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さて翌日。
本当ならハンスが来るまでここに滞在する予定ではあったけれど、状況が変わったのでサグラス島へ出発する事となった。
宿の部屋はあと何日かとっておいたんだが、今からサグラス島に出発して仮にそっちの事態がさっくり片付いたとしてまた戻ってきたとして、多分その頃まで部屋をキープできてなさそうなので宿の主人にも事情を説明した。
とはいえ完全にこちらの都合なんで釣りはいらねぇぜとかやったので、宿の主人としてもまたのお越しをーなんて言っていたな。
というかだ、もしサグラス島にいるのが本当にクロムートだった場合、そこで解決した場合ヴェルンに戻ってくる意味もないわけなんだよな。
一晩ルーナの部屋ですやぁと眠っていた鳥は、朝になってしばらくはピィピィと愛らしい鳴き声を上げていたが、やがてまたもやプリムが何らかの術を使ったのか普通に喋りだした。
「今の所そいつ、島をうろうろしてるだけなんでまぁ、まだ大丈夫だと思うんだけどさ。ルーナがいるのってヴェルンとかそっち方面だよね?」
「あぁ、ついさっきヴェルンを出た」
「鳥と意識繋げてるっぽいわりにそこら辺わからないのか?」
「大まかな感じでしかわかんないんだよねー」
俺の疑問にあっさりと答えるが、その大まかにしかわからないなりによくルーナのところに辿り着けたな……知ってる相手の何らかの……この場合魔力の波長とかそういうやつだろうか、そういったものを辿った、とかか?
「魔術で一発バビュン、と飛べばすぐなんだろうけど、それやってそっちに意識向けられるのも何か不味い気するからなるべくこっそり来てくれる?」
「そうだな、もしそいつが本当にクロムートだった場合、こちらも何の準備もせずに目の前に出るのは危険な気がするから、急ぎつつこっそりそっちに向かう」
「うん、待ってる。とりあえず、何かあったらまた連絡寄越す」
「あぁ、何事もない事を祈っている」
常に意識を同調させておくのも恐らく相当に疲れるのだろう。プリムはともかく、鳥の方が。
ルーナの言葉を聞いたかどうかはわからないが、それ以降プリムの声はしなかったしこっちから話しかけてももうプリムからの返答はない。繋がっている時でなければ向こうもこちら側の声など聞こえるはずがないのは言うまでもない、という事か。
流石に生物は収納具の中に入れるわけにもいかないので、ひとまず移動中の間はルーナが運ぶ事にしたらしい。胸元あたりの服をちょっといじって上手い具合にそこに収める。
いきなり走ったりしない限りは落っこちたりもしなさそうだし、当面はこれでどうにかなるだろう。
相手がもし本当にクロムートであるならば急がなければ不味い気もするのだが、しかしかといって魔法を使って全速力で行くのも躊躇われた。
クロムートだったら確実に戦闘になる。
ルーナだけならどうなるかわからんが、俺もいる以上間違いなく戦闘になる。
それを考えるとなるべく力は温存しておきたい。
とはいえ、海を移動する時にはどうしたって魔法を使う事になるわけだが。
それ以外の、現在。こうして徒歩で移動している間は気持ち少し急ぐつもりではあった。
実際サグラス島からヴェルンへ来た時と比べると、海を渡って陸についてから移動した時間はそこそこ縮まったのではないかと思えた。とはいえ今日中に海に辿り着くのは無理だろうけれど、それでも明日の早い時間には海岸に着いている事だろう。
急ぐ気持ちもあるけれど、だからといって休まず移動するわけにもいかない。
ヴェルンへ行く時に野宿をした場所とは少し違う場所でテントを張って休む事にする。
海から上がってヴェルンへ行く時に野宿した場所はとっくに過ぎていた。思った以上に早いペースで移動しているとはいえ、そろそろ休まないと明日に響くしそうなるとその後にも響くだろうなと思えるのは言うまでもない。
だからこそさっさと休む事にして、更に次の日。
睡眠もとった。食事も済ませた。野宿をした、という状況の中ではしっかり休めた方だ。うっかり魔物と遭遇して、なんて事もなかったわけだし。
だからこそこのままのペースで行けばすぐに海まで行けるのではないか、と思っていたのだが。
「いやああああああああああああ!!」
そんな悲鳴が聞こえてきたのは、遠目に海が見えたような気がしたあたりだった。
悲鳴。
これだけなら近くで例えば行商の馬車とか盗賊にでも襲われたのだろうか、とかよくある不幸な事故を思い浮かべた事だろう。しかし聞こえてきたその悲鳴は思ったよりも近く、また、上の方から聞こえていた。
