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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
三章 ある家族の話
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何のための魔法



「そう、なんですけどね……」


 カイは少しばかり言いにくそうにして、言葉を選んでいるように感じられた。


「これは、おれの勝手な自己満足みたいなものでして」


 ぽつりぽつりとカイは語りだす。


 自分は気が付いた時にはこの街に捨てられていたこと。

 それを拾ってくれた老夫婦がいた事。

 二人に育てられたおかげで生きていけたこと。

 その二人は学者で、精霊学を学んでいた事。


 ここまで聞けばまぁ、それなりに耳にするような話ではある。

 我が子のように育ててくれた相手の後を継ごうとした、とか典型的なストーリーだ。こういう言い方は本人にとってはとても失礼かもしれないが。


 二人は自分の好きなように生きなさいと言ってくれたし、自分は自分の意思でそうしようとしているので何も苦ではない事。

 そうして死んでしまった養父母の後を継いで、とまではいかずとも、自分も精霊学を学び始めたのだと。


「精霊は、大半の人の目には見えなくとも身近にいる存在です。そうしておれたちの生活を助けてくれる、無くてはならない存在なのだと」

「ま、そうだな」


 時としてその精霊がやらかす事でとんでもない目に遭う事もあるが、助かっている人が大勢いるのは事実だ。

「昔に比べて、魔法の使い方は一般に広まってきました。けれどまだ、まだ、危ういのです」

「そうだな」

 その言葉を否定はできなかった。何せちょっと前に間違って砂になった女を知っている。


 大昔、自由に魔法を使えていた頃から比べて圧倒的に不便になった。けれども精霊学によって少しずつ魔法を使う際のコツというか手法というかが広まるようになって、以前よりは少しだけマシになったのだ。これでも。

 なんというか大仰な儀式を必要としなくとも、生活のちょっとした助けになるような魔法であればそれこそ魔力を持つ者であれば誰でも使える。

 これがそんな些細な魔法であっても毎回魔法陣を描いて魔法に必要なアイテムを用意して、なんていうとても面倒なものになっていたのであれば魔法はきっと使われる事もなくなっていったに違いない。普通に自力でやった方が早い、となれば大半は魔法を使わず自分でやる。


 例えばテーブルのちょっと離れたところにある塩とか醤油とかを取ろうとしたとして。

 手を伸ばしてもギリギリ届かない距離の時、魔法でちょっと引き寄せるとか、近くに人がいたなら頼んで取ってもらうかだと思う。

 人がいなくて自分で取るしかない場合に、魔法がとても面倒なものだったとして。

 それでもわざわざ魔法を使おうとなるかとなれば、素直に一度席を立って取った方が圧倒的に早いのであれば誰だってそうするだろう。


 立って取るだけの動作なら別に一分もかからない。

 けれど手順がとても面倒な魔法になっていた場合、それこそ魔法陣を描くだとか、何か他にも用意するものがあるだとかどう考えても数時間から数日かかるようなものだったら。

 それでも尚魔法を使おうなんて奴がいたら、それこそ馬鹿にされかねない。


 というか状況次第ではめちゃ怒られる案件。

 母親に頼まれて取ってと言われて、そこで素直に手渡せば早いのにわざわざ魔法陣描きだしたらイラっとされるのは間違いない。そんな事しなくていいから取って渡せばいいだけでしょ、と言われるだろう事は想像に容易かった。


「おれは、大昔のようにとまではいかなくても、せめてもうちょっと便利に使えるようになればいいんじゃないなかって思ってるんです」

 つってもなぁ。

 気持ち言い分としてはわからなくもないが、多分それはもうこっちの認識をどうこうするというより精霊たちの共通認識を変えていくとかそっちの方が必要になってくるのではなかろうか。

