然赤ん坊みたいなものでしょ? それなのにこんな組織に所属しちゃって大丈夫なんですか? その、聞いていいかわかんないけど親御さんは?」
その疑問は俺もさっき持ったものだった。聞いていいかわからないから聞くに聞けない疑問。
ハンスもそれはわかっているようで、答えたくないなら答えなくていいですと付け加えていた。
ルフトは予想していたよりは落ち着いているように見える。いずれは聞かれるとわかっていたからだろうか。
「母は……数年前に会えなくなった。死んだ、と聞かされたが生きている可能性もある。とはいえ今どうしているかはわからない」
「へ? えっと、死んだって聞かされたんですよね? でも生きてる可能性があるって……お母さんがエルフだったって事です? もしそうなら里に連れ戻されたとか?」
「いや、母はエルフではない。人間でもない他の種族だ」
「えっ、父親がエルフって事ですか!? それは、それで何か珍しい、ですね……?」
ハンスが驚くのも無理はない。
エルフってほら、純血しか認めないみたいな風潮あるし。自分たちの種族が優れてるとか至上主義みたいなのもあるし、里とか集落から基本的にそう出たりしないし。ある意味引きこもりって言っても間違ってないんだけどさ。
とはいえ、全く外に出ないわけじゃない。流石にずっと同じ里で婚姻続けてったら最終的に近親相姦みたいな事になるから時折別の里や集落へ行く者もいる。
まぁ俺の故郷はないんだけどね! とっくの昔に!!
そういう場合は普通他の里とか集落に行くはずだったんだけど、親がそういう場所を教えてくれる前に何もかもなくなったからなぁ……
ともあれ、外に出るとしても大体は別のエルフの集落とかに行って結婚相手見つけてくるとかなんだよ。たまに外の世界に憧れ抱いて人間とかがいる街や村に行くエルフもいるけど、そういうエルフたちだって最終的には観光して帰ってきました、みたいな感じで戻ってくる、って前に別の里で聞いた。
その中のごく一部がうっかり人間とか別の種族と恋をして結婚する事もあるけど、そういうのは女性に多いとも聞いた。里の規律が厳しいところは最悪無理矢理にでも連れ戻す事があったりするみたいだけど、それも全体的に見れば極僅かだ。
対する男性のエルフは外の世界に行ったとしても、そこらで別種族の女性引っかけて遊んで来る事はほぼ無いんだとか。いや、こっちもこっちでとても数少ない案件で結婚しますみたいなのが出る事もあるらしいけど、数百年に一人出るか出ないか、みたいな話だって以前たまたま訪れたエルフの里のお爺ちゃんが言ってたっけ。
えっ、ってことはルフトはその数百年に一人の案件のお子さん?
「それでその、失礼ですがお父さんはどちらに?」
「知らない」
「え?」
「ボクが生まれた時にはもういなかった」
「ヤリ逃げかもしかして」
ハンスの声が一瞬で低くなる。気持ちはわかる。
やる事やってそのまま責任も取らずに逃げるとかそれはいくらなんでも最低だろ。
っていうかハンスの親も確かそんな感じで母親が凄い苦労してたって言ってたもんな。ハンスの気持ちが一瞬でルフトに寄り添ったのを感じる。
「わからない。母は、父をとても愛していた。母の言葉を信じるなら母は自分から身を引いたとも言っていた。父の足手まといになりたくないから。せめて一言でも母の口から父の悪口を聞いていたら多少なりとも恨む事ができたのかもしれないけど、母は、一度も父の事を悪くなんて言わなかった」
「う、うぅ~ん、何とも言えない……」
父親見つけて血祭りにあげるか? みたいな雰囲気だったのに、ルフトの証言を聞く限り母親が騙されていたのか、それとも本当に何らかの事情があったのか……どっちだこれ。
「じ、じゃあ、ルフトくんがこの組織に入ったのってお父さんかお母さんを探すために?」
「正直生まれて一度も見た事のない父の事はどうでもいいんです。えぇ、だって他人同然ですから。というかもうこれ完全に他人ですから。
でも、もし母が生きているなら、母には会いたい」
父親に関しての反応はとても塩対応だが最後にぽつりと零れた言葉は心の奥底からの本心なのだろう。
