真相なんてそんなもの
「そういうわけなんで、この地下に空間があるようならとりあえずそこに通じる道を作って欲しい。できるか? ラント」
そもそも俺にくっついてる精霊は普段は俺に見えないように姿を隠しておいてほしいと言ってるものの、周囲にはいるわけで。
さっきまでのやりとりも大体見てるわけだし、そういう意味では話が早いと言える。
なので俺が地下に隠し部屋とかあるならそこに行くルートを作って欲しいとか言えば、まぁ一発オーケーなわけだ。一番いいのは地下に行く道がちゃんと存在してるならそこから行く事なんだろうけど、下手に隠し通路にご丁寧にちょっと進むだけで物々しい扉とかで封鎖されて鍵がないと進めないだとか、扉は一つだけであっても鍵を解除するのにここの人間しか知らないような暗号を解かないといけない、なんて探索ゲームあるあるみたいなノリだった場合、とても時間がかかる。
いや、そういう扉があった場合でも魔法でぶち破るっていう選択肢もあるんだけどな?
地下でそれやった場合最悪生き埋めっていうバッドエンドコースが待ってるわけでな?
じゃあ別ルートで新たに道を作った方が余程確実では? と思うわけだ。
「……んまぁ、あるけど。ホントに行く?」
俺の言葉に応えるように地面につきそうなくらい長い茶色の髪を手でいじりながら出てきた精霊が問いかける。
金色の目は正直気乗りしないなーと言わんばかりだ。
「気は進まないが行くしかないだろここまで来たら」
「そっかー、じゃあ仕方ないね。うん、わかったわかった。二名様、ごあんなーい☆」
最初のやる気のなさはなんだったんだというくらい一転、唐突にハイテンションになって俺がラントと呼んだ精霊はパチンと指を弾いた。
同時に。
「お」
「えっ……!?」
ぼごっという音と共に俺たちの足元が唐突に消えた。
「おっとまさかのボッシュート!?」
「いってらー」
穴の上でひらひらと手を一頻り振ると、ラントは一仕事終えたぜとばかりにパッと姿を消した。
あいつああいうとこ昔から変わらないな……!
「あのあのあのお父さんこのままだとちょっととんでもなく危ないんじゃないかなって思うんですけどあの」
滅茶苦茶早口でまくし立ててくるディエリヴァに、まぁそうなんだよなと俺も思う。
これが落下して大体一階分くらいの高さならまだ怪我をするくらいで済むわけだ。二階くらいの高さでもそれなりに痛いがまぁどうにかなるだろう。
けどとっくにそれくらいの高さから落ちるどころの話じゃないくらい落下してるわけで。
帝国で城があった場所に開いた大穴よりはマシかもしれないが、それでもこのままだと間違いなく大怪我コース。当たり所が悪いと死ぬ。
「ハウ! 着地は任せた!」
「任された」
すぐさま返ってきた言葉と同時に、俺とディエリヴァの身体を覆うように風が吹いた。
風といってもそう強いものではない。そよ風のようなものだ。正直そんな程度の風でどうにかなるか? と思われそうなくらいの微風だが、それでも落下速度は大分遅くなる。目に見えないロープでゆっくりと下ろされているような感覚。
「光よ」
ゆっくり落下しているついでにもう一つ魔法を発動させる。
周囲を照らす光の玉をいくつか作って自分たちの周囲に浮かせ、そのうちのいくつかは先に下の方へと先行させた。
「ホントにありましたね……地下のお部屋」
「あぁ、正直こればっかりは予想が外れてても良かったんだがな……」
とても落下してきたとは思えないくらいの速度になって床に着地する。
周囲に浮いてる光の玉が照らす周囲を見る限り、どうやら本当にここが本命の研究室というか実験室だったんだろう。
上の研究室は魔法的な要素はなかったけど、ここはそうじゃなかった。
一言でこの部屋を述べろと言われれば、俺はこうとしか言いようがない。
サバトとか何かそういう悪魔的な儀式でもする部屋ですか? と。
「なんだか不気味ですね」
「人工精霊を作ろうっていう研究がそもそもヤバいやつだからな。……まぁそりゃこうなるって感じか」
部屋の中央には魔法陣が床に描かれているし、その先には何か祭壇みたいなのがあるし、研究室というよりは儀式部屋って言われた方が余程納得できる気がする。
とはいえ、床に描かれた魔法陣はほとんどが薄れて、あーここに魔法陣があったんだなーという程度しか判別できなかった。
それと反対側へ視線を移動させてみれば、一体何を作るために用意してあったのかも疑問なやたらと大きな釜があった。錬金術系ゲームで見たような大きさだ。その向こう側、壁際に薬の入った瓶が並んでいる棚があった。
近づいて確認してみるが、瓶の中に保存されているにも関わらず大半が変色しこれではもうロクに使えないだろうな、というのはわかる。中には乾燥させてから使った方が効能が上がるやつもあるけれど、少なくともこの瓶にラベルされている文字が事実ならここにある瓶の中身は大半が使えない。
「なんですか、それ」
俺のあとをついてきたディエリヴァが後ろから覗き込むようにしてくる。
