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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
二章 ある男女の話

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怪獣大戦争未遂



「怪我の様子は?」

 クロムートに逃げられてしまったとはいえ、どこに逃げたかもわからない状態では追いようもない。

 あっさりと割り切ってハウはディエリヴァの怪我を確認するように覗き込んできた。


「浄化して、止血して、今怪我した部分塞いでるところだな」

「その割には顔色悪い」

「……言われてみれば」


「私は、大丈夫です……お父さん」


 かすれた声で言われるが、その顔には脂汗が滲んでいる。

 普段あまり怪我をした事がない奴がちょっとした怪我をした時に予想以上のオオゴトっぽさを感じてメンタルから自分を追い詰めてく、という事は前世で見た事があるが、ディエリヴァの場合はそれとは明らかに違った。

 ディエリヴァの生い立ちを聞く限りはほぼ帝国の城の中にいたし、ルフトが帝国を出た時から俺と出会う前まで眠りについていた。

 怪我をする機会もあまりなかっただろう。

 だからこそ、未知の体験のような怪我にもしかしてこれで死ぬのでは、と思い詰める事はあるかもしれない。ちょっと血が出る程度の怪我どころじゃない、何せ肩の部分を貫通したのだ。体にぽっかりと穴が開くというのは流石にちょっとした怪我というには無理がある。


 ちょっとした怪我を大袈裟に、というよりは普通にやせ我慢のようにしか見えない。


「もしかして毒とか?」

「……可能性はあるな」


 ハウとお互い顔を見合わせて、解毒の魔法を使ってみる。さっきよりは少し顔色が良くなった気がするが、完全に良くなったという気がしない。

 毒にも種類があるとはいえど、それでも大抵の毒は確実に解毒できるはずなのにも関わらずこの状態というのであれば、完全な毒ではないのかもしれない。毒以外の原因があると考えた方がいい。


「そのままでは意味がない」


 沈痛な面持ちでアルトが告げてきた。


「そのまま、とは?」

「先程のクロムートの攻撃は確かに毒もあったのだろう。けれど、本来毒を受けたのはディエリヴァではない」


 いやディエリヴァだろ。

 何言ってんだこいつ。


 本来ならばそう突っ込んでいたかもしれない。

 けれど、ふとよぎった考えのせいでその言葉は口にできなかった。


「何それどういう意味」


 俺が思い浮かべてしまった事は、流石にハウには想像できなかったらしい。何言ってんだこいつ、とばかりにアルトを見ている。

「大丈夫、大丈夫ですから……」

 弱々しい声でディエリヴァが言って、そっと首を横に振った。まるでアルトの言葉を聞きたくないと言わんばかりに。アルトもまたどこか言葉を選んでいるようではあった。

 口元はぎゅっと何かを堪えるように結ばれている。骨兜のせいで表情はわからないが、言うべきかどうするかを悩んでいるようにも見えた。

 けれどアルトがその先の言葉を言う事はなかった。

 言うつもりではあったようだが、言うよりも先に地響きが起きる。

 僅かではあるが地面が揺れる。立っていられない程、というわけでもない。


「一体何が……」

「ハウ、ちょっと周囲の様子を見てきてくれるか?」

「いいよ」

 返事と同時にハウの身体が浮き上がる。ふわりと浮いて、そのまま上空へと上がっていく。

 ちょっとした地震で済めばいいが、もしそうじゃなかったら津波とか来るかもしれない。場所が場所なのでもしそうならこの場に留まるべきだろう。少なくともこの島で一番高い位置と言える場所はここなのだから。


 アルトもこの状況で先程の話の続きを始める程考え無しでもないようで、注意深く周辺の様子を探っている。


 遠くの方からざざざ、という音が聞こえてきた。波の音……かと思ったが何かが違う。


「ルーカス、大変だ」

 ハウが大変そうには思えない表情のまま降りてくる。

「何があった」

 とはいえハウの表情筋が仕事をしないのは時折ある話なので、表情よりも言葉の内容を重要視する。

「何かおっきい蟻がいる」

「……蟻?」

「うん。蟻。隣の島の地面から出てきた。今海渡ってこっちに向かってる」

「ちなみに大きさは?」

「人間よりもちょっと大きいくらい」

「でかいな!?」

「だからおっきいって言った」

「数は?」

「いっぱい」


 ……少なくとも一匹二匹、といった感じですぐに数え終わる数ではないのだろう事は理解した。

 人間よりも大きなサイズの蟻ってそれ魔物では……?

 正直今の今までマトモな生命体が廃墟群島にいなかったから、そういうものだとばかり思っていた。

 船の墓場となり果てた島周辺の海だと鮫らしきものが泳いでるのはちらっと見えたけど、島そのもので危険がありそうな動物や魔物はいなかった。当時はワイバーンやらがいたらしい島ではあるものの、今あると言えるのは草や木といった植物だけだ。虫もそういえばほとんど見かけていない。少なくとも鳥もいないから天敵になりそうなものがいないというのに、植物を餌とするタイプの虫もいないというのはよく考えなくてもおかしい。


 けれどだからといって今このタイミングで巨大な蟻が出現したというのもおかしい状況だ。

 なんというか、あまりにもタイミングが良すぎる。狙い過ぎている、といってもいいかもしれない。


「多分だけど」

 ハウが神妙な面持ちで告げる。

「さっきあいつが逃げる前に何か魔法使った気配あった」

「逃げるのに黒い塵みたいになってったけど、それじゃなくてか?」

「それとは別に。もしかして、アレそうじゃないのかなって」


 何かでっかい蟻がこの島の地下に眠っていたとして、それを魔法で目覚めさせたという可能性は無い、とは言い切れない。ましてやここはかつてクロムートがいた島で、あいつも拠点だと言っていた。見抜いたわけじゃないのにさも看破されましたみたいな反応されて戸惑ったけど、確かにクロムートはここを拠点と言っていた。