 もしくは。

 自らの魔力量を増やして精霊の手助けを必要としない魔術だけでやるか。


 多分そっちの方が確実だとは思うんだよな。

 一応魔力量だって生まれつきで量が決まってるわけじゃないっぽいし。

 けれども多くの人はまずそれをやろうとはしない。

 だってそんな事しなくても精霊の助けを借りればいいだけなのだから。


 しかしその精霊の手助けも場合によっては危険を伴うというギャンブル仕様。

 なるべく安全に魔法を使えるように、という考えはいいけど、正直もうどうしようもない感じだと思うんだよな。


 一度精霊の大半が消えたとかって時に魔術に切り替えていけば良かったのに、そうはならなかった。そうしてまた精霊の手助けを借りて魔法が使えるようになってきた、のであれば精神修行なんてものをして魔力を増やすより言葉の言い回しに気を付けて魔法を使った方が余程手っ取り早い。

 そして今、確かにたまに事故は起きるがそれでも大半は安全に使えるという状況の中、魔法を使うのをやめて魔術に切り替えましょうなんて提案はまぁ、難色示されて却下されるだろうな。

 正直今そこまで困ってないし。大至急魔法から魔術に切り替えなければならない理由がない。


 勿論長い年月根気よく精霊たちとのやり取りをしていって、精霊たち全体にふんわりとでももうちょっと色々な相互理解ができるようになればもしかしたら魔法に関してはちょっとくらい違いが出るかもしれない、とは思うけれど。

 それはとても気の長い話だ。

 人間種族の一生では到底無理な程度には時間がかかると思われる。


 ……俺も最初の頃あいつらとのやりとりはちょっと困難を極めてた気がするからな……今はそれなりにどうにかなってるけど。

 俺に憑いた精霊が増えてきてからは他の精霊の取り成しによって多少、本当に多少だけど意思の疎通も楽になった気がしなくもないが、それでも油断はできない状態だ。


 精霊が憑いてるでもない人からすれば、意思の疎通はもっと困難だろう。


「安全に魔法が使えるようになったとして、お前は何がしたいんだ?」


 だからこそ俺のその疑問はある意味で当然のものだった。

 だってまさか特に理由はないけどなんとなく、なんてふんわりした理由でそんな事を考えたりはしないだろう。 カイ本人に何か使いたい魔法があって、けど今の状態だとそれが上手く通じる可能性が少なくて失敗する可能性が大きい……失敗した場合無事では済まない可能性もかなりある、なんてのであれば言い分としてはわかる。


 いや、実は生活に使う魔法すらド下手くそで……っていう可能性も無きにしも非ずなんだけど、そのためだけに精霊学を学ぶとか流石に遠回りが過ぎる。

 なら、別の魔法を使いたいが難易度が高く現状では難しいから、とか言われた方がまだ納得できるというものだ。


 そしてその魔法が俺からすればそう難しいものでもなさそうなら、ちょっとした助言くらいは……と思わないでもなかったのだ。代わりに俺がやれば済むだけならそれでもいいし、どうしても自分でやらなければならないものであったとしても、何らかのアドバイスくらいはできるかもしれない、と。


 けれどもカイは俺の問いに対して、何故か戸惑ったようだった。


「……あれ? そういやおれはなんで……や、友人を治したくて……? え、あれ? 友人……? 誰だ?」


 これが演技だったらまだしも、どうやらそうでもないらしい。えっ、何事?

 本人も自分で何を言ってるのかわかってないのか、本心から戸惑ったような反応だ。

 こう、なんていうか、前に俺が戦闘中に前世の記憶を思い出した時くらいの動揺っぷりに近い。


「カイ? おい、カイ?」

 何となくカイの顔の前で手の平を振ってみても、焦点がぼやけてでもいるのか反応はない。自分の手で自分の口をおさえて、何でこんな事を言ったんだろう……? みたいな反応だし、それでいて目は焦点が合ってないし、もしかしなくてもこれは何かマズいのでは……? と思ったところで。


 バンッ!!


