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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
三章 ある家族の話
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自分から首を突っ込んだ感は否めない



 学術都市だとか賢者の集う街だとか知識の泉だとか、まぁ色んな言葉で形容されるヴェルンではあるが。

 正直な所そういうのに興味がなければ楽しみなんて全くないと言ってもいい。

 知らない事を知りたくて、だとかで図書館へ行くのが苦にならないタイプであればそれこそ一日中いられるかもしれないが、本なんて表紙見ただけでもう眠くなっちゃう、みたいな相手からすれば街全体が眠りを誘発する魔法でもかけてるんじゃないかと言わんばかりだ。

 もしくは頭痛を誘発する魔法。


 勉強、という言葉だけでもう忌避感全開、みたいな相手からすればここはいるだけで苦行かもしれない。

 いや、強制的に勉強しろとなると確かに苦行ではあるが、自分の興味があるあたりから入れば案外勉強であっても楽しめるんだけどな?

 あれだ、趣味を仕事にするとやる気がなくても仕事だからしなくちゃいけなくてとても苦痛、みたいになるけど、仕事がいつの間にか趣味になってたら常に楽しい、みたいな。状況的にどっちも同じような感じだが、地味に異なる。


 ともあれ、ハンスが来るまでの間は暇を持て余した状態で。

 だからこそその間はどうにか時間を潰さなければならない。

 近くに魔物の巣があって、とかそういう討伐依頼でもあればそっちに行ったかもしれないが、ヴェルン周辺は常にそういったものに関して警戒を怠らない。魔物が巣を作りそう、ってなった時点で早々に討伐依頼が出されるのでこの周辺はびっくりする程平和だ。


 例えばこの街にやってくる人間を狙っての盗賊だとかに関しても、恐らく数十年くらいは出てこないんじゃないだろうか。ちょっと前に出た時にそれはもう酷い目に遭わされているので、ここに手を出そうと考える賊の類は出ないと思われる。


 いや、ここがさ、商売人が集まる商業都市とかであれば話は変わってくるんだけど、集まって来るの大体学者とかそういう系統のインテリ共なわけで。

 そういうのって戦いとか向いてなさそうだしそりゃもう賊からすればちょろいと思われるかもしれないが、彼らは自らの非力さを把握しているし、何ならその弱者であるという負のアドバンテージを全力で使用する。

 要するに、下手に手を出すと正当防衛どころか過剰防衛が当たり前になる。

 最後にこの辺りで見かけられた賊はまさにその過剰防衛の餌食となってしまったし、その話は結構遠くの地域まで広まってしまった。

 こうなるとかろうじて生きていた賊は同じアウトロー界隈だともう笑いものにしかならないし、舐められたら負け、みたいな認識の中で生きてる彼らからすればそれは致命的だ。足を洗ってまっとうに生きようにも、それができてたらそもそも最初からやってるわけで。


 一応ヴェルンには騎士もいる。金銀財宝と比べてパッとしないけれど、本だって貴重な物はとんでもなく高価な値段だしそういった物を狙う賊がいないとも限らない。だからこそ一応、ヴェルンに暮らす貴族の私兵だとか、国から派遣された騎士だとかがそれなりの数いる。

 お飾りで実力が大したものではない、というのであれば今もまだそこら辺を盗賊がうろうろしていたかもしれないが、実力も確かなもので。


 正直、ハイリスクローリターン。下手したらローどころかノーリターン。賊が狙うにしても、もっと他の場所でやった方が色々成功率も高いと思う。下手に手を出してうっかり過剰防衛で殺されたらそれこそ賊とてやりきれないだろうし、余程の馬鹿でもここはないとわかりきっている。


 そういう事なので、この周辺では盗賊退治の依頼なんかも存在しない。


 仮に外に出る依頼があったとしても、ハンスと入れ違いになったら困るので数日戻ってこれないような依頼は請けるつもりはないけれど、そうなると時間を潰すのはどうしたってヴェルンの街の中、という事になってしまう。



 だからこそ俺は暇つぶし程度に図書館へ足を運んだわけだ。

 ちなみに城かな? と思えるくらいに図書館がでかいんだ。世界中の本が集まってるとかいう言葉は過言じゃなかったんだな、って誰もが納得する勢い。


 一応ルフトやルーナも図書館に一緒についてきたものの、何せ蔵書量が圧倒的に多すぎる。

 読みたい本を探すだけでも何かもう一日が終わりそう。

 読みたい本が明確に決まっているならまだしも、特にこれといったものは決めてないけど何となく時間潰すのに読書に来ました、みたいな俺たちは、まず興味を持てそうな本を探すためにそれぞれが別行動となった。


