後回しにした結果
というわけで翌日。ハンスが来るまでは基本的に暇なので、俺は早速図書館へと向かった。
ルフトも同じく図書館で本を読むのが本日の予定だったが、一緒に出発する事はなかった。というか、あいつ朝起きて朝食食べたらさっさと出かけてった。
まぁ、あいつも何か荒事とか巻き込まれたとして何も対処できない、とかではないはずなのでそこまで心配はしていない。
何かやらかして被害を出す可能性とか若干あるかな……? っていう意味での心配はしてなくもないけど。
いや、でもやらかすとして被害を甚大に、なんてのは一番可能性が高いの俺だしな……
こう、ちょっと精霊が張り切ったりした場合俺の予想を裏切る勢いの威力で魔法が発動☆ とか無いとは言い切れないし……というか過去にあったし……
ちなみにルーナも朝食を食べた後、ルフトが出かけた後くらいに出かけていった。
俺はその後もう少しゆっくりしていたので、宿を出たのは最後という事になる。
昼にはまだ早いかな、というくらいの時間帯に図書館へ到着し、カイに言われたように受付に声を掛ければ恐らくは呼び出しでもされるのだろう。けれども俺はそうせずに、まずはと適当に館内をぶらぶらと歩いてみた。
いや、カイと先に会うとそのままずっと延々話をしないといけない流れになるのでは? とか思ったわけでもないんだが、もし実際そうなった場合後から他の所見てみよう、とか思っても中々できないのでは……? と思えたので、じゃあ先に昨日見なかった場所とかちょっと覗いてみようかなと思っただけなんだ。
書架以外の場所だと昨日カイと話したような談話室だとか、あとはそれよりもガッチリした感じの会議室というか講義室? っぽい所もあった。談話室は開いてるところを自由に使っていいみたいな感じだが、こっちの部屋は使うのに申請が必要なようだ。
何だろうね、学者とかそういうのがディスカッションでもするのに使うんだろうかね?
あまり難しい事を考えないタイプの俺からすればさっぱりわからん。
多分この建物の中を全体的にぐるっと巡るだけでもかなりの時間がかかりそうだな、と思いながらもあちこち見ていったが、トイレだとかの手洗い場はあれどそれだけだ。
前世の図書館なら自販機くらいはあったような気がするんだが……いや、こっちの世界で自販機とかは流石に無いか。
広さが広さなだけあって、途中途中の壁には館内マップみたいなのがあったりだとか、館内でやっちゃダメな事とかの注意書きポスターみたいなのは貼ってあった。火気厳禁とかは言うまでもないけれど、そういう意味で魔法の使用も禁止されてるらしい。へー、ま、ここで使う事ってあるか? と思うので禁止されてても別にそこまで困らないけど。
例えば本棚の上の方にあるやつを取りたいけど届かなくて、近くに脚立もないなんて状況だったら魔法であの本取って、とかやるかもしれないし、貸し出していた本が戻ってきたとして、それらを元に戻す作業をする際に魔法を使う、なんてことくらいはあるかもしれないがそれ以外だと使うような事なんて早々ないだろう。
届かない本に関しては司書とかにでも言えばいいのかもしれないし、返ってきた本を戻すのは客がいなくなった後でここで働いてる人たちが手分けするとか、それこそ魔法使用の許可を得た上で魔法で片付けてる可能性もある。
一応ここ、夜遅い時間までやってるらしいけど一日中やってるってわけではなかったはずだしな。一応開館時間と閉館時間は入口に記されてたはずだし。ちゃんと見てないから正確な時間把握してないけど。
まぁ、本汚されると困るだろうから飲食も禁止されてるんだろうな、とは理解した。
飲み物を提供してもらえるような場所も何もなかったしな。食堂とかあるだろうか、と思ったけどなさそうだし。
どうしても途中でご飯とか飲み物欲しくなったら一旦席を立て、って事なんだな。
若干不親切さがあるような気もするが、あまり居心地のいい空間にしすぎると入り浸って出ていかない奴とか出てきそうだから、これはある意味で当然の措置……なのだろうか?
