同情はできない
クロムートの正体が、とりあえず群島諸国で行われていた人工的に精霊を作る実験の被験者で唯一の成功例、というのは理解した。
その後の実験云々の記載がなかったし、恐らくはその後の実験とかはできなかっただろうとも推測できる。
人工的とはいえ精霊になったのであれば、帝国でクロムートが魔法の詠唱無しに魔法を使っていた事実も納得できる。精霊であれば手助けをしてもらう必要は無い。
むしろ人間であるクロムートに精霊であるクロムートが手を貸している、というとてもややこしい構造を考えればわからないでもない。それならどれだけ普通の精霊が手を貸す事を拒否するような内容でも普通にできるわけだ、と。
ファイルに記載されていた日付を見る限り、今から少なくとも二百年程は昔の話だ。
当時俺は生まれていたけど、自分の事で一杯一杯だったのでこの国の現状なんて知るはずもない。けれども、俺が色々と必死に生きていた中で、クロムートもまたとんでもない事になっていた、と。
クロムートは多分、実験の成功例としてこれから更に実験漬けになるはずだった。
けれどもそこで抵抗し、結果この群島諸国が滅んだと考えるべきだろう。
たった一人の精霊に国を滅ぼす事が可能かと問われれば微妙なところではあるが、普通の精霊ならやらなくてもクロムートは群島諸国に恨みがある。そして精霊としての力も備わってしまった。
手探りだっただろう実験で、成功したところまでは良かったかもしれないが、そこでクロムートが群島諸国の人間に逆らわないような方法を用いられていたかどうかは疑わしい。
まず今まで失敗ばかりしてきたのだから、成功した時の事を想定していなかった可能性は高い。
飼い主に逆らわないための首輪を用意する間もなくクロムートが国を滅ぼした、と言われれば理解はできる。
とはいえ、今までの実験で散々酷い目に遭っていたのだから、国側ももう逆らう気力なんてないと考えていた可能性もある。周囲がバタバタ死ぬような事をされていて、それで心が折れないなんて余程ガッツのある奴だけだ。多分俺ならへし折れてる。というか早々に命乞いしてるかもしれない。うわ、そう考えると俺がもしここにいたら早々に死んでるモブその3くらいの立ち位置だったという事だろうか。
ともあれ、クロムートについての情報は駄目元だったというわりにしっかりゲットできた。じゃあもういいんじゃないか、と思わなくもないのだ。
けれど、クロムートが元人間で今は精霊とほぼ同じものになっているというのを知ったとして、じゃあ対処法は? となるわけだ。
流石にこの国も実験をいつかは成功させるつもりでもこの時点で成功するとは考えてなかったようだし、対処法があるかもわからないが、もう少し調べるしかない。
アリファーンたちに精霊を殺す方法ってある? とか聞くにしても、流石にさぁ……
何か昔のパソコンとかにいたお助けキャラみたいなイルカが邪魔すぎてお前を殺す方法とか検索したとかいう話聞いた事あるけど、イルカは答えても精霊がそれを教えてくれるかってなったらどうなんだろうな?
「もう、いいかい?」
隣の研究室から戻ってきた俺にアルトがそう問いかける。
「あぁ、大体は」
「それで、これからきみはどうするつもりだ?」
どう、と言われてもな。他の島を調べるか、もしくはここにあるだろう地下研究所を探すか。
研究所が他の島にもあるとは考えにくい。
いや、あるとしても最終的な研究所はここだ。
他の研究所で最初に選別するような実験を行っていたとして、適性があって次のステップに移行するとなった時にここへ運ぶと考えても流石に手間がかかりすぎる。
万一目撃者が出てしまえば困るのは国側だし、目撃者が必ずしもその場で騒ぎ立ててくれるわけじゃない。こっそりと他の国へ行ってそこでこういう感じで怪しいのを目撃した、なんて話が流れれば周辺の国も何らかの警戒態勢をとったり内部を探ろうとしただろう。
それでなくとも自国の民から研究素材を調達していただけじゃない、最終的には旅行客を狙っているわけだし、騒ぎが起こるような真似は流石にしないだろう。
であれば、下手にそういった人材を移動させて誰の目に触れるかもわからない行動はしないはず。
あとは立地的にここ、地下に隠し部屋とかあっても何もおかしくないわけで。
全部の島を見たわけじゃないけど、今まで俺とディエリヴァが見てきた島には隠し研究所がありそうな場所はなかった。
ここだと人目に付きにくい場所にある挙句、とんでも坂道の上って時点で地下に隠し研究所があっても何もおかしな所じゃないんだよな……
「その前に聞いておきたい。アルト、きみは何故ここに? わざわざここを調べたとして、ここにある情報を外に持ち出そうなんて思ってるわけじゃないだろ?」
