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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
一章 ある親子の話
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戸惑いと葛藤



 ハンスは正直な所戸惑っていた。


 何故って自分が旦那と呼ぶ人物が最近何だか妙なのだ。何が妙って、会話が成立している点だ。


 そう言うと普段は会話が成立していない、旦那なる人物はマトモにコミュニケーションも取れない奴なのかと思われそうだがそうではない。

 今まではこちらが話しかけても最低限の相槌しか打ってこなかったり、「そうか」の一言で終了する事の方が圧倒的に多かった。

 いや、一応、一応喋る時は喋るのだ。けれどもそれは会話のキャッチボールというよりはドッチボール。彼にとって必要だと思った事は話してくれるが、こちらがちょっとした世間話を振った程度ではマトモな会話の応酬になったりは滅多にしなかったのだ。


 普段だって本当ならハンスと二人で行動するのが主ではあるが、そんなのは建前みたいなもので気付いたらふらふらして単独行動をしているのがハンスが旦那と呼ぶエルフの男であった。

 それでもいつもなら、すぐにはぐれても大体どこにいるかは何となく目星がついたしすぐに追いつく事ができていた。


 けれども。


 ちょっとおかしいなと思ったのは少し前、ティーシャの街に行く前の話だ。

 あの時もはぐれた。はぐれたっていうか、旦那が勝手に行動してこっちを置いてったからなんだけど、それはいつもの事だからもういい。慣れた。一体何年の付き合いになると思っているのだ。こちとら命助けてもらってから勝手にまとわりついてるようなものだけど、それでも長年の付き合いだ。彼の唐突な単独行動は今に始まった事じゃない。


 けれどもそういう時はとりあえず少ししてから近場の宿を探せば案外すぐに見つかったのだ。

 最低限、雨風をしのぐのだけでやっと、みたいなボロ宿。一番安い部屋。雨はともかく隙間風入ってきてそうな本当にその部屋大丈夫か? と言いたくなるようなハンスだって滅多にとらないようなひっどい部屋。

 いつもなら、そういった部屋をとっていた。

 けれどこの時ばかりはそういった宿を探し回っても見つからず、一体どこまで行ってしまったのだろうかと思っていた。

 探しつつも情報を集めてみれば、帝国側の人間だと思しき相手がエルフを探しているだとか、何だか不穏な情報ゲットしちゃうしこれでもかなり心配していたのだ。

 いや、旦那に限ってそんな簡単にやられる事はないだろうけれども。

 でも旦那、戦うにしても命まではとらないタイプだからいつか復讐してやる、みたいな相手を量産してる気しかしないんだよな……

 この辺りでエルフなんてそう見かけない。帝国のやり方に反発しているエルフは多々いるらしいけれど、そうはいっても基本的に彼らは彼らの住処に留まっている事の方が多い。

 旦那のように各地を移動しているエルフというのはある意味で珍しいくらいだ。


 恐らく帝国の人間だろう相手が探しているエルフは、そうなれば旦那の可能性が高い。

 大丈夫だろうと思いつつもそいつらが向かったという先へ行けば、そこにあったのは彼らの死体。

 そう、死体である。


 一体何があったのか。死んでる彼らに聞いたとして答えが返ってくるでもない。これは一体誰が……? と思ったが、彼らが狙っていた相手の可能性が高いのは言うまでもない。

 えっ、旦那が? 旦那がやったの? あの普段は戦っても相手の命まで取る事のないと言われてる旦那が!?


 何かがおかしいぞ、と思いながらも既にこの場に旦那はいない。であれば、どこか近くの宿場町あたりに行った可能性も高い。ここいらで他に何かをするにしても、何もない場所だ。旦那が用事があったとしてここに足を運んだにしても、きっともうその用事は済ませているに違いない。


 そう思って近場の宿場町を駆けずり回ってみれば、それらしき情報をようやく得る事ができた。

 普段とっている宿とは違う、マトモな宿だ。


 一体どんな心境の変化なんだと思っていたら、今まではこっちの名前なんて呼びもしなかったのに呼んでくるし、あっ、旦那オレの名前ちゃんと覚えててくれてはいたんですね……とか思ったせいで色んな事が吹っ飛んでしまった。


 しかもその後は何だかんだ会話が通じるのである。いや、言葉は今までだってちゃんと通じていたけれども。

 会話が成立しているのだ。驚く以外の何だというのだろうか。


 もっとも、その後アマンダ捜索の一件で話をしてくれるにしても、実は恐ろしい魔法の話みたいなのされたりして正直自分でもちょっと魔法使うのこれから先躊躇うな……とか思っていたのだけれど。

