それは鮮烈な――
あの日の光景は今でも鮮烈に焼き付いている――
そう語るルーナの表情は恋する乙女そのものといった感じだった。
一度目にクロムートと別れて廃墟群島の外へ出たところで、ルーナは運悪く当時異種族狩りをしていた連中に捕まったらしい。
実力的には勝てる相手だった。けれど、故郷を出て外でクロムート以外で初めて会った相手が自分の理解できないタイプであったことで、ルーナは戸惑い、また狩られた異種族の中に自分よりも年下のこどももいて動揺してしまった。
……まぁ、わからないでもない。
俺だって前世の記憶が唐突に蘇った時にとんでもなく混乱したし。戦闘中に思い出した時点で色々と危険だったもんな。あれは……
恐らくあの時点で思い出さないまま戦闘を続けていれば、特に怪我をする事もなくあの場をやり過ごせていたと思っている。自慢じゃないがそれだけの実力はあった。
ルーナも精霊に近い種族、と言われている事で精霊の力を借りずとも魔術のみでそれなりにやっていける自覚はあっただろう。多少の事があっても自力で切り抜けられると思っていた。だからこそ故郷を出て外の世界とやらを見に行くなんて事を実行したはずだ。
流石に自分で自分の事をどうにもできない、みたいな状態であったなら、故郷にいる仲間が止めただろう。
止めたところで意味がない。じゃあ外で野垂れ死ね、となるような相手も中にはいるかもしれないが、ルーナの性格を見る限り一応忠告は聞きいれる事ができる奴だ。ルーナであれヴァルトであれ、どっちも無茶をするタイプではない。
だからこそ、故郷を出る際にある程度こいつなら大丈夫だろうと思われていたはず。
けれど、実力に問題がなかったとしても、突発的な出来事に対する咄嗟の判断力とかそういう部分まで、故郷の仲間が果たしてわかっていたかは定かではない。
予想もしていないトラブルだとか非日常的な事なんていうのは、そもそも滅多におこるわけでもないからだ。
だからこそ普段のルーナの様子を見て、故郷の仲間も問題ないと判断するしかなかった。意図的に突発的な何かを起こしてその時の対応で判断する、とかそういう事までは流石にしなかったのだろう。まぁ普通に考えてそこまでするはずもない。
けれども他のルアハ族の予想を裏切ってというべきか、外の世界では異種族に対する扱いの軽さなんてものを目の当たりにしてしまった。
困惑、戸惑い、そういった精神の揺らぎが隙を生み、結果としてルーナも捕まった。
自分よりも幼いこどもであっても反抗すれば容赦なく殴られ、魔法を使おうとする相手には魔法を使えないような道具をつけられた。
道具、といってもそこまで凄いものではない。魔力の流れを乱して上手く魔力を扱えない状態にするだけの物だったらしいが、それでも暴力に晒され万全の状態でない状況でそんな物を使われれば魔法が発動する確率はかなり下がる。
それに、異種族狩りをしていた者の中にも精霊憑きらしき者がいたようで、そいつの精霊が協力していたこともあって余計に捕らえられた後は打つ手がなかったのだとか。
自分が反抗して自分が暴力を受けるのであればまだいい。
けれども場合によっては他の者にとばっちりがいくのだ。
そうなれば、下手な事はできない。
自分のせいで、と思えば下手に動こうなんて思わない。
人によっては何かやらかしても他人が犠牲になる、と思って反抗した者もいたようではあるが、その場合巻き添えをくらった相手にあんたのせいで、と恨まれる。
恨まれるだけで済めば別に痛くもかゆくもない、とそう考えるだろうけれど、連行されていく途中、僅かな食料を与えられた時にそいつの食料は奪われるなんてこともあったようだ。
捕らわれた者同士、身を寄せあってどうにか逃げ出す機会を――とするにしても、自分たちを巻き込んで平然とするような相手なんて足を引っ張るだけでしかない。
こいつのせいで、という思い。こんなやつに食わせて体力をもたせてまた明日も余計な事をされたら、という懸念。そうなれば最初から食料すら奪ってロクな事をしないように力を奪ってしまえばいい。そう考えるのは、まぁ当然の流れなのかもしれない。
そういう意味で捕らわれた者たちの周囲には敵しかいなかった。
味方に見えるだろう同じ立場の者であったとしても、下手な事をしでかせば、いや、相手にそのつもりがなかったとしても立ち回り方に問題があれば自分にとっての敵になりかねない。
お互いに協力して逃げる隙を見つけましょうね、なんていう生易しい事にはならなかった。表向きは全員で助け合い生き残ろうという雰囲気ではあったが、その実裏ではお互いがお互いの行動を監視していた。
女であろうとも、こどもであろうとも、容赦なく殴られる。倒れたところに更に蹴りが入るのも日常茶飯事だった。それでも尚反抗しようという態度を見せたとしても、上から容赦なく踏みつけられた。
ルーナが語ったのは、そんな人権なんて何もないものだった。
