違う、そうじゃない
さて、歴史というのは基本的に残るものは残るが残らないものは残らない。
当時の国がこの歴史は後の世にあると不都合であると判断しなかった事にしたもの、伝えるつもりはあったけれど詳細がわかる人物がその時点で既に亡くなり伝えようがなくなってしまったもの。
内容的にどうしようもなく問題しかなくて、残してはいけないもの。
ここで知った情報は、残してはいけないものに該当する。
アルトが先程知る事はお勧めしないと言っていたが、その言葉は大袈裟に言っているわけでもなんでもなかった。
残してはいけないもの、ではあるが、そもそもこの国には外から来るのも難しく簡単に来る事ができるような手段は今の所存在していない。俺のような魔法が使えるだとか、空を移動できるだとかいう種族が、とかそういう方法があるなら話はまた変わってくるが、そういった方法が使えるような異種族がわざわざここに来ようという事は恐らくないだろう。
例えばお宝が大量に埋まっているとか、あからさまなメリットがあるなら或いは、と思う。
けれども観光地として賑わっていた、なんて話が伝わっているだけの、しかも滅んでしまっては観光云々の話ですらないと考えずともわかりきっている場所に、一体誰がわざわざ来ようというのか。
廃墟マニアが来る可能性はあるだろうけれど、正直こんな坂の上にポツンとある建物にまで訪れようというガッツの持ち主はそういないのではないだろうか。
俺も正直アルトに案内されなければこの建物の存在自体気付かなかっただろうし、仮に何かあるなーと思っても行くの面倒だから後回しにしていたに違いない。
だって坂道登ってきたけど、一日じゃ登り切れなくて途中でテント張って休んだくらいだぞ?
どう考えても面倒極まりない場所にある建物、何かあると思っても心情的にも体力的にも後回しにしたいと思うのは仕方のない事だと思う。
外から来る者がほとんどいないからこそ、ここにある資料は当時のまま、そのままで残っている。
外から来る者がこれらの情報を得て外へ持ち帰る事がなかったのは、ある意味で救いだったのかもしれない。
正直、こんなん外に出たら混乱が起きる。
マトモなところは実行しよ、とか思わないだろうけれど、他人の失敗を見て自分なら上手くやれる! とか思う相手は一定数いる。存在してしまう。であれば、この実験をもっと上手く自分なら成功させることができる、なんて思われてしまえば、とんでもない事になるのは確定だった。
アルトから渡されたファイルを開いて最初に目に飛び込んできた文字は、とある実験の概要だった。
精霊頼みの魔法をもっと簡単に使えるようにしたい。
これだけ見れば控えめな願いだ。
確かに精霊は世界中そこかしこにいるといえばいるけれど、いない時もある。
全ての人の目に見える存在でもなく、魔法を使う事でそこにいるのだと知る事ができる存在。
いたとしても必ずしも力を貸してくれるわけではない気まぐれな個体だって中にはいる。
そういう意味では魔法はある意味でギャンブルだった。
例えば崖から今にも落ちそうな状態になっていたとして、そういう時は精霊がいればほぼ助かる。落ちる前の状態に戻してほしいとか、着地する際の衝撃をなくしてほしいとか、ともかく怪我をしないように下に下りたいとか、そういった事を口に出しさえすれば助かる。
精霊は基本的には人の手助けをする存在だ。中には多少捻くれた者もいるけれど、命がかかっている状況であるならば大半は見捨てない。
見捨てて見捨てて見捨てていった結果、魔法を使う者が誰もいなくなってしまっては自分たちの存在を認知してくれる者がいなくなるのだから。
けれども例えば命の危機などではない状況。
そういった時は精霊も手を貸さない場合もある。
精霊と直接関わる事がない人間は知らない事実だが、アリファーンや他の精霊に聞いた限りでは、精霊だって力の限度が存在する。力を使って疲れてる時であれば、力を貸さない事だってある、との事だ。
まぁ俺も人にもの頼まれた時にできる余力があればともかく、疲れ果ててもう一歩も動けないって時に言われたら流石に断るし、精霊のそういった言い分も理解できなくはない。
群島諸国は精霊がそれなりにいたけれど、数は少なかったのかもしれない。
資料によると夜に明かりを灯そうとした時に不発に終わる事が何度か。時間をおいて改めて魔法を使った時に発動する事はあるが、どれくらい時間を空けたら魔法が使えるようになるのかはわかるはずもない。
当時の群島諸国に住む者の中には精霊を見る眼を持つ者も、声を聞く耳を持つ者もいなかったようなのでそうなれば確かに使えるかどうか一定時間ごとに試さなければならない。
重要な案件の時はそこまで不発に終わる事がないとはいえ、そうじゃない時の不発率は中々に高かった模様。
