『転校』
不安だ。
楽しみだ。
泣きそうだ。
笑いそうだ。
自分でもどんな顔をしているのか分からない。
ちゃんと歩けているだろうか。
制服はちゃんと着れているだろうか。
何にも分からないまま先生と一緒に職員室を出た。
担任の先生は優しい感じの男の先生だった。
若くはないがそこまで老けてはいなかった。
私の転入するクラスについて聞くと「特に目立たない普通のクラス」だそうだ。
それを聞いて少し安心した。
クラスは2階にあった。
【1-3】と書かれたプレートが壁につけられている。
話し声が聞こえる、笑い声も聞こえる。
先生が「ちょっと待ってて」と言い、扉を開けた。
「おーいHR始めるぞー席につけー」と言っている。
喧騒が徐々に止んでいく。
私の心臓の音が廊下に響くんじゃないかと思うくらい緊張した。
窓の外に桜の樹があった。さっきまで降っていた雨がいつの間にか止んでいる。
少しの花びらが未練がましく枝にしがみついていた。
その時、
教室から「転校生」というワードが聞こえ、生徒がザワザワしだした。
緊張がピークに達した。
めまいがする。
そこをなんとか踏ん張り頬をつねった。
「しっかりしろしっかりしろしっかりしろ…」
足音が聞こえ、先生が扉を少し開けた。
複数の生徒が覗いているのが一瞬見えた。
「桜樹さん入って」
「は、はい」
情けない返事をして入っていく。
うつむきながら教壇に上がる。
頭は真っ白。
先生が黒板に大きく名前を書く。
「じゃあ名前と自己紹介をしてくれ」
怖い。
「しゃく、桜樹…みゃ、雨です…」
噛んだ。終わった。
今までありがとうございました。
顔から湯気が出ているんじゃないか。
少しの沈黙が刺さる。
「と、いうわけで桜樹雨さんが新しい仲間として来てくれた。皆困っていたら手助けしてやってくれ。桜樹さんも何かあったら相談してくれ。」
「はい、ありがとうございます…」
「えーっと、桜樹さんの席はと…あぁ、あの席に座ってくれ」
先生が一番後ろの窓側より一つ廊下側の席を指さした。
他の机よりもきれいな感じがした。
「は、はい」
席に行くまで誰とも目が合わないようにうつむきながら歩く。
音をたてないように椅子を引き、座ってから浅いため息をついた。
隣の少し茶髪の男の子は頬杖をついて窓を見ている。
男の子がちらりとこちらを見た。
(うっ、何か言ったほうがいいかな…)
と思ったが男の子はすぐに窓の外に視線を戻した。
先生が時間割変更や今日の日直を伝えてHRは終わった。
一時間目はLHRだ。始まるまで10分の休憩時間がある。
声をかけてくる人はおらず机とにらめっこ、長期戦が予想される。
すると横から
「フッ…光と影…表裏一体…どちらかが無ければ成立し得ない関係…」
男の子が窓の外に向かって呟く。
「ふぇ?」
思わず間抜けな声が出る。
「ん?あぁ、君は…桜樹さん…だったかな?」
「え、あ、はひ」
また噛んだ。もう嫌だ。
「僕の名前は斎藤茉暉。まぁ…第三代目執行人シュード・ヴィ・サメディと呼んでもらっても構わないよ」
「し、しっこーにん?」
「フッ…まぁ人間界ではマキと呼ぶのが主流かな…」
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「じゃ、じゃあ、マキ…君で」
「フッ…よろしく…」
「わ、私はs…」
途中で言葉を遮られた。
「待って…雨、か…なるほど…ミス・レインと呼ばせてもらうよ」
何がなるほどだったんだろう?
「ミス…レイン?」
「フッ…どうだい?独創的かつセンシティブなネーミングセンス…今までつけてきた呼称でもトップを争う代物だよ」
ちょっとかっこいいかも…
「あ、ありがとうマキ君…」
「ま、何か分からないことがあったら聞いてよ、迅速な対応は保証できないけどね」
「うん、ありがとう!」
ちょっと変な人だけど優しい人で良かった。
「おーい一時間目始めるぞぉ」
先生が来て皆席に着く。
んん…前の人の寝癖が邪魔で見えない…
少し背筋を伸ばすと先生の顔が確認できた。
その時、マキ君の前の席に座っている、白い髪の子と目が合った。
青い枠の眼鏡越しに見えた深い瞳に、なぜか心惹かれた。
その子はすぐに前を向いてしまったが私の目には整った顔立ちと少し陰のある表情が焼き付いていた。