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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
二章 ある男女の話
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当事者は冷静になれないやつ



 再会した時点で――いや、この場合俺にとっては初めまして状態だったわけだが、ルーナからすれば二度目の出会いだ。ともあれこの時点ですぐに俺が男であるという事に気付いていれば話はまた違ったかもしれないが、残念な事にそうはならなかった。


 ヴァルトと初めて出会った俺はその時点で女装はしていなかったけれど、ほとんど肌を露出しない軍服だった。もっと薄着であれば男であると気付いたかもしれない。首筋も隠れるような服でなければ喉仏で気付いたかもしれない。

 ……いや、どうだろうな。俺喉仏ないわけじゃないけど目立たないからな……パッと見てガッツリそこにある、ってわかる感じじゃないから絶対そこで気付くだろ、とは言い切れないのが何ともかんとも。確実に気付ける状況ってなんだ……? 全裸? 俺が全裸である時か? 流石にそんな状態で出会うってどんなだよ。どこかの水辺で俺が沐浴とかか? いや、ないわー。何かの事情で身体を洗うにしたって普通に魔法使うわ。


 ごり押しでしばらくの間俺と行動を共にする流れに持ち込んだヴァルトは、しかし俺を女だと思っているので積極的な接触などはしてこなかった。元は自分も女であったわけだし、そういう意味で嫌がる行為はある程度わかっている。それもあってヴァルトが俺に接する時はとても控えめであったし、会話もこの時点ではほぼ手探り。


 俺もあまり話す方ではなかったというのもあって、とても静かなやりとりであったのは確かだ。


 俺からすれば何とも思っていなかったあれこれが、ヴァルトにとってはそうではなかった、というこの落差よ……と思いはしたが、それは今だから言える話か。


 ヴァルトは俺の事を女だと思っていた。だからこそ軍服を着た俺を見て、実は男だったんだな、とすぐに気付けなかった。先入観ってやつだ。

 この時点でヴァルトは俺の事を男装の麗人とでも思っていたのだろう。

 当時は知らないが今こうして当時の事を思い返すとそれはそれで中々のすれ違いっぷりである。


 ともあれ、今の今までずっと女だと勘違いしていたわけじゃない。それは俺を襲ったルーナという事実がある時点で言うまでもないだろう。


 特に大きな事件があったとかではない。真実に気付いたのは、割と何でもない至っていつも通りの日であったらしい。

 正直な話、どっか出かけた先でトイレとか行くような事態になってたらすぐ気づいただろうとは思うんだけど、一緒に行く、という事がなかったのもあってかマジで気付くまでに時間がかかっていたようだ。俺は別にその時点で女だとは言ってないし、男だとも明言してない。どっちだと思う? と相手を翻弄するつもりがあったわけではなくて、単純に言う必要性を感じなかっただけの話だが、ヴァルトにとってはそれもまた裏目に出たというやつか。

 ともあれ俺が男であるという事実に気付いた。

 キッカケについては別に詳しく話してもらわずともどうでもよかった。仮に俺が本気で女装してる時に男だと気づかれたら今後の事を考えてどこで気付いたのか、とか聞いたかもしれないが、ヴァルトが俺が男であると気付いたのは女装していた時ではない。


 その頃にはそこそこの時間が流れていて、だからこそヴァルトは大いに悩んだのだそうだ。


 だって折角そこそこ仲良くなってきた、と思った矢先に実は男であるという事実が判明したわけだ。

 女だと思っていたから、どうにかして俺の事を落とそうとして男になったというのに実は俺が男であるという事実。もっと早い段階で気付いていればヴァルトは旅の一時的な供だった、としてその後ルーナとして接近できたかもしれないが、今からそれをやるにはちょっと……というくらいには時間が、年月が経過していた。


 前世の記憶を思い出す前の俺はとても物静かな、というか周囲に興味とか持ってる? と言いたくなるくらい無関心に思えるような奴で。これがもっと社交的な相手であればまだヴァルトもすぐさま引っ込んで今度はルーナとして近づこうと思えたかもしれない。

 しかし社交的とは正反対の位置にいるような俺だ。

 折角ヴァルトとして築いてきた関係を一度壊して、再びルーナとして接して再構築するにも躊躇してしまったのは無理もない。

 ヴァルトの時であれば手探りで、話をするにも何もかもが新規なわけだがルーナとしてもう一度俺の前に現れたとして、既にこの時点でルーナには俺の知識がそこそこある。

 ヴァルトの時は何も知らないからこそ問題なかったが、ルーナとして再び俺と一から関係を作る場合、下手な事は言えない。どうしてそれを? というような疑問を抱かれて俺が警戒してしまうような状況は避けねばならない。


 そこでヴァルトがルーナであるという事実を言えていればそうはならなかったかもしれないが、ルアハ族のような性別を変える事ができる種族というのが他にいない事もあってルーナは躊躇してしまった。

 もし、もしそれを言った事で俺に拒絶されるような事になったらどうしよう、と。


 いやどうだろうな?

