君は確かにともだちだった
ところで前世の幼馴染についてちょっとだけ思い返してみようと思う。
前世での俺はどっちかっていうと運が悪いタイプの人間だったが、一部の奴からはあんな幼馴染がいるんだからそこで運使い果たしたんじゃねーの? と言われていた。
まぁ実際?
幼馴染は一言で言えば才色兼備とでもいうのだろうか。勉強もできたし運動もできた。ついでに美人だった。性格もまぁ、周囲と上手くやっていける程度には良い方だったと思う。
漫画やゲームなんかは大体幼馴染から色々勧められていたけれど、それ以外でも普通にドラマだって観てたし流行の音楽に興味がないわけでもなかった。だからこそ学校の、クラスの中でも大抵の人間との話は通じていたしスクールカーストというもので当てはめれば幼馴染は確実に上の方にいたと思う。
俺はどっちかっていうと真ん中かやや下くらいだっただろうか。事故に巻き込まれて足を悪くする前は一応スポーツとかそこそこできてたけど、あまり激しい運動ができなくなってからは体育祭だとかそういう行事でもお荷物になってたからなぁ。
確かにそんな割と万能っぽい美人な幼馴染がいて、そいつとそこそこ仲良くやってる、なんてなれば運を使い果たしたとか言われてもわからなくもない。幼馴染が美人であるというのが俺や同じクラスの連中だけの認識であったならともかく、学祭の時の買い出しでちょっと必要な物が売ってるのが近所になくて遠出した時に、アイドルとかモデルに興味ないですかー? なんてスカウトされるのを目撃してみろ。
あっ、幼馴染ってやっぱり美人なんだなって改めて自覚する以外にどうしろというのか。
ま、幼馴染は見た目はともかく中身は二次元大好きと堂々と言い張るタイプの奴だったから、そのスカウトはきっぱり断っていたけれど。
芸能界入りしてそういう二次元に関わる仕事とかもらえるかもしれないのにそれは良かったのか? とクラスの誰かが聞いた時も、趣味を仕事にしたくない、の一言で終わっていたっけ。
さて、そんな幼馴染。
外側だけを見ればとても非の打ちどころがないように思える美少女ではあったけれど。
こうして異世界転生を果たした俺より多分物語の主人公に向いているのではないか、と俺は今でも思っている。
俺の場合は前世でちょっと運が悪い、くらいしか特筆すべき点はないけれど、幼馴染は違う。
頭が良くて運動だってできて可愛くて性格だって良い、とくれば主人公とかその横に並ぶ王道ヒロインみたいな立ち位置だ。
これでうっかり異世界に召喚とかされてたら聖女ポジションにいただろうと俺は思っている。
まぁ、あの幼馴染は聖女なんてポジションにおさまるどころか裏で牛耳る黒幕ポジションにいてもおかしくはないなと思う部分もあるけど。
表向きは非の打ちどころのないヒロインみたいな奴。
しかしその実、ちょっとばかり重たい過去がある、なんてなればまぁヒロインの座はより強固なものになるだろう。
……こうして転生しちゃった以上、俺はもうあいつのそばにいる事はできないけれど、あの後あいつどうしたんだろうなー。復讐とかしちゃったかなー。
幼馴染の両親と俺の両親がそこそこ仲良くやってたから、その繋がりで俺とあいつも関わるようになってたけど、その実幼馴染とその両親、血の繋がりはないんだよな。
幼馴染からそう言われるまで俺は気付かなかった。それくらい仲の良い親子だと思ってたので。
例えば父母どっちにも似てない、とかであれば疑うまではいかなくとも、ちょっとくらい疑問に思っていたかもしれない。けどその場合は祖父母とかのどっちかに似てるパターンかな、で自分を納得させてただろう。
そうでなくとも流石にその家庭の事情には安易に踏み込むわけにもいかない。
流石にさ、おまえんちの夕飯今日何? とかいう程度の話題なら口に出せるけどお前親と似てないよな、とかはさ、言えないじゃん? ある程度の常識と良識を持ってたらそんな事言ったらヒンシュク買うの自分ってわかるだろうし、余程の命知らず野郎でもない限り言うはずもない。
