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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
二章 ある男女の話
107/172

情報過多



「くそ、しぶといな……」


 ハウの口からそんな悪態が漏れる。浮かべている表情も憎々しげだ。見た所ハウはそこまで怪我をした様子もない。対するクロムートはわかりやすいくらいボロボロだった。肩で息をするように荒い呼吸を吐いている。


「おのれ……ちょこまかと……」

「当然。風を操るのは得意技。負けるはずがない」


 忌々しげに呟くクロムートに得意げに胸を張って嗤う。


「だから無駄な抵抗はやめておとなしくしろー」


 どこか気の抜けるような言い方だが、そういう口調でいられるという事はまだハウには余裕がありそうだ。けれどもその口調が己を馬鹿にしていると思ったのだろう。クロムートが片腕を薙ぎ払うように動かすと、風を切るような音と同時に爆発が起こる。しかし直前でハウもまた嵐のような暴風を巻き起こし、自分に命中しそうなそれらを全てギリギリで逸らす。

 クロムートは諦める様子もなく更に何度か攻撃を仕掛けるが、それらも全て直前で弾かれてそのどれもがハウには届かなかった。


「おのれ、おのれおのれおのれッ!!」


 ギリ、と唇を噛み締めた拍子に切れたのか、じわりと血が滲んでいる。


「あっは、どしたの余裕もなんもないじゃん。さっきまであんなに余裕綽々だったのにさ。ね、ね、どんな気持ち? アリファーンみたいに力を奪おうとして、でもその方法が全部失敗しちゃって挙句もうその力は使えなくされちゃってさ、ねぇ?」


 地下室で一体どんなやりとりがあったのかわからないが、とりあえずハウの言葉で大体は察した。

 アリファーンの時のようにやはりあの鎖でもって動きを封じて力を奪おうとしたのだろう。けれどもハウはその方法を知っていた。警戒しない理由もないし、食らってやる理由もない。

 それどころかどうやったのかは不明だがハウはその鎖をもう使えないようにしたらしい。それが今だけの一時的なものなのか、これから先もずっと続く永続的なものなのかはわからないが、少なくとも今はそれがないというだけで危険度はかなり下がったんじゃないだろうか。


 けれどもその言葉に。

 クロムートは激しく激昂する。周囲の気温が上がった気がした。

 いや、それは気のせいではなかった。

 クロムートの周辺に鬼火のようなものがいくつも浮かび上がる。そうしてそれらが一斉に爆発した。同時、というよりは一つが爆発したらそれに呼応するようにその次、その次といった具合に連鎖反応を起こしている。


 思わずといった感じでディエリヴァが耳を塞ぐ。正直俺も耳塞ぎたい。爆音で鼓膜死にそう。


 バトルもので、何かこう、エネルギー弾とかを敵に連続でぶつけて煙とかで敵の姿が見えなくなるくらいに攻撃したあとで「……やったか!?」みたいなやつあるだろ。煙とか晴れてみれば敵はノーダメージでぴんぴんしてるっていうところまでがオチだけど。

 何で今そんな事を、とハンスあたりがいたら突っ込まれそうなんだけど、まさしく今の状況がそれなんだよな。


 この場合敵キャラに配置されてそうなのクロムートの方が似合いそうではあるが、実際その立場にいるのはハウだ。


 爆発がおさまった後、ハウは一切何のダメージを受けた様子もなく、どころか周囲にそよ風を起こして髪を遊ばせる余裕すらある。

 立て続けに攻撃をし、しかもその攻撃のどれか、いやどれもが無茶なものだったのかもしれない。クロムートは明らかに衰弱していた。先程までは肩で息をするようにしていたのが、今では口から漏れる呼吸音がかひゅっ、かひゅっという明らかにヤバいものに変わっている。


「もう止めるんだクロムート!」


 声は、俺のすぐ近くからした。


 クロムートを制止しようとした声はこれ以上やっても無駄に終わるという意味でハウが言ったものではない。アルトだった。

 その声に今までハウしか目に入っていなかっただろうクロムートが目を血走らせてアルトを見る。


「……誰だ貴様……」

「私だ、私がわからないのかクロムート!」

「知らぬ! 貴様に気安く呼ばれる筋合いはない!!」


 一瞬知り合いなのかと思ったが、どうやら違ったらしい。いや、今のクロムートは冷静じゃないからもしかしたら知ってる人物でもわかっていないという可能性はあるが……

 クロムートの手の平がアルトへ向けられ、そこから炎が渦巻く。


 それを見た瞬間、俺は咄嗟にディエリヴァを下ろし、アルトを庇うように前に出ていた。

「ルーカス!?」

「守りの檻を――!!」


 驚いたようなアルトの声を背後に、発動させた魔法でクロムートが生み出した炎を防ぐ。


 本当にこいつが俺の知り合いでも何でもない奴だったら果たして庇っていたかはわからない。

 例え今は関わるつもりがないとしても、俺にとっては結局の所こいつは友人のヴァルトだ。見捨てるという選択肢はそこに存在していなかった。その骨兜は常々どうかと思っているが……