入口から入った時点で吹き抜けになっているので、上の階からでも見下ろせば一階の様子が見えないわけでもない。何となくぼーっと眺めていれば、そろそろ昼になったのかこどもを連れて出ていく母親らしき姿だとか、年若い学者らしき人物が複数名固まって出ていくのが見えた。
まぁ、腹減った状態でも読書はできるけど、空腹が続くと集中力とか途切れるもんな……暇潰しに読書しにきただけなら別に空腹でもそこまで困らないかもしれないけど、何かの研究とかの際に必要な資料を纏めるだとかの仕事で来てるなら、集中力が乱れるのは後々の事を考えればよろしくない。
ある程度大きくなってからならそれでも多少の我慢はできるが、幼い子には無理だろう。下手すりゃ空腹訴えて騒ぎ出すなんて事もあるだろうし、何かぞろぞろ親子連れが出ていくのが見えても特におかしな話でもない。
いやまぁ、結構来てるんだな……って驚きはしたけど。
前世だとあまり図書館を利用する事なかったからな。学校の図書室とかはそもそも一般開放されてんだかされてないんだかわからん感じだったし。小学校の図書館は一般開放もされてたような気がする。とはいえ利用してたのなんて精々その学校に通ってる生徒の保護者だったり、後は卒業したばかりの中学生くらいだったはずだ。
何で中学生が? と思ったがそれについては単純に読書感想文の宿題をしようとしたものの、中学の図書室で既に目ぼしい物が貸し出された後で、やむを得ず……みたいな感じだったというのは兄弟がいるクラスメイトから聞いた。
そうしてぞろぞろと出ていく一行を眺め終えると、見える範囲にはほとんど誰もいなくなる。いるのは図書館で働く人たちくらいだ。
下の階は一般大衆向けの本もあって人が多かったが、俺がいる上の階は専門書とかが多いからかこっちはもともと人がいない。
いたとしても、多分専門書を持ってさっきの講義室みたいな所に陣取ってるんじゃないだろうか。
まだ上の階があるけど、これより上は許可をもらわないといけないような貴重な本とかがあるらしくて、普通に行く事はできなさそうだ。
ま、行くつもりもないが。
一通り見て回った気がしたし、とりあえず下の階へ戻ろうと足を動かす。
カイの話に付き合うにしても、一日中みっちり付き合うつもりはないし、あくまでも暇潰し程度だ。
今からカイと話をして、そこそこ腹が減ったあたりで遅い昼食をとるため、と称して切り上げればいいだろう。
そもそも俺、そこまで社交的なわけじゃないからいくら見知った顔であったとしても一日中ずっととかそういうのは無理だもんな……というかいくら知った顔でもあいつは前世の幼馴染ではないわけで。細かな部分での違いを見るたびに何か「あー……」って感じで失望とは違うけど落胆とかはしそうな気がする。
まぁ性別からして違うわけだし細かな違いどころか結構大きな違いしかなさそうなんだけども。
大分人が出ていったように思えたが、それでも下の階へと降りていけばそこかしこの本棚の前に人が立っているのが見えた。建物自体が大きいからその分人もたくさん入ってるってだけの話なんだろうけどそれにしたってさっき出てくのざっと見ただけでも結構な団体さんだったんだけどなぁ……
なんて思いながら本棚が並ぶ区画を通り過ぎ、談話室と思しき部屋が並ぶところへ差し掛かる。
こっちは何だかんだ会話をするための部屋、という感じだし時折部屋の中の声が漏れ聞こえる事もある。
そこで思わず俺は足を止めた。
「ねぇ、頼みますよ! おにいさんもエルフなんでしょ? ちょっとだけ! ちょっとだけでいいんでお話聞かせてもらえませんか」
「うるさいな。ボクは暇じゃないんだ。他を当たってくれ」
「いやホントお時間とらせませんから! ね? ね? この通り」
パン、と両手を合わせて拝み倒しでもしているのだろうか。こっちから部屋の中は見えないけれど、それでもそんな光景が脳裏をよぎった。
なんというか、とても聞き覚えのある声だった。
どっちが、というかどっちとも。
別に大きな声で話しているわけではない。けれども俺の耳が良すぎるだけなので、聞き取ってしまったに過ぎない。普通の人間なら何か部屋の中でお話してるんだろうなー、程度の音しか聞こえていないだろう。
「うるさいな。既にお前に関わる無駄な時間を取らされている。ボクの邪魔をするな。今いいところなんだ」
「そんな事いわずに~」
「目障りだ。黙れ。というか出ていけ。ボクは同室を許可した覚えはないぞ」
わぁ、取り付く島もない。いやでも何ていうか、出会った直後の事を思い出すな。あの時のルフトもこんな感じで尖ってたもんなぁ……っていうか、部屋の中にいるのルフトなんだけどね。
ついでにもう一人の声は聞き間違えでなければカイだ。
あいつもしかして俺が来てないと思って、目についたエルフっぽいルフトに目を付けたんだろうか。
流石にこのままだとルフトがキレ散らかすかもしれないな、と思ったので、ドアノブに手を伸ば――
バンッ。
――そうとしたところでドアが開いた。幸いこっち側に開くタイプではなかったので、ドアとの正面衝突は免れた。セーフ、俺セーフ!
不機嫌さを隠しもしない表情のままドアを開け放ったのは、やはりと言うべきかルフトだった。まさかドアを開けたすぐの所に俺がいるなんて思ってなかったのだろう。一瞬遅れてポカンとした表情に変わる。
「やっぱりお前らか……」
開いたドアの向こう側。談話室内を見ればルフトの後ろにいたのはやはりカイで。
「あっ、貴方は」
「いや、勉強熱心といえば聞こえはいいけど、迷惑かけるような真似は駄目だろ……」
俺の顔を見て表情を輝かせたカイとは対称的に、多分俺の表情はげんなりしてたと思う。
こいつどんだけエルフに飢えてるんだろ……