嫌な予感がしたものの、それでも視線を、というか首を動かして空を仰ぎ見る。黒い影のようなものが見えたかと思えば、それは凄まじい勢いで地面へと移動し――いやこれ落下か? なんて思ったが、地面に激突する直前で滑るように横へと移動しピタッと止まった。
慣性の法則ってご存じ? とか言いたくなるくらい無茶な動きだった。
肉眼で捉えるにはちょっとばかり難しいくらいの速度で上空から地上へ落下し、追突直前で横に滑るように移動してから止まったそれは、鳥だった。
鳥、ではあるがその大きさは今現在ルーナの懐にいる鳥とは比べ物にならない。
人が一人くらいなら乗っても問題のなさそうな、大きな鳥だ。
そしてその鳥の上には人が乗ってた。
「……ハンス」
そう、何だか随分久しぶりな気がしなくもないが、数日前に別れたハンスである。
通りで悲鳴に聞き覚えがあったわけだ。
「だ、旦那……?」
俺の呟きが聞こえたのか、そろそろと顔を上げてこちらを見る。その顔はなんというか、涙と鼻水でぐしょぐしょだった。うわ、と小さな声がルフトから漏れる。
気持ちはわかる。
少なくとも成人男性が晒していい感じの顔じゃなくなってるもんな……
「だんっ」
「あ」
砂漠で道に迷った挙句ようやくオアシスを見つけたような感極まった感じでこっちに飛びつこうとしたのだろう。だがしかし鳥から降りようとした時に、上手くバランスをとれなかったのかべしゃっと顔面から大地に突撃する羽目になった。多分ハンス的に「旦那ー!」とか言いながら飛びつくつもりだったんだろうけどな。
多分ではあるが、ずっと鳥の上に乗っていて落ちないようにと緊張しっぱなしだったのだろう、とは思う。そうしてようやくその恐怖から逃れて、ついでに顔見知りが近くにいたのだから、そりゃまぁすぐさま大地に足をつけようとするのも理解できる。無いとは思うが鳥がきまぐれに急上昇したら、とか考えたらそりゃすぐさま降りれる時に降りようとするだろうし。
けれど、今まで緊張で強張っていただろう筋肉がすぐさま順応してスムーズに動くかというと、そうもいかなかった、と。
ずっと自転車で移動した後に、降りて歩きだしたら何か使う筋肉違うせいかちょっと違和感あるな、とかそういうのの凄いバージョンと考えるべきだろうか。
「旦那ぁぁぁぁあああぁぁぁああ! 会いたかった! 何だかもうとっても会いたかった!!」
がばと身を起こしたハンスは……言うまでもなく大惨事になってた。主に顔面が。
顔面から着地した割に怪我こそしていないようだったが、そもそも顔面から大地に突っ込む前の時点で既に顔中ぐしゃぐしゃになってたわけで。涙に鼻水でそりゃもうぐしょぐしょな所に、大地に突っ込んでみろ。砂とか土とかそういったものがくっつかないはずもなく。
「流せ」
前世で興味本位で磁石を公園の砂場に突っ込んだ時の事を思い出しながらも、魔法を発動させる。
水の球が出現してハンスの顔面に命中する。
顔面が思った以上に砂というか土まみれになった挙句、その状態でまたも俺の事を呼んだものだから口の中にも入ったのだろう。ぺっぺ、と吐き出そうとしている最中に水が命中し、ぶぼぁ、みたいな音がしたが……まぁ最終的に洗い流せたからオッケーだろ。きっと。
「げふぉ、ちょっ、旦那、鼻の中にも入ってきたんですけど!?」
「一応全部洗い流されたからいいだろ」
そりゃずっと水を顔面に張り付けたまま、とかなら窒息したらどうするとか陸で死因が溺死とかシャレにならんだとか言われるだろうとは思うけれども、やや乱暴だと思いつつも水が顔面に接してた時間は精々二秒くらいだ。それで綺麗さっぱり洗い流したんだから、そりゃまぁ鼻に入ったりする事故もあるよな。
正直顔中ぐしょぐしょになった状態でハンスに引っ付かれるのもな、と思ったのも否定はしない。俺だからまだその前に顔をどうにかしようと洗い流すって手段に出たけど、これルフトだったら多分蹴り飛ばしてる可能性あるぞ……何せ背後でうわ汚いとかいう呟きが聞こえたし。
とりあえず収納具からタオルを取り出して手渡せば、文句を言いつつも受け取ったハンスは遠慮なくそのタオルで顔を拭き始めた。
「移動中は生きた心地しないくらいすっ飛ばされたし、地上に降りたと思ったらいきなりこれとか、オレこんな目に遭わされるような悪い事しました!?」
「悪い事はしてないがしいて言うなら……」
「しいて言うなら!?」
「お前は単純に運が悪いだけだろ」
「努力じゃどうにもならないやつー!!」
俺の冷静な指摘にハンスはタオルごと顔を覆ってわっと泣き出した。
あ、いや、泣いてないな。泣いたフリだな。
でも確かに運ばかりは努力でどうにもならんもんな……俺も前世で運が悪い感じだったし、そこはわからんでもない。努力でどうにかできる感じじゃなかったもんな。
ともあれ、まさかここでハンスと合流するとは思ってもいなかった。