「……そう、だな。けれど私は知っておかねばならなかった」
「…………何を、と聞いた方がいいか? それとも聞かない方がいいか?」
その言葉にアルトは押し黙ったままだ。
言いたくない。もしくは知られては困る。つまりはそういう事か。
「わかった。これ以上あんたから聞く事はない。ディエリヴァ、行くぞ」
「えっ、あの、お父さん……!?」
何が何だかわかっていない様子ではあったが、俺がさっさと踵を返すとディエリヴァも慌ててついてきた。
あ、と小さな声が背後から聞こえてきたが、立ち止まる事も振り返る事もせず、一先ず俺とディエリヴァは一階へと戻ってきた。
ディエリヴァはアルトの様子が気になるらしくちらちらと振り返ってはいたが、アルトは追いかけて来るわけでもなかったのだろう。階段を下りるあたりでディエリヴァも背後を気にするのはやめたようだ。
「いいんですかお父さん……」
「あぁ。そもそもあいつとはここでたまたま出会っただけの関係だ。言いたくない事を無理に吐かせる必要もない」
「でも……いえ、お父さんがそれでいいなら。
それで、これからどうするんですか?」
「恐らくだがここ地下研究室とかありそうなんでそれ探す」
「……はい?」
何か言いたげだったディエリヴァだが、俺の言葉に理解が追いつかなかったのかきょとんとした顔になる。
「隠し部屋とかそういう事ですか……? え、でもどうして」
「二階にあったあの研究室だけでファイルに載ってた実験ができるはずもなさそうだったからな。
恐らく二階の研究室は被験者をある程度篩にかけるための部屋で、そこから先の重要な実験は別の場所だ」
「……私、どういう実験をしたかは知らないんですけど、でもあの部屋、あまりいいものじゃなかったですよね。思っていたより綺麗だったかもしれないけど、それでもなんていうか……」
ディエリヴァの言いたいことは何となくわかる。
何というか怨念とかそういうのが染み付いていてもおかしくはない。地縛霊とかいてもおかしくはないし、何なら生ある全ての者を怨み呪うような存在がいてもおかしくはない。そんな空気がじんわりと漂っていた。
俺はここでそういった実験だとかが行われていたから、この建物に良い感情は当然抱けない。だからこそそう思えるのだろうかとも思ったが、詳細を知らないディエリヴァもあまりよろしい雰囲気を感じたわけじゃないのであれば、多分何も知らない誰かがここに来ても何となく嫌な場所だなと思うのだろう。
特に何かがあったわけじゃないけど何となくここイヤだな、って思うような場所は前世でもちょいちょいあったし、ディエリヴァの言い分としてはそれに近いのかもしれない。
まぁここ、思いっきり何かがあったわけなんだけども。
破裂しない程度に魔力注ぎ込んだやつを食料にして無理矢理食べさせるとか、肉は与えず血だけとか、その逆とか、そういった行為を無理矢理にしていたとかもあったみたいだからな……ヤンデレが好きな人とずっと一緒、とかいう感じのカニバは創作ならまぁかろうじて俺も読めなくはないけど、流石にこういうパターンの話はちょっと……しかもこれ現実で存在したんだろ? 勘弁してほしい。
いくら精霊が数少ない状態で魔法がマトモに発動しないのが不便だからって、そこからこういった行為に発展するとかマジで意味がわからない。
しかもこれまだ序の口だったみたいだからな。
……あのファイルの中にあった情報が全部かどうかも疑わしいが、少なくともあのファイルに挟まっていた書類に記載されていた実験は確かに行われていた。
それはつまり、それらの行為をクロムートも己の意思なんて関係なく無理矢理させられていたというわけで。
……そう考えると境遇には同情しそうだが、しかし帝国でやった事を考えるとかわいそうだからお前の手伝いをしてやるよとはならないんだよな。
まぁそんな事言ったら俺死ぬの確定だろうから絶対言わないけど。
「でも、それで地下室があるって事になるんですか?」
「恐らくはある。こんな研究をしていて、下手に実験材料を外に移動させれば人目につく可能性があるわけだ。そんな危険を冒すくらいなら、最初からこの建物の中だけで移動させた方が余程安全だろう?」
「……確かに、ここ凄い高い場所にあるから、地下があるって言われてもおかしくないかなとは思うんですけど……」
言いながらもディエリヴァは周囲をきょろきょろと見回し始めた。
「多分見回した程度じゃ見つからないと思う」
「ですよね」
そんなちょっと見たくらいでわかるような事になったら、万一ここに国の何らかの貴重な情報があると思って忍び込んだスパイにあっという間に情報すっぱ抜かれるだろうし。
「じゃあ、どうやって探すんですか?」
「魔法で」
「魔法」
「あぁ」
使いようによってはホント便利だよな、魔法。