 図書館だからな。勿論静かにしないといけないわけで、ルーナは俺と一緒にいるつもりだったかもしれないが、どっちにしても一緒にいたって会話もロクにできない状況だ。それなら自分が気になる本でも探した方が余程有意義だと気付いたのだろう。今はルフトもルーナも思い思いの場所で興味を持てそうな本を探している。


 俺もまた適当に館内をぶらぶらと移動して、本を探しているところだった。

 学者が多く集まるという事もあって学術書みたいなのばかりがあるかと思えば、こども向けの童話みたいなのが集まってるコーナーもあった。ちなみにルーナはそこにいた。

 ヴァルトの姿でいたらそれはそれでお子様泣くんじゃなかろうか、と思えたが今はルーナだ。童話や物語が並ぶコーナーにいたとしても特に違和感がない。というのも他にもルーナと同じくらいの年齢に見える女性がちらほらいたからだ。大抵子連れだったので、自分の子に読み聞かせる本でも選んでいるのだろう。


 ルフトはというと、そこから少し離れた場所の、図鑑なんかが並んだ本棚の前にいた。

 植物図鑑やら動物図鑑、はたまた各地で目撃された魔物図鑑なんてものを適当に手にとってパラパラと見ている。


 あの様子じゃ二人とも当分の間は動かないだろう、と思ったので俺は更に奥へと進んで――そこで、出会ってしまったのだ。

 前世の幼馴染そっくりの顔の奴と。


 とはいえ幼馴染ではない。それはわかっている。


 幼馴染は女だったけれど、目の前にいるこいつは一応男だ。顔だけ見ればちょっと性別を疑うけれど。

 それに、髪と目の色だって違う。

 幼馴染は色素が若干薄かったから、地毛がほんのり茶色がかっていたけれど、周囲は大体黒髪だった。勿論俺もだ。髪は染めでもしない限りカラフルな色にはならない。海外の人ならまぁ、地毛が既に金髪だとかあるけど俺が住んでた国は色合い的には地味な方だ。

 目の色だってカラコン入れればまぁ、変える事は可能だけれども。


 けれど幼馴染はコンタクトレンズあまり好きじゃないって言ってたからなぁ。若干ドライアイだったせいで、コンタクトを入れると目が乾く速度が圧倒的に早くなって目が疲れるのだとか。


 幼馴染によく似た顔の男はこっちじゃ割とよく見る金髪碧眼という色合いだ。はー、幼馴染が髪染めたりしてカラコン入れたらこんな感じになるのかー、みたいな感想が出る。


 とはいえ俺がそいつを目にしたのはホントに一瞬だ。

 気になった本を適当に手にして椅子に座り、大きな机というよりはテーブルといった感じのそこに本を置いて読んでいたら、向かい側に座ったのがそいつだった。


 他に席空いてるのにわざわざ向かい側に来るとか、もしかしてここの常連でそっちの席は個人的にいつもの席とかそういうやつなんだろうか……程度に思って、それ以上は特に思う事もなかった。ただ、顔は前世の幼馴染にそっくりだなとかそういう感想がついてきただけだ。

 わざわざここで話しかけるつもりもない。

 まぁ、確かにちょっと顔が似すぎて向かいに誰か座ったな、程度でチラッと確認するつもりがそこから更に二秒くらい余分に凝視した事は否定しないが、その程度であればわざわざ難癖つけてくるような事もないだろう。


 途中まで読んでいた部分より少し前から文字を追って、再び読書を開始しようと思ったのだが。


「……あの、すいません。エルフの方ですよね? ちょっとだけお話よろしいでしょうか?」


 とても、とても控えめな声で向かい側の人物に話しかけられた。図書館だから小声なのはわかる。

 けど俺が思ったのは、あぁ、声は幼馴染と違うんだな。とかそういうやつだった。


 いくら顔立ちは似ていたとしてもこっちから見える上半身の体付きからして男なのはわかっている。

 だから声が違うのも当然と言えば当然だ。

 けれどもあまりのそっくり具合に声まで同じだったらどうしようかと思ってしまったのもまた事実だった。


 そんな、俺以外の全世界の人間がすっごくどうでもいい、と判断しそうな事を思ってしまったせいか、その言葉に俺は考える間もなく殆ど反射的に頷いてしまっていた。

 ここが学者の集まる場所だというのをわかってたくせに、だ。

 ちょっとだけ、が絶対ちょっとで済まない気しかしないというのにやらかしたな、と思ったのは、流石にここで話をするには周囲に迷惑だろうということで別の場所にある談話室へ移動してからだった。

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