 それよりも戸惑ったのは、上からの指示書に対してじゃあ行くか、なんて気軽に応えたあたりである。


 今までだって上からの指示書は何度も来ている。けれどもそれら全てに従っていたかと問われれば答えは否。重要そうな案件の時は一応従っていたこともあるけれど、そうではなさそうだなと思った物に関しては遠慮も何もなく無視している事の方が多かった。


 アマンダ捜索の件に関してはティーシャの街にすぐさま行ける人材が他に居なさそうだったのもあってだろう。帝国に潜入した相手だ。話を聞ければこちらにとっても有益である。であれば無視はしない。実際その指示書に従いティーシャの街へ行き、アマンダを探してはいた。

 とはいえ旦那本来の目的はアマンダではない別の人探しだ。アマンダに関する情報はこっちで集めろという事だろうないつもなら、と思って勿論情報を集めるべく街中を駆けずり回ったし、結果としてアマンダの情報は得られなかったが別の情報は得た。

 そこからアマンダと繋がっていたのは予想外であったけれど、こちらからすれば何の問題もない。


 まぁ、アマンダがあんなことにならなければもっと良かったのだけれど。


 ともあれ指示書に従ってアマンダを捜索し、話は聞いた。ハンスからすればほとんどが意味不明な内容だったけれど、それでも良くない内容である事だけは確かだ。とはいえ彼女の精神状態は明らかにおかしかったし、あの言葉がどこまで本当かはわかったものではない。上にもその旨を記載し鳥に手紙を渡して送った。

 指示に従ったのだから、しばらくは好き勝手に動くんだろうなと思っていた。

 ところが案外素直にじゃあ行くか、と言われて、そこでハンスは「あれっ?」と思ってしまったのだ。

 今までならそうか、の一言で全然違う場所へ向かっていたはずだ。

 ケーネス村に何か用事でもあるんだろうか。ついでだから行くとかそういうやつではなかろうか。そう思って思わずしつこいくらいに確認してしまったが、旦那の態度は変わらなかった。


 陽気に語らってくれるまではいかなくとも、言葉少なではあるが話しかければ返ってくるし、ハンスとしては何かの前兆か……? と疑ってしまう。


 一体何が彼をそうさせているのだろう、と思って、

「旦那、何かあったんですかぃ?」

 と聞いてみても別にの一言だけが返ってくる。いや、絶対何かあったんでしょ!? と思うのだが、きっとこれは追究してみようとしたところでマトモな答えは返ってこないのかもしれない。

 えっ、これ実は熱があるとかじゃなくて……? というのも勿論疑った。

 けれども体調不良というわけでもなさそうだし、原因がさっぱりわからない。


 まぁ、旦那がいいならいいんですけども……


 と何だか釈然としないままハンスは一先ず無理矢理ではあるが納得する事にした。全然納得してないけど。


 そうしてケーネス村へ行くべく街道を歩き始めて間もない頃。

 道の真ん中を塞ぐようにして立っている人物がこちらに声をかけてきたのである。


「そちら、ルーカス・シュトラールで間違いはないか」


 人通りの全くない道なので、真ん中に突っ立っていようと別に邪魔にはなっていない。

 やや威圧的な口調であったし、疑問形にもなっていないあたり、既にそうだという確信があるのだろう。

 足を止めた旦那につられるようにしてハンスもまた足を止めていた。


「あぁ」


 その質問とも言えない問いかけに手短に答えた旦那の態度からは特に何かあるでもない。普段通りといってもいいくらいだ。むしろピリピリしているのは声をかけてきた相手の方だった。


 ハンスは何でそんな機嫌悪いんだろう、と思いながらも相手を見る。


 反帝国組織に所属している一部の者が着用している軍服。それを彼もまた着ていた。

 とはいえ、ルーカスの黒い軍服と異なりこちらが着ているのは真っ白な軍服だ。けれども型は大体ルーカスのものと同じである。

 身長は正直低い。ルーカスやハンスと比べてではあるが、恐らく声の様子からしても若いのだろうと思われる。もしかしたら成人してすらいない可能性があった。


 金色の髪は肩のあたりで揃えられ、口調からはどこか不遜な態度がにじみ出ている。


 とりあえず同じ組織に所属する者だとわかりはしたがそれだけだ。

 何せ彼は顔を隠している。

 顔全てを隠しているわけではない。目元のあたりを覆うような白い仮面。それのせいですっと通った鼻筋だとか、薄っすら色づいた唇だとか、何となく顔のパーツが整っているのはわかるが目を隠されているので全体像がわからない。


 いや、よく見れば彼の耳もまた少しばかり尖っている。これは……彼もまたエルフなのだろうか。

 声からしてもしかしたら声変わりすらしていない少年なのでは、とすら思える。人間じゃない種族は見た目通りの年齢で無い事の方が多いので本当にそうかはわからないが。


 視覚から得られる情報はこの程度だ。一体わざわざ何の用なのだろうか、とハンスが訝しんでいると、少年ははぁ、と小さく溜息を吐いた。


「ボクはルフト。上からの指示書で貴殿としばらく行動を共にする事になった」

「……そうか」


 え、何それ、という態度がにじみ出ていたが、それでも旦那はあっさりとそれを受け入れた。

 えっ、ホントに旦那、どうしちゃったの。今までだって誰かと一緒に組んで任務こなしてね、みたいなのあったけど、大体お断りしてたじゃん!?