救いとしては女であったとしても、性的な事はされなかった、という点だろうか。ルーナの他にも捕らわれた者の中には女性がいたようではあったが、少なくとも捕らえられて目的の場所に連行されるまでの間そういった扱いをされた者はいなかった。
けれど目的地へ着いた後の事はわからない。
暴力をふるわれ抵抗する意思を奪われ、そうして逃げる気力も何もかも失くした後――
そこからが地獄になる可能性は大いにあった。
けれどもそこに俺が現れたのだそうだ。
逃げられないように足枷をつけられ、魔力を乱す道具を埋め込んだ首輪に繋がれ、そこから伸びる鎖を引く異種族狩りの面々は傍から見れば言い逃れができないくらいにわかりやすい。
その時の俺は、炎を纏っていたのだとか。
紅蓮の炎は確実に異種族狩りをしていた者たちだけに向けられ、捕らえられた者を焼く事はなく。
翻り、舞うような炎はまるでドレスのようであった、とルーナは語る。
…………そこまで言われて、何となく思い出した。
確かに過去、帝国以外の異種族狩りも潰した事はある。
その時も何かキナ臭い国の動きを探るのにちょっと女装して潜入して、結果として異種族狩りをしている連中を発見して、その場で潰した。
異種族狩りに加担していた精霊は俺に憑いてる精霊たちを敵にするには圧倒的に力不足であっさりと消滅に至ったし、異種族狩りをしていた連中は殺しこそしなかったけれどその場で大体再起不能にしておいた。半殺しというにはちょっとやらかした感があったように思うがパーセンテージでいうなら大体七割くらい。
そして捕らわれてた連中につけられていた枷を壊し、首輪も破壊して後の事は他の組織の連中に任せてそのままの勢いで異種族狩りしてた連中のホームへ突撃かけたんだったか。
ルーナに言われて何となく当時の事を思い出したものの、それでもあの場にルーナがいたかと思い返しても記憶にない。
いや、あの時あの場にいた狩られた側の顔なんてほとんど覚えちゃいなかった。
そもそも殴られたりして顔は腫れていた者が大半だったし、蹴られた際に倒れたりしたせいで顔が汚れたままなのもたくさんいた。
一目見てすぐさま判別できるような綺麗な顔を晒してる奴なんて、あの場にいなかったのではないだろうか。異種族狩りをしていた連中を除いて。
ルーナは言う。
あの時、まるで閃光のように現れた俺に確かに恋をしたのだと。
……まぁ、吊り橋効果ってあるくらいだしな。
自分がどん底にある状況で助けてもらったら、その助けてくれた相手に好意を抱くというのもわからんでもない。
普通の神経してたら自分が困っている時に手を差し伸べて助けてくれる相手とか、神か、とか思って崇める勢いになったっておかしくはないだろう。程度にもよるが。
助けてもらっておいて、そこでその相手に憎悪を抱くような奴はそういないのではないだろうか。過去にその相手に何か酷い目に遭わされたことがあるとかいうのでもない限りは。
さて、ここでルーナにとってというべきか、俺にとってというべきか、ともあれ間違いが発生した。
助けてくれた相手に恋をしたルーナは、何としてでも俺にお近づきになりたいと思った。恋する乙女の一念とでもいうべきか。
そしてルーナはルアハ族でもあった。
俺はその時女装したままだった。
これらの出来事からもうおわかりだろう。
ルーナはルーナのままでは駄目だと思ってここで性別を変えた。俺を女だと思っていたから。
女同士であれば近づいたとして友人関係が関の山だろう。実際に俺が女で同性愛者でもない限りは。
恋をして、何がなんでもあの人と一緒になるのだとたった一度の出会いでそこまで決めたってのも若干怖いが、それだけルーナにとってその出会いは衝撃だった。
どれだけ時間がかかったとしても添い遂げてみせる――! その覚悟は凄いと思う。
俺を女だと思ったからこそ、ここでルーナは性別を男に変えて、そして俺を探して近づいた。
ヴァルトと出会った時に救われた、と言われたが覚えてなくて当然だ。俺が助けたのはルーナの姿をしたこいつであって、ヴァルトの姿をしたこいつではない。
そもそも異種族狩りの連中を潰す方に比重が傾いていた俺が、あの時点で捕らわれていた奴らの顔を一つ一つ覚えているはずもない。そういう意味ではある意味で良かったのかもしれない。
覚えていたらあの中にヴァルトがいないのは明らかで。そうなれば最初の出会いからして破綻していただろう。
ルーナの姿のまま探さなかったのは、俺を見つけたらすぐさま近づくためだったのだろう。見つけて、それから性別変えて、となっても故郷で性別を変える事が滅多になかったルーナはその変化に即座に慣れて対応できるわけではなかったらしいから。
その点最初から変更しておけば、いやでも慣れるしかないわけだ。
まぁ、二度目の出会いの時点で既にルーナの目的は破綻しているようなものだったわけだが。
なにせ俺は最初から男で、あの時は女装していただけにすぎないのだから。