次の目的地
「話を戻そうか」
俺の言葉にハンスは青ざめた表情のまま、それでもしっかりと頷いてみせた。
「まずアマンダ。彼女は帝国に潜入していた」
「そう、ですね。指示書にも記載されてた。そこで何らかの情報を得て、どうにか帝国から脱出したはずなのに仲間と落ち合う様子もないからこそこうして捜索指令が出た」
「アマンダの仲間とやらが今どうしてるかは知らないが、それについては置いておく。旧時計塔でアマンダが話していた内容」
「え、えっと……アマンダは最悪こっちの旗色が悪くなったら帝国に寝返るつもりでいた。帝国は人間至上主義を謳う国だ。であれば人間であるアマンダは向こうにつけばそう酷い事にならないと考えた」
人の足に縋り付いて懺悔のように呟いていた言葉を思い返す。
「けれど、それは甘い考えだと思うような何かを見たか聞いたかした。それが何かはわからないが……アマンダの様子からロクなものじゃないのは確かだ」
「人間至上主義のはずなのに、とか言ってましたねそういや。あんな目に遭うなら人も異種族も変わらないとも。……んん? 人間も、異種族と同じような扱いを受けている? でもそれはおかしな話ですよね?」
「そうか? そんな事はないんじゃないか?
帝国の中での人間がどれを指し示すかで大分違ってくる」
人間至上主義。
それだけ聞けば人間種族全体を指し示すかのような言葉だと思うが、これ場合によってはもっと局所的な範囲指定しかされてない可能性が高い。
前世での歴史の授業でだってあったじゃないか。源平合戦があったあたりで、平家じゃないなら人間じゃありませ~ん、的なのが。
「人間、というのが最悪ライゼ帝国の皇帝やその周辺、一部の権力を持った特権階級のみを示すのであれば、それ以外の人間は異種族扱いされていても別におかしな話じゃないだろう」
というかこっちでだって普通にありそうな話だと思うんだが。
貴族じゃない平民は人間扱いいたしません、みたいなのどっかの国であったりするんじゃないか?
俺があまりにもあっさりとそんな事を言ったからか、ハンスは「は?」と言うだけでそれ以降は口をパクパクさせるだけだった。
言いたいことはあるけれどそれが上手く言葉として出てこないようだ。
「は、はぁぁぁぁああああああ!? もしそれがそうなら、そんなの全然……!」
「でも権力者の考える事なんて大体そんなものだろ」
流石に全部が全部そう、とまでは言わないが。
「あとはそうだな……今のうちに叩けばもしかしたら勝てるかもしれないが、その可能性は時間とともになくなるとも取れるような事を言ってたか。……ライゼ帝国は一体何をしようとしている……?」
単純に考えれば武力的な面での強化。元はそう大きな国じゃなかったライゼ帝国は着実に力をつけて領土を増やしている。何十年か前は確かライゼ帝国とフロリア共和国の間にもう一つ国があったはずだ。今はもうなくなっているけれど。
「どっちにしても人間だろうと異種族だろうと帝国の動きには警戒しておくべき、というのは確かだろうな」
帝国の動きが全くわからないので余計に不気味さが増す。ハンスもそれは同じ考えらしく、相変わらずその顔色は悪い。
「上の報告書にはとりあえず今回の件、なるべく詳細に書いて届けてくれ」
「へ、へい。しかしまぁ……これ、報告しても何の成果もない感じですね。大丈夫かな」
「問題ないだろ。より一層キナ臭い事だけはわかったって事だし、そうなれば上ももっと慎重に事を運ぶ」
元々慎重な方だと思うが、今以上に慎重に動く事だろう。
アマンダ以外に帝国に潜入した仲間がいるのなら、せめてそっちからもうちょっと詳しい情報が得られる事を願いたいものだ。
流石にすっかり遅い時間になってしまったので、報告書を纏めなければならないわけだしハンスは自分の部屋へと戻っていく。
報告書を書くのはハンスがやるだろうから、俺がやるべきことはない。
これから何をするかも決まっていないが、まぁそれは起きてから考えるべきだろう。
……アマンダの話を聞いて、一瞬自分が帝国に潜入した方が確実なのでは、とも思ったがいかんせんこの見た目で帝国に行くのは軽率に自殺するような気もしているし、人間のフリをするにしてもあれこれ準備が必要になってくる。
女装は得意なんだが……人間のフリとなると……うぅん、見た目だけそれっぽく見せるのは可能だけど、帝国の中に潜り込んで上手く情報を得られるかとなると問題はそっちなんだよな……
