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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
三章 ある家族の話
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職員の災難



 普段建物の中で仕事をしてほぼ外に出る事がなく、本を抱えて移動する事はあれどそこまで筋肉があるとパッと見でわかる感じでもない。

 そんな、多分影でひょろがりもやしとか言われそうな体型のそこそこいい年齢の男が乙女のような悲鳴を上げた事で、俺の意識は思わずそちらに向いてしまって、それに気付くタイミングが若干遅れた。


 いや、思えばハンスもたまにこんな感じの悲鳴上げてたからそれに慣れてなかったら多分もっと遅れていた。


 俺が気付いた時には、床にぼとりと何かが落ちる音がしていたし、流石にそんな音までしたら気付かないはずもない。


「…………カイ?」


 その名を口に出すまでに時間があったのは、本人かどうかちょっとだけ自信がなかったからだ。


 顔は確かにカイなのだが、疑問形で呼びかける事になったのはそれ以外の部分に問題があったからだった。


 体の大半が黒く変色し、半液状化したそれらがボトリボトリと床に零れ落ちている。肉が溶けて、という感じではない。カイの体型はそこまで大きくもなければ太っていたわけでもない。黒いものが肉であったのなら、それだけ落ちているならもうとっくにカイの身体のほとんどはなくなっているはずだ。


 顔も半分ほど黒く染まっているし、魔物が侵入した、と言われれば信じてしまいそうな風貌。

 半分とはいえ元の顔がわかっているからこそ俺はカイだと判断できたけれど、親しくもない相手が見れば化物だとしか思わないだろう。


 そんな状態のカイが、閲覧制限が設けられている本を棚から強引に取り出しては開き、中を見ては求めているものと違ったのだろう、床にそのまま落としている。

 いや、落としているというよりは、戻せないだけなのかもしれない。何せ本を手に取るたびに許可を得ていない相手が本を取ったものだからか、防御魔法か防犯魔法か知らないがともかく物騒な術が発動しているわけで。

 黄色い光が走ったかと思えばカイの腕から白い煙が上がったり、他の本を手にした時には青白い閃光が走った。バリッ、という音とともに何かが焼けるにおい。それが肉が焼けたものだと思えないにおいだったので、最初は何がなんだかわからなかった。


「ひぃっ、な、な、何? 一体何なんですかこれっ!?」


 乙女のような悲鳴を上げていたそいつは、そこでようやく正気に戻ったというべきか、まぁ何事かを考える余裕は出てきたらしい。


「一体誰が掃除して片付けると思ってるんだお前っ!」

「そっちか。あ、いや、そっちなんだな……」


 まず何者だとか、そういう部分を突き詰めるものではないかと思ったが、まぁ世界最大規模の図書館だしな……まずは本の無事を確認するのはある意味で正しいのかもしれない。ここ以外の常識から当てはめるととてもずれているとしか思えないが。


 黒い何かに覆われているカイの腕は尚も本にかけられた魔法によって焼かれているが、痛みを感じているのかいないのか、カイは意に介した様子がない。いや嘘だろ、みたとこその魔法の威力かなり激しい感じなんだが……普通の人間がうっかり手にとろうものなら今頃腕が消し炭になっててもおかしくないレベルの威力っぽいんだが……


「これじゃない……これも違う……」


 職員の言葉を無視して、カイはなおも本棚の本を引き抜いていく。

 ちょっ、おいバカやめろ……! あーもー、何なんだお前本は大事に扱えっての!

 なんて悲鳴混じりに叫んでいるが、これも全部無視されている。ドンマイ。


 と、いうかだ。

 カイの身体の大半を覆っている黒いの、何か見覚えあるんだよな……


「おい、聞いているのか!? いい加減にしろよ!?」


 カイがこちらに反応を示さず本を次々に手に取っていくだけ、という状況で、職員もわけがわからないなりにこちらに危害を加える様子がないと判断したのか、大股で一歩詰め寄った。そのまま強引にカイの動きを止めようとして腕を伸ばし――


「あ」

「グギャッ!?」


 思い出したと同時に俺は職員の肩を背後から掴んで強引に引き戻した。

 何かごりゅっ、とかいう音がしたが折れてはいないはず。多分。


「いっ……何するんですかぁっ!?」

「いや、触ったら多分取り込まれるぞ、あれ」

「は? 取り……え? は?」


 いきなりダメージを与えてきた俺に食って掛かろうとした職員だが、俺の発言に何を言っているのかわからない、と言わんばかりの反応をし、遅れて意味を理解したのか今度は俺とカイの姿を交互に視線を動かして見ている。床に落ちた黒い液体状の何かはじゅう、と音をたてたかと思えば割とすぐに消えていく。蒸発しているようにも見えるが、そんなすぐに蒸発するはずもない。


「いや、何かあの黒いの見覚えあるなと思ってたんだが」

「え、えぇ、はい?」

「ライゼ帝国の一件は知ってるか?」

「え? 帝国……? あの人間至上主義を謳って異種族狩りしてたっていう? 何か最近滅んだとかって話は耳に挟んだような気がしますけど」


 まぁ、帝国とこのヴェルンの街はそもそも離れてるしな。そんなすぐに情報がいきわたるはずもない。組織はミリアの鳥が連絡にあちこち移動しているからある程度の情報も回ってくるけれど、一般からすればそれでも帝国が滅んだという話が流れてきているだけでも充分な方かもしれない。

