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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
二章 ある男女の話
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思考回路が旅立つ寸前



 ルフトに治癒魔法を施せば、思っていた以上にあっさりと治った。

 下手にこじれて長引くよりはマシだけど、まぁ周囲の空気としては重たいわけで。


 ルフトは大変気まずそうな表情だし、ヴァルトは何やら覚悟を決めた感じだし。

 俺としてもこんな時どんな顔をすればいいのかさっぱりわからん。笑えばいいと思うよ、とか言うような状況でもないしな。というかこんな状況で笑えるか。


「あの、一体いつボクだと気づいたんですか……?」


 視線を微妙に合わせないようにしつつルフトが問いかけてきた。

 うん、まぁ、だよな。

 気が気じゃないよな。

 最初から、とかだとしたら色んな意味でルフトが死にそうな気がする。


「……割とつい最近だな。おかしいな、と思ったのは結構早い段階だったと思う。

 ただ、その時点では違和感がある、くらいでそうだとは思ってなかった」


 ディエリヴァと話をした時にルフトの事も聞いた。

 彼女はルフトに関して大丈夫だと思うとは言っていた。

 それが双子特有のものからくるのだと思っていたが、よく考えると妙だった。


 母との思い出に関してはディエリヴァからも聞いたけれど、ルフトに関しての話題は驚く程出てこなかった。


 男女別々に隔離されていたというのであれば、ルーナとはルフトの方こそが隔離されているはずだが、母とは共にいたような口振り。

 母と一緒にいたのであれば、ディエリヴァからルフトの事も話に出ていないとおかしい。

 ルフトに関しては双子の妹、もしくは姉がいるというのを意図的に避けていたと考えれば別におかしな事でもないが、ルフトの存在を既に知っている俺にディエリヴァがルフトの話をしないのはおかしい。


 思い返せばルフトに関する話の時は巧妙に返答が濁されていたように思う。

 そう受け取れるような返し方はしていたが、明確にそうだと断言してはいなかった。


 次におかしいと思ったのは言うまでもなく餃子の一件だ。

 ディエリヴァに対して作った事がないはずなのに前に食べて、と言っていた。

 それが帝国で食べた時に、というのならともかくそうではない。


 俺が手作り餃子を振舞ったのはロジー集落での事で、その時にいたのはハンスとミリア、そしてルフトだ。ディエリヴァではない。あの時点でディエリヴァがいたのであれば別におかしな話ではないが、いなかったのだから明らかにおかしい。


 そして最後に。

 クロムートが襲ってきた時に、ディエリヴァは収納具から剣を取り出し切りかかっていた。

 咄嗟の事だったとは思う。彼女の腕に実際あの剣は細身で軽そうではあったがそれでも重たかったのだろう。

 けれどその剣は、よく見ればとても見覚えのあるもので。


 ルフトが使っていたそれと全く同じもの。

 彼女にも帝国で支給されていた、と考えるには少々無理がある。

 使いこなせない武器を渡すはずがそもそも無い。

 仮に護身用として渡すにしても、それならもう少し扱いやすいナイフあたりを渡すだろう。

 あえて使いにくい武器を渡す事で自滅させようという魂胆でもあったのであれば話は違ってくるが、クロムートのことだ。そういう意図はまずないように思う。


 そういったあれこれを話せば、ルフトはわかりやすいくらいに顔を顰めていた。

 顰めて、というか、これはあれだな。墓穴掘ったって自覚した顔だな。


 本人としては上手い事やってたつもりだったのがバレてるという事実に居た堪れない感じのやつだ。


「それで。魔法で性別変えるのはほとんど無理だと思うんだが、何でそんな危険を冒した?」


 エルフの耳を人間の耳と同じように見せて誤魔化す、というのだってあれ実際は幻覚魔法でやってるだけで、実際の形は変わっていない。

 耳の形だとか、目の色だとか髪の色とかそういったものを変えるくらいはどうとでもなるけれど、根本的に変えるとなると難易度がとんでもなく跳ねあがる。

 そもそも見た目だけ誤魔化すのであればどうにかなる、とは思う。


 けれど鍛え上げられたガチムチマッチョな兄さんがムチムチボディのおねーさんに変化するとなると、いくら見た目だけ誤魔化しても違和感が付きまとう。

 触った時にまず違和感がくる。えっ、思ってる以上にがっしりしてる……こんな固いの……? みたいな感じになる。

 あと身長もな……同じくらいの背丈ならいいけど、身長百八十くらいの男が身長百五十くらいの女になるのも無理がある。

 幻覚魔法で誤魔化せば、まぁ、少し離れて会話するくらいならいけるかもしれないが、近くで一緒に行動するとなるとすぐバレる。

 何せ話をした場合、本来口がある場所から当然声が出るわけだから、女に化けてる場合下手したら頭から声出てるように聞こえる。そんなん違和感しかないだろ。

 そうして幻覚魔法は相手がおかしいな? と違和感、もしくは不信感を抱く事で解けやすくなる。周囲は誤魔化せても俺の目は誤魔化せねーぜ、というやつである。


 幻覚魔法ではなく本当に性別を反転させるために魔法を使おうとすると、多分力を貸してくれる精霊次第ではあったとしても高確率で失敗すると思われる。

 外見でわかりやすい違いはどうにかなっても、内臓とかそっち方面がね……目に見える範囲はまぁ、どうにかなるとは思う。けど、内臓とか見えない範囲を精霊がいじったとして、人体に精通してる精霊ならともかくそこまで詳しく知らない奴にそんな事されてみ? 下手したらいじっちゃダメな部分とかもいじられて内臓ぐちゃぐちゃになって死ぬ可能性の方が圧倒的に高いんだわ。