前世の記憶というか意識がばっちり目覚める前の俺、めちゃくちゃ物静かな奴だったし。自己主張? 何それ美味しいの? みたいな奴だったし。
そこに前世成分多めの俺が混ざっても、前世の俺もそこまで社交的だったわけじゃないからなぁ。
多分今までの俺が物静かな存在だったのは余計な情報をこれ以上増やさないためじゃなかったのだろうかと思っている。前世の記憶に関して、知らないはずなのに知っている知識と自覚してはいた。エルフの集落で生まれ育って、外の世界の事なんて知らないはずなのに何故か知っていた。その外の世界がこの世界の外ではなく異世界で、それも前世の記憶だとは理解していなかったけれど、単なる空想や妄想だと思っていなかった俺は無意識のうちにその記憶を守ろうとしたんだと思う。
新しい情報をばんばん仕入れていけば過去の記憶は薄れていく。思い出せるものもあれば、忘れたままそれっきりの記憶もあったかもしれない。
けれどもそれらを覚えておくことが、きっと後の自分の為になると幼い俺は無意識ながらに思っていた。
必要最低限のこの世界で生きていくための知識は覚えたけれど、それ以外のものは徹底して取捨選択していたように思う。
結果ろくに人と関わらないぼっちを極めしエルフになったわけだが。
幼い頃の俺の選択が間違ってなかった、と思えるような事になってくれればいいんだけどな……一応故郷滅んだ後はこの記憶が何だかんだ拠り所になってたから、全くの無意味というわけではなかったけれども。
てっきりアマンダを見つけるまでにもっと時間がかかるだろうと思っていたのにこうもあっさり遭遇できてしまうとは思ってなかったし、まさかこんな結末を迎えるとも思ってなかったしで、明日から何すればいいだろうかと考える。
上の指示を待つにしても、そもそもあまり積極的に指令みたいなのが来るわけじゃない。
来たらそれに従うつもりはあるけれど、こなかったらこの先は本当に自分で考えて行動しないといけない。
とりあえずは、明日の俺、頑張れ☆
そうやって最終的に自分の首を絞める選択肢を選んで、俺は眠りについた。
「ケーネス村に行けって指示が来たんですけど、どうします旦那」
朝一、どころかちょっと寝過ごして昼前に起きてきた俺に対して開口一番ハンスが告げた言葉がこれだった。
ハンスは逆にきっちり朝一に起きて、鳥を呼んで上に昨日の顛末を記した報告書を送ったらしい。で、それとは別の鳥がその後にやってきて送られてきた指示がそれらしい。
「どうしますも何も、行けっていうなら行くだけだろ」
「え? 本当にいいんですか? 強制ではないみたいなんで断る事もできますけど」
「断ったところで次にどうするか決まってないんだ。じゃあそこでいいだろ次の目的地」
少なくともティーシャの街ではアマンダを探すついでに俺の探し人についても調べてみたけどそれらしき人物は影も形も見なかった。じゃあここに長居する必要もない。
俺の探し方が悪い可能性もあるけれど、きっとここにはいないと確信できる。なんていうかあいつは人の多い場所にはいない気がする。
それよりはまだケーネス村とか静かな場所の方がいるような気がする。上がどういう意図でもってそっちへ行けと言ったのかまではわからないが。まぁ行けばわかるさ。難しく考えるのをやめて、まずは指示に従ってみようと思う。
というか他にどこ行くってなってもここだ! ってのがないからな。じゃあわざわざ指示に逆らうよりは従った方がいいだろ。
何でか何度も本当にいいんですかぃ? と念を押すように確認してくるハンスの様子が気にかかるが……何でだ? と聞いても「いや旦那がいいならいいですけど……」とどこか歯切れが悪い。
ケーネス村って何かいわくみたいなのあったか? 少なくとも俺の記憶にはそういったものはない。
ちなみにこの時点での俺は気付いていなかったが、実のところ今までそういった指示に従順に従ってた事の方が少なかった俺がティーシャの街でアマンダ探しに次いで素直にケーネス村に行くなんて言い出した事で、ハンスは何事かと思っていたらしい。
とはいえ、これはもっとずっと後になってから知った話だ。
そしてそこで言われてみれば前の俺って結構フリーダムに動いてたな、と気づかされたのである。
ここまでくると最早笑い話だ。