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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
二章 ある男女の話
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国を挙げての黒歴史



 具体的な詳細は省くとして。

 かつて彼はこの島をたまたま訪れてしまった不幸な旅人であった。


 実験はその頃にはかなり進められていて、今更引き返すなんて事もできないような状態で。


 そもそも家族連れだとか仲間と一緒にだとかでここに来て帰らぬ人になったのであれば、待っている誰かがおかしいなと思ったかもしれない。

 だからこそこの島で被験体として狙われたのは、一人で訪れた者だった。

 仮に故郷に恋人が待ってる、なんて状況だったとして、その恋人がアグレッシブにも最後に立ち寄ったらしいこの島に来たとして。

 彼ならとっくに別の大陸に行くべくワイバーン便に乗りましたよ。なんて言ってしまえばその後の行方は杳として知るはずもない。


 それでなくともこの世界、盗賊だとか山賊だとか、野盗だとか魔物だとか、まぁ物騒なものはそれなりにある。

前世の世界なら旅行に行って帰ってくる、たったそれだけの事、途中で事故だとか事件だとかにでも遭わない限りは必ず帰ってこれると言えるがこっちの世界はそうじゃない。

 何でそんな物騒な世界で旅とかしてんの? 正気か? と思うかもしれないが、俺のように幼い頃に故郷を失ったりだとか、流行病で住んでた所が全滅してだとか、新たな居場所を探すべく旅に出る者はそれなりにいる。

 勿論ちんけなド田舎でずっと一生終えてたまるか俺はビッグになってやるぜ! みたいなノリで冒険者やる奴だっているけども。

 とりあえず世界中をあちこちふらふらしてる奴というのはそう珍しいものでもない。


 クロムートがどの地域の出身者だったとか、そういった事は記されていない。

 知らないのか、知る必要性がないと判断したのかは不明だ。


 ともあれ、彼は研究所に連れ去られた。

 この研究所がある場所と反対側はワインを名産にしてる町だとかアルトが言ってたし、大方そこで酒を勧められるままに飲んでくうちに酩酊状態になったか、もしくはかつての俺のように酒に薬とか混ぜられたか。

 一人で旅に出るような相手だ。それなりの実力は必須なわけだが、それも抵抗できる状態になければ何の脅威にもならない。


 俺は幸い女に襲われて気付いたら子供がいました、なんていう事になっただけで済んだが、クロムートはそんなものじゃ済まなかった。

 控えめに言って死んだ方がマシレベルの実験体にさせられてしまった。

 他にも連れ去られたお仲間はいたようだが、その大半は死んだようだ。

 自分と同じ目に遭ってる奴がバタバタ死んでくのを見れば、自分もいずれそうなると思っても仕方のない事だろう。


 果たしてクロムートはこの実験についてどこまで知っていたのだろうか。

 多分詳しい説明なんてされるはずもないだろうから、島ぐるみで何か人を殺すの娯楽にしてるとか思ってもおかしくないぞ。

 ほら、あるじゃん。何かカルトとか……本人たちは正しい行いをしていると信じ切ってるけどそうじゃない世間一般の目から見ればどう足掻いてもヤベェ事としか言えないようなやつ。

 あと何かホラーゲームとかでもあっただろ。生きてる人間からすれば明らかアウトなんだけど、既にそうなってる奴らはそれが幸せだから他の皆にも、みたいな善意でやってるとかいうの。

 化け物は善意っていうのがとても恐怖。人間からすれば余計なお世話だし、いっそ悪意があるならともかく相手は完全な善意だからどうして拒否られてるのかわからないとかもう異文化コミュニケーション以前の問題。


 まぁ、そのえげつない実験の数々を幸か不幸かクロムートは乗り越えてしまった。

 結果として、実験の成功体として爆誕してしまったわけだ。


「……正直こういうの求めてたわけじゃないけど大まかに理解はした。したけど……」


 このファイルに記されている文章の最後はこれから成功した唯一の被検体を使って次の実験に移るとかいう今後の予定らしきものだった。

 その実験とやらがどうなったのかまでは書かれていない。

 書かれていないのではなく、書けなかったのではないか。俺としてはそう思っている。


 そもそも人工的に精霊を作る事ができたというのであれば、次にするべきことはその人工精霊の実力を調べるだとか、こちらの意のままに使う事ができるのであれば次に着手すべきは量産だろう。

 たった一体の精霊だけで島全ての魔法を発動させるべく補助をさせるには負担が大きすぎる。


 それが個人に憑いているだけなら精霊の負担もそう大きくはないだろうけれど、島全体となれば到底精霊一人で補いきれるものじゃない。

 俺だって場合によってはアリファーンに無茶振りする事もあるけど、それだってまだどうにかできる範疇だ。かなりギリギリではあるものの。けどそれがそう大きくないとはいえ一つの国となれば……結果はお察しだ。


 あまり何度も見るべきではないファイルの中身だが、それでももう一度パラパラとページを捲っていく。

 その途中でふと気になる単語が目について、手が止まった。



 ……ルアハ族……?