 ちなみに過去それやらかして実際死んだ奴、というのは多分各大陸で何件かは事件として残ってるはず。

 医学書とかで人体の構造とかを精霊に事前に伝えたとしても、そんなんでどうにかなったら苦労しないというやつだ。


 そもそも俺のように長年一緒にいる精霊相手にだってそんな事頼むとなるととんでもなく覚悟決めなきゃいけないくらいだってのに、普段そこらを漂ってるらしい目に見えない行きずりの相手、みたいなのに自分の身体ゆだねられるか? 無免許の医師に治療頼むよりリスキーだろ。

 まぁ、体の一部が吹っ飛んだか何かした場合、その取れた部分があればくっつけるくらいはどうにかなるし、治癒魔法みたいに怪我を治したりとかはなんとかなるけどちょっと複雑な事になった場合は一気に失敗する確率が上がる、と。


 例えば時々俺がやるような女装であればまだしも、ディエリヴァは明らかに女だった。

 ルフトもそう身長は変わらないけれど、こうして見るとやはり若干身体のラインは異なっている。

 ルフトが女装した結果がディエリヴァ、というわけでもない。

 逆にディエリヴァが男装した結果がルフト、というわけでもなかった。


 虫が苦手だとかの共通点はあるし外見もとても似ているけれど、それでもルフトとディエリヴァは明らかに別人、のはずだった。

 けれども同一人物であったという事は、ディエリヴァは帝都で三年も眠っていたわけでもない。


「……魔法で性別を変えた、というわけではないんです」

 困り果てたようにルフトはそれだけを言った。

「魔法じゃ、ない……?

 確かにルフトは魔法が使えないと自己申告していたとはいえ、魔法が使えなかったわけじゃないんだろ?

 周囲を漂う精霊が何か力貸すの危険だから様子見とか言ってたくらいだし」


 あの時のルフトは何かを隠している、というか言えない秘密でも抱えてるみたいな感じだったからこっちもそこに踏み込まずに様子を見るだけにしていたけれど、あの城でクロムートと戦ってた時に床に開いた大穴に落ちていったルフトが、あの状況で魔法を使ったとして。

 あの時点でなら、落下する速度を落とすとか着地の衝撃を和らげるとかそういう方向で使うはずだ。

 けれどもあの時点で既にルフトの姿は見えなかった。


「ボクは魔法を使えない。そういう事にしておいたんです。そして魔法が使えるのはディエリヴァだった」

「つまり落下した時点でディエリヴァとなり、その状況から帝都の外へワープした、と?」

「とはいえディエリヴァも咄嗟の事すぎていきなりだったので上手く発動できなかったみたいですけど」

「……いやまて、魔法を使うにしてもあの時点でいた精霊は俺に憑いてるアリファーン、それから更に呼び出したハウとエードラムだ。クロムートにも精霊の力はあるようだが、あれは実際の精霊とは違う。

 あの時に手を貸してくれる精霊がいたとは思えない」


 もし、あの時俺以外に魔法を使おうとした奴がいたというのなら、あの状況でそれでも力を精霊たちのうち誰かが手を貸していたのであれば。

 それとなく告げていたはずだ。

 けれどもそういった話はなかった。


 かといってクロムートがあの状況でルフト、いや、ディエリヴァか? そちらに手を貸すとも考えにくい。いくらルーナの子であるとはいえ、ルーナでないのだからそこまでしてやる義理はないとか思ってそうだし。


 どう説明すればいいだろうか、という感じで困り顔を浮かべているルフトに「少しいいだろうか」と割って入ったのはヴァルトだった。


「そういやお前も何か家族がどうとか言ってたな……」

「あぁ、勿論だとも。我が子が困っているようなので、ここから先は私が説明するとしよう」

「……我が、子……?」

「いやあのルフト戸惑ってるけど本当に? お前の妄想とかじゃなしに?」


 そもそも俺が父親なのだから、ヴァルトが我が子よとか言ってもそりゃ戸惑うしかないよな。


「まぁその反応も致し方あるまい。だが――」


 パン、と何かの合図のようにヴァルトが両の手を組み合わせる。それと同時にカッと光があふれた。ヴァルトを中心にだ。

 眩しさに咄嗟に目を閉じて、瞼越しに光がおさまるのを待つ。


「本当に、私の子なのよ」


 光がおさまった頃合いを見計らって目を開ければ、そこにいたのはヴァルトではなかった。


 黒い髪、褐色の肌、そして緑色の瞳。

 色合いとしては同じであるはずなのに、俺より背の高かったヴァルトはそこにおらず、代わりに俺よりも少しだけ背の低い女が立っていた。


 ……見覚えがある。

 かつて、酒場で一夜を強制的に共にされたあの女――


「ルーナ……?」

「えぇ、ルーカス。騙していてごめんなさい」


 とても申し訳なさそうな顔をしているルーナに、俺はそっと周囲を見回した。

 いや、ドッキリ大成功! とかいう看板持ってヴァルトが出てきてくれないかなとか内心思ったのはそうなんだけど、正直ちょっと頭の中の整理がおいつかない。


 何これ、衝撃の事実を立て続けに発動させて俺をぶっ倒そうとかそういうイベント?

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