ま、俺の場合は幼馴染にあっさりと両親と血の繋がりないんだよねー、と暴露されたのでその疑問は解決したわけだが。しかしいきなりそんな事言われてみろ。俺めちゃんこビックリしたわ。えっ、それ俺聞いていい話!? 秘密を知ったからには、とか後で何かヤバい事させられる!? と幼馴染が爆笑する勢いでキョドったものだ。
これが観てるドラマの内容で、とかなら俺だってそこまで驚かなかったさ。だってドラマだし。けど実際に隣にいる知り合いにいきなり言われてみろ。ドラマというある種の虚構と違って現実だぞ。一瞬心臓止まるかと思ったわ。
幼馴染曰く。
幼い頃に両親と車で移動してた時に事故に遭い、両親はその時に他界。生き残った幼馴染は本来ならば祖父母や他の親族のどこかで引き取ってもらう流れになるはずだったが、何と幼馴染の本当の両親、駆け落ちしていたらしくて親族とかそういうの一切いない人たちだった。
それで、本当の両親と今の両親がかなり仲が良かったからか、それなら、と今の両親が引き取る事にしたらしい。今の両親はこどももいなかったみたいだし。
ここまでなら美談だ。
もしかしたら幼馴染の祖父母にあたる誰かしら、探せばいたかもしれないけれどそれを探すのだって時間がかかる。両親がいなくなって何もかも一切合切を幼馴染が取り仕切っているかもしれない親族を探すとなれば、ただでさえ色んな手続きで大変なのに更に労力がドンと増える。周囲の大人の手を借りるにしたって限度があるし、幼馴染だって両親がいなくなったという事実に精神的に疲れ果てているのは言うまでもない。
そこに手を差し伸べたのが今の両親。大親友といっても過言じゃないあの人たちの忘れ形見、このままだと施設に行くしかないだろう幼馴染を引き取って、養子に迎えたらしい。
まぁ、美談だと思ったさ。俺もそこまで聞いた時点で。
けど実際は違った。
夫婦両方に原因があってこどもが作れなかった養父母が、どうしてもこどもが欲しくて欲しくてあの人たちの子は何て可愛らしいんでしょう、と妻が心を病み、夫も当時精神的に追い詰められでもしたのか、あの人たちがいなくなれば……と思考を危険な方向に全力で突っ込んでいったらしい。
お互い仲が良くてお互いの家を行き来していたし、日常会話から家族で出かける日の事も知っていた。半分くらいは賭けもあったと思う。車に細工して事故を起こしたとして、両親が死なない可能性だってあったし幼馴染も死んでしまう可能性だってあった。
けれど実際両親だけが死に、幼馴染は残された。
何も知らなければ美談だったけど、真相を知ってしまえばそれは己の欲望のために人を死に追いやった奴の話だ。幼馴染だってその話を耳にするまでは引き取ってくれた養父母の事を慕っていた。
何でそんな事情を知る流れになったんだ、と思ったがそこはまぁ、養父母にも一応良心の呵責とかあったかもしれないし、酒が入ってぽろっと口が軽くなったとか、色んな要素が絡んだ結果だ。面と向かって言われたわけではなく、盗み聞きするような形になったとはいえ幼馴染は知ってしまった。
自分を育ててくれた養父母は尊敬に値する人物などではなく、ただの屑だという事に。
こどもが欲しい。できれば可愛らしい子。あまり我儘じゃなくて、でもこどもらしい子。
そんなどっちが我儘だと言わんばかりの理由で、幼馴染の本当の両親は死に追いやられた。
一時期幼馴染が表向きそう見えないよう気を付けつつもそれでも荒れていた時期があったけれど、多分そこで真実を知ったのだろう。
すぐ近くに理想の可愛らしい子がいて、どうしてもそれが欲しい。そんな理由で自分は両親から引き離された。
まぁ、俺だってそりゃ荒れる。むしろその勢いで本人たちに問い詰めていただろう。
けれど幼馴染はそれでも冷静だった。
もしかしたら酒が入った事で妄想をさも現実にあったように語っただけかもしれない。
その時点ではまだ信じたい気持ちもあったようだ。
とはいえ、調べようにも事故に遭った車はとっくに大破。使える部品くらいはリサイクルに出たかもしれないが、そのほとんどは廃車として処分されただろうし手掛かりや証拠になりそうなものはない。