「今はもう使えないかつて薬だったもの、だな」
「お薬、ですか?」
「あぁ、主に痛み止めと精神を高揚させるやつだな」
精神を高揚させるやつは使い方間違えると麻薬みたいになるから結構前にほとんどの大陸で使用を取り締まるようになったやつだ。
ファイルの内容を思い返す。正直思い出したくはないが、やらかした数々の実験の順番からして適性があると判断されたクロムートは、その時点で身体のほとんどに怪我を負っていた。それこそ生きているのが不思議な程の。
その状態でここに連れてこられたとして、恐らくは魔法陣があった場所か祭壇あたりに置かれた可能性が高い。
魔法陣の上でのた打ち回られても困るだろうし、痛み止めは恐らくそれに使われた。ついでに精神が高揚するやつも使われたのだろう。ここにある薬を複数使われていた場合、相乗効果で思考力が大分低下するはず。
きっとクロムートは何が何だかわからないうちに人工的な精霊になっていた。
精霊になって、意識が戻って、気付いたら人ですらなくなっていた。自分の意思ですらなくそんな風になったのだとすれば……
薬瓶が並んだ棚から視線を逸らすと、少し離れた場所に小さめの机があった。その上に羊皮紙が置かれている。
上の部屋にあったのは何だかんだ紙類だったので、ここで羊皮紙……? と思ってついそちらに足を向けて手に取った。
結構古い文字だな、と思いながらもまぁ読めなくはないので読んでいく。
精霊に近いとされる種族ルアハ族。
彼らは神域に住んでいる。
人の身でありながら精霊と同等の力を使いこなせる彼らの住む土地を荒らすべからず。
……何か昔の言葉で小難しい事をツラツラと書いてあったが、要約すると大体そんなところだ。
とりあえずこの近くにある神域とか言われてる島が本当にそう呼ばれているという事実と、あとはそこに踏み入ると大変な事になるから入っちゃ駄目だぞ☆ という注意点。
祟りがどうだとか呪いがどうとか。
羊皮紙の下にちょっとボロボロになった紙があって、それはどうやら報告書というよりは誰かのメモらしかった。
神域と呼ばれる島を調べるために送った調査隊が誰一人として戻ってこなかった事。
人の身でありながら精霊に最も近いとされているルアハ族の力を借りる事ができればこの島の発展が大いに進むだろうという群島諸国側から見てとても都合のいい妄想。
人工的な精霊を作るにしても、そもそも精霊という存在自体があやふやで抽象的すぎるため、ルアハ族に近いモノを作る方が成功率が高いのでは、という走り書き。
まぁ、確かに目に見えない精霊を作ろう、とかいうそもそもが無茶すぎるものよりは、実際に近くにいるらしい種族を参考にしよう、とかいう方がまだ現実的な感じはする。
ただ、精霊に最も近いとかいう時点で恐らくそのルアハ族とやらは魔法を自在に操る事が可能なのだろうし、そうなると下手に敵対すれば危険なのは言うまでもない。
そんな種族であればそもそももっと世界中で幅を利かせてそうだがいるのは廃墟群島近くの神域と呼ばれる島。
……何らかの理由でその島から離れられないか、もしくは外界と関わりたくないかのどっちかだよな……
群島諸国が仮にご近所にある島の住人ともっと友好的な関係を築けていれば話は違ったかもしれないが、そうはならなかった。というかここに書かれてる文章を見る限り、遭遇すらできていなさそうだ。
調査隊とやらは遭遇できたかもしれないが、帰らぬ人となってるので除外。
人工精霊を作るにしろ、疑似的なルアハ族を作るにしろ、どっちにしろ無理ゲーでは。クロムートという成功例ができてしまった事がいっそ奇跡。
いや、そもそもクロムートは成功例として考えていいんだろうか。大体お目にかかった事のない精霊だのルアハ族だのを目指して作ったとはいえ、実物知らん連中がやらかした時点で成功してるっぽいけど実際は精霊でもルアハ族でもないわけだろ?
じゃあ成功例って言っていいのか微妙なところだよな。
まぁどっちにしろ厄介な存在だという事に変わりはない。どうしたものかと思いながらもふと視線を移動させると、未だにいたハウとディエリヴァが奥まった場所にある小さな本棚らしき物の前で装丁こそ立派だが本のタイトルも何も書かれていない書物に目を通しているのが見えた。
「何読んでるんだ?」
「ルーカス、これ見て見て。ここでやってたらしい儀式の内容書かれてる」
「え、あの、そんな嬉々として勧めるものじゃないですよね……」
内容をちらっと見た程度のディエリヴァの表情は固い。見てはいけない物を見てしまった、みたいな反応とは逆でハウは見てこれここ! とばかりにページを開いてずずいと俺の眼前に差し出してくる。
内容としてはルアハ族に近づけるために色々と考えられる範囲で手を施した方法、と見るべきなのだが。
「…………合成獣じゃないか」
今まで散々精霊を人工的に作るだの精霊に最も近い種族と同じものを作るだの言ってた(というか書いてた)くせに、とどのつまりは合成獣とか、正直なところ拍子抜けしたのは言うまでもない。