 大きな音がした。

 ここが図書館だという事をわかっているのか? 思わずそう苦言を漏らしそうになるくらいの大音量。

 音がしたのは談話室のドアの向こう側だ。というか、誰かが外側からドアを殴ったんだろうなって感じの音だ。


 流石に中に誰かいるとわかっていてもその中に誰がいるのかまではわからない状態でドアに殴り掛かる馬鹿はいないと思いたい。

 それならバランスを崩して盛大にすっ転んでドアにぶつかったとかか? と思ったので、カイの様子も気になりはするけれど一先ず外の様子を確認するべくドアを開ける。


 けれど、ドアの向こう側には誰もいなかった。


 てっきり今の音で何だろう、と様子を見にくる誰かとか、図書館ではお静かに! と注意をしにくる図書館の人とかがいてもおかしくはなかったんだが、そういうのはなかった。

 本を何冊か抱えて移動中だったらしい司書らしき人物がドアを開けて外の様子を窺う俺をちらりと一瞥して通り過ぎていく。


 ……その様子から、今の音は聞こえていないみたいだ。


 何だったんだ……? と思いながらもドアを閉める。

 そうしてもう一度カイの様子を見るべくそちらをむけば、カイの姿はなかった。


「えっ、新手のホラーか何かか?」

 おいおいそういうの夏だけにしといてくれよいや嘘、夏でもそんなホラー体験したくないんだわ。


 俺だって別にホラーが苦手なわけじゃない。けど前触れも前兆も何もないうちにするっとそういう展開に巻き込まれるのは流石にビックリするわけで。

 ホラー映画観るとかホラーゲームするとかなら既に心の中でこれはホラーです、って覚悟も決まるからまだしも、日常系ほのぼのアニメがいきなりホラー展開に突入したら心が死ぬだろそれと一緒だ。


 ちょっと前にハンス達に山の中で起きた出来事ホラーっぽいやつ編とか語った気もするけど、あれは解決してるから俺の中ではもうホラーでも何でもなかったんだが、これ今現在進行形だろ。何でカイいきなり消えたんだよ……魔法か? 魔法なのか? でも特に何かを言った様子はなかったはずだぞ。エルフの俺の耳をもってしても聞こえないくらいの小声で魔法を唱えるとか流石にさっきまでの距離なら無理がある。

 というか、カイは人間種族のはずだ。空間を一瞬でどっかに移動しちゃうような魔法が使える可能性はとても低い。実は異種族でした、というオチかもしれないが、だとしたら精霊学を学ぶのに魔力の多い種族の話を聞きたかっただとかのあれこれがおかしな事になってしまう。


「ホラーと言えばホラーになるのかもしれないね」

「うわ、アリファーンか」


 背後からいきなり声がして、今度は何事!? と一瞬内心でビクッとなったもののその声は知ってる声だったので取り乱さずに済んだ。

「もしかしてさっきの音、お前がやったのか?」

「いたずらするつもりでやったわけじゃないよ。揺らいでたから、何か危ないなーって思って」

「揺らぐ? 何が」

「あれの存在が」


 あれ、と言ってアリファーンが指し示した先を見るが、そこには当然何もない。

 けれどそこはついさっきまでカイがいた場所でもあった。


「エードラムはただの残滓だから放っておいても大丈夫って言ってたけど、それでも何かあったらヤじゃん? だからやった」

「残滓?」


 精霊の会話って何かこう、一部知ってる前提で進んでる感じするから瞬時に理解しきれた試しがない。

 それ以前にその言い方だとカイは人間じゃないみたいな言い方に聞こえるんだが。


「多分だけどね、きっと本人も忘れちゃったんだよ」

「会話を成り立たせてくれないか」

「でも、思い出したらどうなっちゃうんだろうね?」

「会話のキャッチボールをしろ、ドッチボールじゃなくて」

 会話のキャッチボールただし暴投、みたいなものですらない。何かもうデッドボールを連続で、みたいな感じだなって思えてきた……


「今のうちに消しちゃった方がいいのかもしれないよ」

「あ、おい……」


 言うだけ言ってアリファーンは姿を消した。

 多分その辺にいるとは思うんだが、恐らく今は呼んだところで出てこないだろう。


「…………もしかしなくても、何か厄介ごとに巻き込まれた感じか? これ」


 ハンスが来るまでの間の暇潰し、とか思ってたけど、それどころで済まない感じなのか? もしかして。

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