まさか本当に、と思う気持ち半分。それでも信じたい気持ち半分。そんな感じで幼馴染は少しずつ養父母に気付かれないように調べて――結果、養父母が事故を起こすために細工をした証拠をつかんでしまった。
本来なら警察に駆け込むべき案件だったのかもしれない。けれど、幼馴染はそれを望まなかった。
どうせここで養父母が逮捕されたとして、両親が帰ってくるわけでもない。それどころかワイドショーなんかのいいネタになるとマスコミが騒ぐような事になれば、幼馴染の立場も危うい。
アイドルやモデルにスカウトされる程度には美人な幼馴染だ。そんな彼女を取り巻く周囲の環境。ある事ない事盛り上げられて、悲劇のヒロイン扱いだけで済めばいいが、ネットででも育ててもらった恩を仇で返すとか、みたいなコメントで叩かれるようになれば、そこから便乗して面白がった誰かが幼馴染の住所や学校を特定するかもしれない。
有り得るかもしれないそのもしも、を淡々と語る幼馴染に、いやそんな事ないって、とは流石に言えなかった。だって俺も想像できたし。
だからこそ、幼馴染は外に情報を漏らす事はせずに自分だけで復讐する事にした、とのたまった。
両親は命を失った。だから、あいつらからも人生を奪う事にした。
まるで今日の夕飯カレーなんだよね、くらいの軽いノリで言われて、俺だって理解が追いつかなかった。
でも、あの人たちのために自分の人生棒に振る真似はしたくないから、自分に非がない形でやってみせる、とも。
幼馴染ならできるだろうな、と俺確信したよね。俺だったらそこまで賢くないからできるかって聞かれたらできる自信全くないけど、幼馴染ならできるって俺わかっちゃったもんな。
多分、おじさんとおばさんは周囲に助けを求める事もできない状態になって、じわじわと追い詰められるんだろうな、とも。だって周囲に助けを求めるって事は、自分たちの悪行も白状しないといけなくなるわけだ。
こども欲しさに仲の良かった親友を事故死にみせかけてその子を引き取る事にした、なんて言われたら普通の人はドン引きする。普通に養子をとればまだしも、他の親から子を奪う行為を世間が受け入れるはずもない。
そして追い詰めている相手はその両親を奪われた子だ。そんな事をしなければ、きっとまだ家族として暮らしていけていたはずなのに、その生活さえ奪った以上同情の余地は……それこそこれ以上の悲劇的な話でもない限りはないだろう。
いくら親友の子だからっていってもそれだけで引き取ってくれた養父母に迷惑をかけないように、と幼馴染はそれなりに努力していた。そりゃ二次元大好きー、な傍からみればアレな感じがしないでもなかったけど、それだってちゃんと勉強して成績を一定のラインで維持して、その上で遊んでいたようなものだ。見えない所で随分努力していたと思う。
外から見ればとても優秀な良い子であった幼馴染だ。何かやらかしても気のせいだったんじゃない? とか何か理由があるのかもよ? とか、すぐさま断罪に入られるようなわけでもない。
それどころかあんないい子があんなことするなんて、貴方達何やったの? とか言われるように仕向ける可能性の方が余程高い。周囲に下手に漏らせば自分の首を絞めるのは養父母たちだ。
俺としても流石に事情を知ってしまった以上、今までいい人たちだと思っていたおじさんやおばさんを今までと同じように見る事ができなくなってたし、幼馴染が自力でやるから余計な事はしないで、と釘を刺してきたのもあって見届けるつもりではいた。
もしどうしても人手がいるなら手を貸すつもりですらいた。
まぁ、実際はそんな展開があるでもなく、見届ける以前に俺の方が先に死んだわけだが。
そして気付いたら異世界転生。
うぅん、こっちだともう三百年経ってるけど、俺の前世でもあるあっちの世界も同じくらい時間経過してるんだろうか。だとしたらもう幼馴染だってとっくに死んでるよな。寿命かそれ以外の原因か、まではわからんが。
――さて、俺が何で今更前世の幼馴染に思いを馳せていたかというとだ。
その幼馴染ととても良く似た顔立ちの奴が目の前にいるからだよ。