グラフになってるそれを見る限りでは、多い日だと十回使って半分は不発。中々に不便なんじゃないだろうか。
料理で火を使おうとした時に中々火がつかないと調理が終わるまでの時間もかかるし、水が出ないとなれば洗い物が片付かない。それが単なる一般家庭であれば仕方ないわねで済むかもしれないが、観光客が泊まる宿の方であったなら。
次の客に提供する食事の食器が足りないなんてことになりかねないし、食事を提供するまでの時間があけば不満だって出るだろう。
魔法が使えないとなれば急遽火を自力で熾したり水を汲みに行かなければならなくなるが、それだって今まで見てきた島の様子を思い返すとかなりの重労働になりそうだ。
移動にワイバーンを使うといっても、一般家庭でまでワイバーンを乗り回していたわけじゃないだろうし。
もっと多くの精霊がこの島に常にいればまた話は違ったのかもしれない。そもそも実際どれくらいの精霊がこの島にいたのかもわからないのでそこは単なる想像に過ぎない。
けれどもこの国の上層部からすればそれはかなりの大問題だったんだろう。
魔法の不発率をもう少し少なくしたい。そのためには精霊を増やす必要がある。
考え自体は間違ってないんだろう。精霊が多くいればその分手助けをしてくれる精霊の数が増えるわけだし。
けれど、精霊を呼び込むにしたって精霊とコンタクトをとれるわけではないのだから、土台から無理というか無茶なんだよな。
勿論国の上の連中もそこはちゃんと気付いていた。
だからこそ。
人工的に精霊を作ろう。
なんていう計画ができちゃったんだろうな……
うん、発想はね? 前世だったら創作物とかで割とよくあるやつだったし、その発想はね、うん……
無いなら作ろう。その発想は有りだと思う。
ただ、作るものが生命体っていう時点でアウトだと思うんだよな~!
ここで魔法を使わなくてももっと簡単に火を熾したり水を汲むための便利な道具を開発しよう! ってなってたら話は別だったんだろうけどな~!
実際今はもうどの大陸でもそういった道具はある。ガスコンロじゃないけど魔石に魔力を蓄えてそれで火をつけるコンロだってあるし、水だってそう。洗濯物とか乾かすのに風の魔法を使う方が確かにあっという間に乾くけど、一応ドライヤーみたいな道具だってないわけじゃない。
……群島諸国があとちょっと遅く存在してたらそういう道具とかあっただろうし、そしたらわざわざこんな事しようとか思わないで済んだかもしれない。つまり群島諸国は色んな意味で早すぎた……?
いや、仮に今のような道具があった時代だったとして、そしたら今度は別の理由で深淵覗き込んでやらかしたかもしれない。
というかどのみち既にやらかしているわけで。
……人工精霊を作るにあたって、そもそも見た事もない精霊をモデルにするわけにもいかない。
最初は魔力を多く使える種族を使ったりしていたようだ。
使うっていう表現もどうなんだろうなと思わなくもないんだが、もう他の言い方とかないし……
島の住民の中で孤立しがちだった者を使ったり、観光にやってきた旅人の中でいなくなってもすぐに問題になりそうない者を攫ったり。
精霊が魔力の塊に意思が宿ったもの、という認識はあってもじゃあそれ作るのにどうすればいいかなんて当然わかるはずもない。最初の方は人間や他の種族にとりあえず大量の魔力を注いでみるあたりから始めたようだ。
まぁ失敗してるんだけど。
許容量を超えてなお注ぎ込まれる魔力に身体が耐え切れず破裂したとかそういう実験結果知りたくなかったなー。
ディエリヴァが興味深そうに覗き込もうとしてるけど、流石にこんなん見せられない。ファイルを持っていない方の手でそっとディエリヴァの目を塞いで、やめておけと小声で告げる。
こんな情報が他の国に出回ってみろ。
どう考えても大惨事にしかならんわ。
実験の細かい部分は流し読みして、さくさくページを捲っていく。
途中ちらっと見えた人体改造だとか投薬とか物騒な感じの文字は見なかった事にする。見ていない。俺は何も見ていない……!
どう足掻いても非人道的な実験。マトモな国に流れたら即歴史の闇に葬り去られそうだけど、困った事にこの実験、成功例が存在している。
そうなると、他の精霊が少なく感じて魔法が中々発動しにくい国なんかでこれと同じ事をやらかさないとは言い切れない。
あとでこの資料室、焼き払った方がいいんじゃないだろうか。勿論ここを焼いたからってこれと同じ実験が未来永劫行われないとは言い切れないが……それでも資料が残っていたらそれを手元にやらかす奴はいるだろうし。
そう、ページもそろそろ終わりを迎えそうだなと思ったあたりで、困った事に成功例が記載されていた。
人工的に精霊にされてしまった被験者、その名をクロムートと言う。
…………確かにクロムートに関しての情報を駄目元で探しに来たけどさぁ! そういうの求めてなかったんだわ!!