 大分消耗しているから威力もそこまでじゃないだろうと思っていたが、俺の予想をあっさりと裏切って思っていた以上に炎の威力は強かった。防ぐ事はできたけれど、見れば魔法を発動させる時にクロムートと同じように突き出していた右手がかすかに赤くなっている。燃えて消し炭になっていないだけマシかもしれない。軽度の火傷で済んだなら怪我をしたうちにも入らない……と思う事にしておく。


「どこまでもわたしの邪魔をするかルーカスゥゥゥ!!」

 叫んだクロムートが浮いていた状態から一気に降りて来てこちらと距離を詰める。見た目だけならひょろもやしとか言われても何一つ間違っていないクロムートがまさか接近戦を仕掛けてくるとは思わなかったので反応するのが僅かに遅れた。


「お、とうさんッ!!」


 魔法だろうか、一瞬でぎゅいんと音がしそうな勢いでクロムートの爪が伸びる。先端が尖っていてあれで引っかかれたらあっさりと皮膚は破けるだろうと思えるくらい鋭利なものだ。

 とはいえ命中する場所次第で致命傷は避けられるだろう。完全回避は難しそうだったのでダメージを最小限に抑えようとしてクロムートに向き直る――が、横からディエリヴァがクロムートに飛び掛かっていった。その手には収納具から出したのだろう剣が握られている。


「邪魔だッ!!」

「ぅ、くぅっ、きゃあっ!?」

 ディエリヴァの剣を爪で受け止めるとそのまま勢いに任せて振り払う。最初はどうにか受けきろうとしていたディエリヴァだったが最終的にはクロムートの力に負けて後ろへと倒れてしまう。


 というかあの剣は――


「クロムート! よくも私の家族を!!」


 俺の思考を置き去りにするように背後にいたアルトが叫ぶとクロムートに殴りかかっていく。

 いやちょっと、ちょっと待って……

 俺にとっての情報が多い……


 アルトの拳をギリギリで躱したクロムートは、尻もちをついているディエリヴァを見て、

「そういえばお前は『そう』だったな」

 とどこか意味深な事を口にする。

 アルトは尚も殴りかかろうとしたが、それもまた躱され、その直後クロムートの爪が一本だけ更に伸びてディエリヴァに突き刺さる。

「っあ!?」

 刺さった場所は肩だから致命傷ではなさそうだが、それでも貫通している。致命傷じゃないからノーダメージ、とか狂った事は流石に言えない。


「ハウ!」

「わかってる」


 ほんの一瞬の間で何だか色々起こりすぎて正直どれから対処していいのかわからない。

 けれども黙って見ているのは一番やっちゃいけない選択肢だ。剣を握っていられず取り落としたディエリヴァのもとへ移動して怪我の具合を確認する間にクロムートの動きをハウに封じてもらう事にする。

 アルトに関しては正直ちょっと後回しにしたい。


 突き刺さったままの爪を自分の剣で切り落とす。むしろそこまで長く伸びているならいっそ根元から剥がしてやろうかとも思ったが、その考えを察知されたのか切り落とした時点でクロムートの爪はぼろりと崩れていった。


 ぎゅおん、というちょっと風が起こすにしては物騒極まりない音がハウの周辺から発生する。直後、風の刃がクロムートに襲い掛かった。

「ぐぅっ……!!」

 風なんて基本的に吹いた時点で身体で感じ取ってるようなものだ。吹く前から察知して回避するなんていうのはまず無理だと思える不可視の刃は、クロムートも回避できなかったらしい。そこかしこに切り傷ができ、血が溢れ出す。

 クロムートに殴りかかろうとしていたアルトはハウの攻撃に巻き込まれまいと突っ込んではいなかったが、隙を見て攻撃に転じようとしているのは感じ取れた。

 ディエリヴァの怪我をした部分をまず魔法で浄化していた俺は一瞬視線をディエリヴァの怪我へ移動させる。


 その一瞬で、更に事態は進展する。


「そろそろ終わらせよう。飽きてきた」

「ふ、ふふはははっ、終わらせる? 終わらぬ、終わらぬとも。わたしはルーナに会うまでは決して!!」


 冷め切ったハウの態度とは逆にクロムートは高らかに笑う。笑える余裕があるのか、と思ったがディエリヴァの怪我した部分を浄化し終えた俺はその次に止血に入ったのでクロムートの方をよく見ていなかった。


「あっ」


 何らかの魔法を発動させたんだろうな、というのは何となく感覚で察知できた。けれど何の魔法なのかはわからなかった。ただ、呆気にとられたようなハウの声がしてそこでようやく振り返る。


 黒い塵。

 最初に見て思ったのはそれだった。


 クロムートの身体が徐々に崩れるように消えていく。

 自滅か!? と思ったがそうではないらしい。


「此度は退かせてもらう……だがしかしルーカス、次は無い! 次は無いぞ!!」

「そういうのもアリかー……ごめんルーカス、逃げられた」


 姿の消えたクロムートの声だけが周囲に反響する。そして申し訳なさそうなハウの声。


 とりあえず、前回とは別の方法だったんだろうな、というのはわかった。

 そうしてクロムートはハウの隙をついて逃げおおせた。結果としてはなんとも呆気ないものだ。

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