 聞いた事のない種族だな、と思ってそれがクロムートを指しているのだろうかと考えるも、クロムート本人は自らを人間だと名乗っていた。

 仮に俺がクロムートと同じような目に遭っていたとして、自分の種族を問われたのなら俺もそこでエルフだと名乗っただろう。ま、自分の境遇を自嘲するように化け物を名乗る可能性もなくはないが。


 ではルアハ族とは? と思って周囲の文字を追ってみても、詳しい事は記されていない。

 ただ、その種族に近づける事で実験が成功に近づくとかいう意味の事は書かれていた。


「なぁ、アルト」

「二階が実験室となっていた。……見るか?」


 俺としてはルアハ族について聞きたかったが、アルトは別の意味で受け取ったらしい。見るか? とか聞いておきながらこっちの返事を聞く前にさっさと部屋を出て廊下を進んで階段を下りていってしまう。


「あの、お父さん……?」

「あぁ、いや、こうなったら仕方ない。行くか」

 何が何だかわかっていないディエリヴァは、それでも何となくただならぬ雰囲気だけは感じ取っているのだろう。どうしたらいいのかわからない、といった具合にうろ、と視線を彷徨わせている。


 他の資料にも目を通しておくべきだろうかと思ったが、その辺に散らばっている資料は島の収益だとかの報告書も混じっているようで、多分俺にとって無関係な物の方が多いだろうと思ったのでファイルを一度机の上に置いてそのまま部屋を出る。

 他にも重要な書類はあるのかもしれないが、流石にこの部屋の中の棚にぎっしりと詰め込まれている紙束全部に目を通すとなると果たしてどれだけの時間がかかるかもわからない。


 一通り見て、これ以上有益な情報がなさそうだなとなってから見る事にしよう。単純に先延ばしにしたと言えない事もないが、流石にこれ全部に目を通そうと考えると時間はもとより俺の気力とか精神的なやる気が必須だ。

 やるしかない、くらいになったらやる。


 ゲームだったら適当に棚調べて気になるところだけ表示されるんだろうけど、生憎現実なのでそんな都合よくサクサクいくはずもない。


 すっかりおいていかれた状態なので、急いでアルトの後を追いかける。

 実験室が二階と言っていたのでとりあえず二階のどこかにはいるだろう。


 廊下を進み、階段を下りて二階へ。

 構造は三階とそう変わらないはずだが、廊下に面したドアの数はとても少なかった。


 手近なドアに近づいて開けてみる。

 三階であればこまごました部屋があるだろうはずのそこは、しかし壁をぶち抜いたのかと言いたくなるくらい広々としていて。

 成程、実験室……と納得するような構造になっていた。


「思っていたよりは何もないんだな」

「あぁ、私がここに来た時からそうだった」


 手術台のようなものから何か人どころか大型生物がすっぽり入れそうな巨大な水槽めいた物。その他にも拘束具のついた椅子とか実験室というよりは拷問部屋って言った方がいいような物もいくつかあったし中には血だろうそれで汚れたやつだってある。

 けれども何年も経過しているからそこまでの生々しさは感じられない。いや、乾燥してるし悪臭漂うわけでもないしで何かもう完全に画面の向こう側くらいの認識だけど、それでもうっかりここで起きたあれこれを想像すると流石に気分が悪くなってくる。


 これ確かに実験として人工的な精霊を作るっていう目的は確かにあったんだろうけど、その中の一部は単純に人を痛めつけて楽しんでたとかじゃなかろうか。そう思えるような物もあった。

 いやこれ絶対多感なお年頃の時に見てたら「愚かな……実に愚かしい、人間など存在する価値もない」みたいな世界を滅亡させようとするラスボスムーブかましかねない勢い。


 前世の幼馴染だって言っていた。

 深夜テンションで買った本を読んだら何か人間て何で生きてるんだろう滅べばいいのに、というか自分に力があったら滅ぼしてた、と。

 ちなみに読んだ本の内容は拷問の歴史とかなんかそんな物騒極まりない本だった。何で買った。そして何で読んだ。

 そう問いかければ「いや、両親に復讐する時に使えるかなって」とか言ってたし、ページのいくつかに付箋が貼られていたけど俺は何も見ていない。


 とはいえ、だ。

 思っていたよりも綺麗な状態に違和感しかない。


 実験の中で唯一の成功例がクロムートだった。

 それはいい。他にも被験者がいただろうに、そっちはどうなったんだろう。クロムートより先に死んで処分されたならともかく、クロムートが最後の被験者というわけでもないだろう。


 というか、だ。

 一通り視線を巡らせて、それから一度部屋を出る。他のドアを開けて隣の実験室らしき部屋も確認してみたが、こちらも似たような部屋だった。

 三階はいくつかの小部屋になっていたが、二階は実質この実験室と呼ばれていたであろう部屋が二つだけだ。

 先程見たファイルの中身からして、ここだけで全部の実験が行われていたとは思えない。


 ……これ、絶対地下に隠し実験室とかありそうなんだけど……闇が深すぎて正直捜索したくないなぁ……

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神の息吹かー
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