 前世の記憶思い出す前の俺なら特に何も思わず「そうか」で済ませるだろうし、今の俺も驚きはするだろうけど「そうなのか」で済ませるだろうからルーナの想像は杞憂でしかないんだが、まぁそれはルーナにわかるはずもない。ルーナは俺ではないのだから、俺の考えてる事を何もかも全部把握するというのは土台無理な話だろう。


 ルーナにとって俺は何が何でも添い遂げたい相手になっていたらしいし、そんな相手に嫌われるような事は何が何でも避けたい状態なわけだ。そこはまぁ、俺にも理解できなくもない。

 下手に言って今の関係を壊すくらいならいっそこのままヴァルトとして親友という立場でもいいのではないか……うっすらそんな事を思い始めてもいたようだ。


 あるいは、俺がそういう出会いを求めるようなそぶりでも見せていればルーナを勧める、という事ができたかもしれない。その時点でのヴァルトはむしろその可能性に賭けてすらいた。


 傍から見れば随分と回りくどい、と思うような事であっても当事者からすればそれで一杯一杯だというのはよくある話だ。とはいえ、俺がそういう出会いを求めるような気配を出す事もないまま数年が経過。

 今の関係のままでも、とぬるま湯に浸るような考えであったヴァルトではあったがそれでもとうとう己の中の限界が来たのだろう。ある日、唐突に、自分でもどうしてその日に、と思うくらいに脈絡なく。


 その結果が俺に対して別れを告げてヴァルトとしては姿を消して、ルーナとして強行突破する、という考えに至ったようなのだが。

 …………ヴァルトが姿を消してからそこそこ経過してからルーナとして現れたのは、性別を変えた直後はどうにも感覚が馴染まずに動くにしても色々と不便であったから、らしい。

 普通に俺と出会って俺とそこからもう一度関係を構築しなおす、というのならまだしも、ルーナの中では俺を性的に襲う事が確定している。確かにその時点でロクに動けなければ俺が抵抗するのは言うまでもないだろうし、そうなれば計画が台無しになるのもわかりきった事。


 ……いや、そこでそういう覚悟決めちゃったのか、と思わなくもないんだが。

 覚悟を決める方向性がどうかしている。そう思うのも無理はないと俺は思うよ。

 けれどもまぁ、追い詰められた奴ってのは突拍子もない事をしでかすのは世の常だ。冷静に考えたら絶対やらかさないだろうと思うような事だって追い詰められた時はもうそれしか手段がない、とばかりにやらかすなんてのはよくある話だ。

 そうして冷静さを取り戻してから思い返して考えてみればあの時はどうしてあんな事を……と思うのもよくある話。


 そんでもってヴァルトとしてお別れしたこいつはルーナになって俺を襲って逃亡。

 そこで逃げる意味は? と今なら思うわけだが、当時の状況を考えればそりゃ逃げるよな、とはわかるのだ。今はもうルーナとヴァルトが同一人物であるとわかっているわけだが、当時は知るはずもないしそうだと思うような事もなかった。

 そうなるとルーナは完全に初対面の相手を襲った相手としか俺には思われないだろうし、そこから改めて落ち着いて話し合えるかとなるとそれはそれで微妙な話だ。

 襲う前ならどうだっただろうか、と思うだろうけれどそれもまたお察し案件。酒場でルーナと出会った時点での俺の態度で答は出たも同然だ。


 そこで、俺の態度がもうちょっと柔らかかったりこれはいけるのでは、とルーナが思えるような状態であったなら違う結末もあったかもしれない。けれども現実がこれだ。もしもの話を考えた所で意味はない。


 とはいえ一発ヤったくらいで子供できるってのも、とは思ったがそこは強く願ったのだとか。

 願うだけで叶うものだろうか、と思えるが恐らくは精霊が何らかの力を貸したのだろう。精霊に最も近い種族とされてるらしいルアハ族だ。同じ精霊ではないけれど限りなく自分たちに近い隣人、くらいの認識を精霊とか持ってそうな気もするし、そうなればいっちょ力を貸してやるか! なんて思う精霊がいてもおかしくはない。


 そうしてルーナは一先ずは落ち着いて出産できる場所、という事で故郷へ戻ろうとしていたらしいのだが、その前に別れていた廃墟群島へ立ち寄って――そこで、クロムートと再会し、そこから帝国へ行く流れになったらしい。


 ……いや、なんで?

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