 何だか素直すぎて怖い。何の前兆……?


「一緒に行動する事になった、ねぇ……それじゃ一応オレも挨拶しとくわ。オレは」

「腰ぎんちゃくなどどうでもいい」

「なっ!?」


 吐き捨てるように言われたそれに、相手は多分お子様だろうと思いながらもムカッとした。もし仮に彼がエルフだとして、見た目は若くとも年齢はこっちより上かもしれない。けれども、だからってその言い方はどうかと思うの!


「ちょっと! 言っていい事と悪い事があるでしょ! 確かにオレは旦那に付きまとってる自覚あるけど腰ぎんちゃくになった覚えまではないわよ! ちゃんとサポートだってしてるんだからね!」

「はっ、どうだか。役に立っているようには正直見えないな」


 そう言われちゃうとまぁそうかもしれないんだけど、と頭のどこかで思ってしまう。

 旦那に命を助けられて、恩返しがしたかった。他にする事もないから。他にやるべきことが見つかったら好きにしろって言われて、その言葉に甘えてたのは確かだ。本当ならさっさとどこかでお嫁さんでもみつけて幸せな家庭とやらを築いた方がきっと旦那の望みに適ってるんだと思うけど、何よりも自分がそれをしたくなかった。そうした方がいいのはわかる。でも、それは自分がやりたいことじゃなかった。

 体が動くうちは、旦那の助けになりたかった。

 けれども、確かに旦那ならオレの助けなんて必要ないのかもしれない。それどころかオレがいることで足を引っ張ってすらいるのかもしれない。


 自分自身がそう自覚しているだけにルフトの言葉に言い返したくても言い返せない。


「ルフト、しばらくこちらと行動を共にすると言っていたな。指示書で。

 とはいえその指示書、こちらには届けられていない。つまりそれはこちらが断っても構わない案件だ。

 ハンスは腰ぎんちゃくじゃない、僕にとっては相棒だ。共に行動するというのなら、せめて最低限それなりの歩み寄りを見せろ。それができないのであればこちらはお前と行動するつもりはない」

「……っ!!」


「旦、那……?」


 えっ、何が起きてるの? これ夢? 夢じゃない。あ、そう。えっ……!?

 ちょっともしかしてオレの耳おかしくなっちゃった? 辛い現実に幻聴を聞いてしまうような事が!?


 相棒? 誰が? オレ? えっ、ホントに? オレ旦那の相棒名乗っちゃっていいの? 何かただの雑用みたいなノリでいたんだけど。えっ??


 うっそでしょぉ……と思っていたら、ぎりっと歯を噛み締めたような音がルフトからした。目は見えてないけど、多分とっても憎々しげにこっち見てる気がするぅ……うっかりその口から呪いの言葉とか出てこない? とか思っていたら、数秒経過したあたりでふっと力が抜けた。


「……そうだね、前言を撤回するよ。悪かったね。改めて、ボクはルフト。よろしくね」

「え、あぁ、ハンスです。よろしく……」


 口元を見る限りお手本のような笑みが浮かんでいるルフトが差し出した手を、こちらも同じように差し出して握る。握手だと思ったから。


「いででででちょっとルフトくん!? いやルフトさん!? 旦那と同じで見た目からそうは思わないんだけどめちゃんこ力強いのね!? そろそろオレの手が悲鳴を上げる気がするんですけど!?」

「えっこの程度で痛いんですか? 脆弱にも程があるのでは? 悪い事言わないんで、怪我する前に組織抜けた方がいいんじゃないですか? ボクとても心配です」

「あんたい~い性格してんなぁおい」

「ふふ、そんな事ありませんよ」


 口元と、あと声からとても白々しいものを感じるけれど、旦那の方へ視線を向ければ一応歩み寄っているっぽいのでセーフ判定のようだ。何でよ。いや確かに発言だけ見れば歩み寄ってるけどさぁ。


 えっ、しばらくの間こいつとも行動共にするの? 大丈夫?

 事故装って殴られたりしないオレ??


 なんだかとっても前途多難なんだけど。

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