 同じ大陸ならまだしも、違う大陸の話なんてこんなものだろう。


「あまり詳しい話はできないが、そこの皇帝を操ってた黒幕っぽいのがああいう黒っぽいやつ使って色々としてたんだよな」

「色々、とは? ちょっとそこ気になるんですけど!?」

「探究心は今休ませてやってくれ。説明が難しい。ただ、あの黒いのに人間とか異種族とか取り込まれていっててな。最終的に死んだわけだが」

「いや無茶言わないで下さいよ気になるに決まってるでしょ説明して」

「あと何だったかな、一部の民とか帝国と関わった冒険者とかが黒い液体に包まれる感じで死んだり液体吐いたりして消滅したり」

「ちょっと、なんでそんなふわっとしてるんですか何でそんな事をふわっとした感じで済ませてるんですかおかしいでしょ絶対気になるでしょそれ」


「まぁともかく。もしそれと同じようなものなら下手に触ると取り込まれるぞ」

「それは教えてくれて助かるんですけれども! そうじゃなくて!」

 この場にきて好奇心とか知識欲とかうずうずしだしたのかもしれないけど、下手に深入りすると危険である事だけは告げておく。あと俺に聞かれてもそこまで詳しいわけじゃない。


 そう言ってとりあえず落ち着くように言っていれば、ふと静かになっている事に気付いた。

 さっきまではこれじゃないだとかこれも違うだとかで本を手当たり次第引っ張り出していたはずのカイの声も、本が床に落とされる音も、カイの腕を焼かんばかりに炸裂していた魔法の音も、気付けば何もない。


「これは……これなら、きっと……」

「あっ、ちょっ、本! 返せ本! 貸出なんてしてないんだぞこれ! っていうか頼まれたって許可でないやつなんだからなそれ!」

 カイにとって求めていた本だったのか、それを手にしたままカイの姿が薄れていく。徐々に、というか外側から内側に向かって、という感じで薄れていったので、このままでは最終的に本もなくなるのではないか、と思えるようなもので。だからこそ職員の叫びも切羽詰まっていた。


 閲覧制限がかけられた本をみすみす盗まれてしまいました、では確かにシャレにならない出来事だ。


 とはいえ、魔法の使用は基本的に禁止されてるわけだし……黒い液体みたいなのに覆われてる状態のカイに堂々と掴みかかるのも危険。となれば。


「っ、うぁ……!?」

 ドサ、と本がカイの手から落ちる。


 咄嗟に収納具の中にあったナイフを取り出してカイの手に投げつけた結果、距離もそう離れてるわけじゃないから当然命中する。

 そもそもカイはこの街に出没する怪談話の幽霊みたいな認識で、更に今はあの黒いのに覆われている。本を手にしていた時に食らったはずのダメージもかなりのもののはずなのに、意に介した様子もないし痛覚があるかも疑わしい。

 だからこそ、ナイフは賭けだった。


 貫通して本にもダメージがいった場合俺も何かこっぴどく叱られそうな気がしたので、手首あたりを狙ったのだが、その衝撃で本を取り落としたのでどうにかセーフ、か……?

 消えかけていた姿がまた元に戻るかと思ったが、カイはそのまま消えてしまった。


 あとに残されたのは、そこかしこに散らばった本だけだ。


「……誰が片付けると思ってるんだこれ……」

 途方に暮れた職員の声が、本気で切実だった。


 閲覧制限がかけられている本なので、勿論今この場で俺たちが片付けようとした場合、閲覧許可を得ていないので下手に触れば俺たちにも防犯魔法が発動する。いや、下手したら腕吹っ飛んだりしない? 腕が消し炭になるだけで済めばいいけど最終的にこれ全部今片付けるってなったら全身消し炭の可能性も高い気しかしない。


「あの、ちょっと、許可とってくるんで、少しの間ここ見張ってもらっても……?」

「そうだな、また戻ってこないとも限らないし……わかった」

 許可を取りにいくにしても、俺が行くよりも職員が行った方が圧倒的に早い。

 俺だって下手にこの場の本に触れるわけにはいかないのはわかっているし、余計な事をしないと職員も理解している。二人同時に戻るにしても、その間にまたカイが戻ってこないとも限らない。


 俺が職員であったとしても、多分そうするな、というものなので俺としても素直に頷いておいた。


 パタパタと、思っていた以上に軽やかな足音が遠ざかっていく。図書館の中を走るわけにもいかないけれど、それでも急がなければならない。そういった部分から走っているという表現からはギリギリ外れた、限りなく急ぎ足のそれは、図書館の中ではうるさくしないというのにも対処されているのだろう。完全に消すには至らなかったがそれでも驚く程に小さめの足音だった。


 音だけで判断したらこどもが走ってるのかと思うレベル、といえばいいだろうか。実際はいい年したおっさんだと思うんだけども。あの職員。



 そうして彼がここで起きた事を報告して上の偉い人あたりを連れて戻ってくるまでの間。

 カイが再び戻ってくる事はなかった。

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