 正直一番居たい場所じゃないと思うんだけど、それでも自分に関してを知る事ができる場所でもある。元々海流は外から誰かが来るのを拒むようなものだったし、この島に誰もいなくなってしまえばいくらここが自分にとって忌々しい場所であったとしても、だからこそ最高の隠れ蓑となってしまう。


 人工精霊を作る際の実験はともかくとして、それ以外の方法を模索していなかったわけでもないだろう。実質合成獣を作る実験だったわけだが、混ぜ合わせるのに使う素材として魔物の飼育をしていなかった、なんて事もないはずだ。外から連れてくるには色々と問題がありすぎる。

 この島に棲んでた魔物、が果たしていたかどうかも怪しい。ワイバーンがいたのなら、そういった他の魔物はとっくに駆逐されていた可能性の方が高い。


 仮に外から魔物の卵とか見つけたり、島に最初からいたけどワイバーンに滅ぼされる前に卵を確保できただとか、しかもその卵を孵化させないまま保管できるような事ができたとして。

 まぁ、どっかにそういった資料は存在しただろう。


 島の人間全てをクロムートが滅ぼしたとして、その後時間だけは沢山あったはずだ。もしそういった存在があったのだとすれば、クロムートが把握していてもおかしくはない。拠点とか言ってたくらいだしな……


 本当にたまたま、今のタイミングで偶然というのはあまり考えていない。もしそうだったとしても隣の島で孵化したやつが、狙いすましたようにこっちに向かってくるというのがどう考えたっておかしいからだ。

 これならクロムートが魔法で魔物の卵を強制的に孵化させてこっちに襲わせにきたと考えた方が余程納得できる。


「……もしかしてあれか?」

 遥か下の方。海岸沿いが黒く染まった気がして目をよく凝らす。

 確かにハウの言う通りデカい。海を渡ってきたらしくいくつかの個体は鮫にやられたか、単純に溺れたかして海面に浮いているようにも見えたが、それでも数はまだまだいる。

 やつらは一直線にこちらに向かってきているようだった。


「……不味いな」


 津波だったら高台に逃げるというかここに留まるのが最善だったわけだが、あの巨大蟻の群れがこっちに向かってきてるとなると逃げ場がない。

 最終手段として魔法で空に逃げればどうにかなるとは思うんだけど、あいつらがどこまでこっちを追いかけてくるのかわからない以上逃げ場も考えなければならない。

 適当に近くの大陸に逃げたはいいがそこまで追いかけてきたとなったらその大陸が阿鼻叫喚。あんなの引き連れてきたなんてのがバレたらその大陸の住民にぶち殺されても文句言えない。


 適当にこの島の周辺を魔法で飛んで移動してあいつらが全部海の藻屑になるまで頑張るのが無難だろうか……と考えて、まだディエリヴァの治療も完全に終わった感じがしないものの、一端中止する。ともかく一度空に逃げるか……と思って何とはなしに頭上を見上げてみれば。


「……は?」


 そのタイミングで、影が覆った。

 巨大な何かが俺たちの上にいる、というのがわかったものの、それが何かを理解するのに少しだけ時間がかかった。下から迫りくる巨大蟻よりも更に一回りか二回りは大きく見えるそれもまた、蟻だった。しかしそいつには羽がついている。


 女王蟻とかそういうやつなんだろうか……あいつがここに向かっているから巨大蟻の群れは追いかけて……?


 正解なんてわからないが、とりあえずここにいるのも不味い。ゆったりと巨体を重力に任せて落下させてくる巨大な羽蟻が地面に到着すれば、間違いなく逃げ場なんてものはない。

 どこかぼんやりとした視界で空を見るディエリヴァはアレがまだ巨大な蟻だなんてわかってないのだろう。しかしそれも時間の問題――


 ぼっ。


「え?」

 どう立ち回るのが最善かを考えていたら、上空にいた巨大な羽蟻が燃えた。

 火柱上げながら落下してくる。

「ハウ!」

「えっ、あれやったの違うけど!?」

 否定しながらもハウは全力で風をおこした。風に煽られ火の勢いは弱まったりした気がしたが、最終的に更に威力が増す。けれどその風によって大きく進路を変えて海へ向かって落下していった。

 じゅっという音が聞こえたのは直後の事だ。


 するとどうだろう。下から迫りくるように移動していた巨大蟻たちが一斉に進路を変えて羽蟻が落下しただろう海へと移動しだしたではないか。

 一匹たりともこちらへ来る様子はない。全部が全部、急に海へと進路を変更し、自ら溺れていった。


「どうにかしたよー、褒めろ」


 一仕事終えたぜ、みたいなスッキリした表情でアリファーンが現れる。


 ここで、俺は思い出していた。

 そういや前にディエリヴァが虫によってパニックを起こす前に遠ざけたり退治したりしてほしい、と言ったなと。


 俺としてはもうちょっと微笑ましい事態を想定していたのだが。

 これ一歩間違ってたら火柱上がったままの羽蟻俺たちのところに落下してきてたんじゃなかろうか……


「あぁ、うん、でかした」


 とはいえアリファーンは言われた通り仕事したわけで。

 褒め方がとても雑になったがそれは仕方ないと思っている。

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