まぁ、そうだよな。生まれてから一度も会った事のない父親とかそれもう完全に他人だろ。遺伝子提供者ってだけの繋がりしかないもんな。
前世とかだったらこれ完全に書類だけの繋がりみたいなものだよな。どういう人なんだろう、って思いをはせる事があったとしても、会いたいかってなるとまた別の話だな。
それよりも育ててくれた母親の方に会いたいに決まってる。
「ルフトくん、何だったらオレも手伝いますんで、お母さんの特徴とか名前とか、良かったら教えてもらっても?」
「あ、それは結構です」
「余計なお節介だった!? やだごめんね!?」
「いえ、というか、正直貴方たちの事はまだ信用してないので。流石にこれ以上詳しい話は今は話すつもりないです」
「そっかー、じゃあ話していいかなってなったら話してちょうだい。その時は改めて力を貸すから」
「はぁ」
目に見えてわかる勢いで線引きされて、ハンスは苦笑を浮かべるしかなかった。まぁ確かに会ったばかりだからな。なんでもかんでも話すわけないか。
それにしてもルフトのここからここまでなら話してもいいかな、っていう境界が中々に重たい。
もしかしたら前に誰かに根掘り葉掘り聞かれた事があったからとかそういうのがあったのかもしれないな。じゃなきゃルフト個人に関する話とかほとんど答えられないものばかりになりそうな気がする。
正直食事中にする話題じゃない気がするが、してしまったものは仕方がない。
食べ終わった後でルフトが見張り、最初はボクがしますよなんて言っていたがそれは丁重にお断りした。
何だか釈然としない顔をしていたようだが、ここで食い下がっても仕方がないと思ったのだろう。でもまだ眠くないのでもう少しだけここにいます、と言って焚火をぼうっと眺めている。
「ルフトくん、眠くなったら勝手にテント戻っていいからね。オレたちももうちょっとしたらテント入るし」
「え、見張りは?」
「それは精霊に任せる」
「……は? 精霊に? 何言ってるんですか」
ハンスの言葉に思わずといった様子で反応し、次に俺が口にした言葉に何だかとても頭の悪い生き物を見た、みたいな反応をされた。十五歳の少年のその反応は正直ちょっと傷つく。
「いやいやいや、旦那のね、魔法なんだけどこれがまぁ、ちゃんと効果あるから。大丈夫よ。オレも昔は中々信用できなかったけど」
「そうだな。いいって言ってるのにかたくなに見張りしようとしてたもんなお前」
あれはまだこいつと出会ったばかりの頃だったっけか。そもそもその時点で俺は一人だったし見張りとか以前の問題だったけど、この頃にはとっくに精霊に見張りを頼んでテントの中でぐっすり寝るっていうのが当たり前になってたからな。ハンスは最初の頃はしばらくその状況を信じられなかったみたいだけど。
仮にハンスが見張りしたとしても、交替の時間になったところで俺が起きるつもりは全くないから見張りとかやるだけ意味がないわけだが。
「精霊に……本当に大丈夫なんですか?」
「問題ない。心配なら一人で勝手に起きてろ」
ハンスも何だかんだ最初の頃は信用しきれなくて一睡もせずに起きてた事があったな。とはいえ翌朝眠気に負けて色々と大変だったっけか。
俺の言い方がお気に召さなかったのか、ちょっとだけむっとした様子を見せたルフトは、
「いいえ、心配はしません。大丈夫です。こっちも何かあったら起きられますから失礼します」
とだけ言ってテントに引っ込んでしまった。
「旦那、ルフトくん難しい年頃なんでもうちょっと言い方気を付けてあげて下さいよ」
「知るか」
正直難しい年ごろとか意味がわからんが、反抗期と考えればどんな対応したって気に入らない時は気に入らないんだろうし、じゃあわざわざこっちが態度をころころ変える必要性も感じられない。
どうしてもイヤだとなったらそれこそお互い別行動をとればいいだけの話だ。
というかだ、ハンス。
何となく生い立ちがほんのり似てる部分があるからってお前ルフト側に寄り添いすぎでは……?
今の発言完全に仕事一筋の父親に苦言を呈する母親みたいになってたぞ……?