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クラスメイトは異世界帰り~勇者も賢者も平和が一番~

 


「はぁ。いい天気」


 放課後の教室、窓際に椅子を引き寄せボーっと外を眺めている女生徒がひとり。長い黒髪はまっすぐで、窓から吹き込む初夏の風にさらさらと揺れている。

 彼女の視線の先には、グラウンドを走るサッカー部員たち。グラウンドはこの日差しで乾き気味、走った後には白く土煙が舞っている。部員たちの声に合わせるようにミンミンゼミがせわしなく鳴いているのがやかましいことこの上ない。


「この暑いのに何やってんだ、村西」


 背後から声をかけられて、彼女――村西凛香は振り向いた。そこにいるのは背の高い男子生徒、クラスメイトの宇佐美和樹だ。他に生徒がいなくてよかった。なにしろ和樹は高1にして剣道部最強と謳われる猛者な上、高身長で剣道以外もスポーツ万能、おまけにイケメン。2人でいたなんて誰かにバレたら余計な波風が立つ。立ちまくる。

 とはいっても今日は凛香と和樹は日直なだけので問題ないのだが。


「おや、お疲れ様だね宇佐美君。日誌、提出してきてくれてありがとう」

「帰らないのか?」

「ああ、まあね。何というか、この日常風景というやつを眺めているのもなかなかおつなものだよ」

「――まあ、ちょっとばかり気持ちはわかる」

「そ?」


 和樹もガタガタと椅子を引っ張ってきて凛香の横に座った。風はあるが今日の日差しはきつい。けれど教室内には差し込まないので夏らしい心地よさだ。窓に風鈴でも吊るしたら絵になりそうだし、程よく冷えたスイカの一切れでもあれば完璧だ。


「――平和だなあ」

「うん。平和なのはいいね。戦いもなくこうしてボーっとしていられるのは何よりだ」

「何を言ってるのだね宇佐美君。まるで魔王を倒した勇者のその後を見ているようだよ」


 凛香が茶化すと、和樹はふっと笑った。


「勇者か。まるでラノベだね」

「――そうだな。絵空事みたいなものだ」

「うん。異世界に召喚されて『この世界を救ってくれ』とか言われる奴だろ?」

「そうそう。それで聖なる武器とかに選ばれて」

「召喚されるときに神様にチートスキルを授かるってのがテンプレじゃないか?」

「細かいことは作品ごとに違うんだからいいんだよ。とにかくそのスキル使って無双して」

「んで魔王倒して、と」


 校庭ではミニゲームをやっているサッカー部いちのイケメン千代田がシュートを決めたらしく、ホイッスルと同時に黄色い声が聞こえる。

 けれどそれをかき消すほどの大きな音でセミが鳴き始めた。


「――のどかだなあ」

「――のどかだねえ」


 再びホイッスルが鳴り、ゲームが再開されるのを眺めながら、ぽつりと和樹が言った。


「なあ村西。俺が考えた異世界転移もののストーリー、聞いてくれるか」

「へえ、宇佐美君にはそういう趣味もあったんだねえ。てっきりまじめに剣道一筋の人だと思っていたよ」

「まあね――まず主人公は剣道を嗜んでる高校生なんだ。ある日異世界に突然召喚される。でもその召喚の途中に神様に呼ばれて、チートスキルを授かるわけだ」

「ふむ。どんなスキルだね? やはり剣で無双できるスキルかね?」

「いや、主人公は自分の剣の腕を試したかったから剣に関するスキルは軒並み断ったんだ。そしたら神様に『謙虚だ』って褒められて、魔力マックスと補助系の魔法をこれでもかってもらっちゃうわけ」

「ふむ。それから異世界に到着するわけだな」

「そうそう。で、魔王を倒して世界を救ってくれーって王様に頼まれて、魔術師とか聖女とか盾役とかのパーティーをつけられて出発するわけだ。世界を救ってやるぞーって正義感に燃えてな」

「熱血系だねえ」

「主人公はやっぱり聖剣――デュランダルでいいか――に選ばれて、どんどん強くなるわけ。補助系の魔法がえげつないほど強くてな、パワーもスピードも誰もついてこられない。おまけに戦うときは無限の魔力を剣にまとわせて敵を一刀両断兜割だ。はっきり言ってそこいらの魔物じゃ相手にならない」

「そこはかっこいいの」

「で、ストーリー的には熱いバトルが続いてさ、苦労の末に一年かけて魔王を倒すんだ。ボロッボロになって、辛くも勝利。全員で涙ながらに勝利を喜んだりしてな。最後は城に凱旋するんだ。でも国に引き留められたり、パーティーメンバーの聖女と王女にダブルで結婚を迫られたりして」

「チーレムという奴か」

「あいにくハーレムものは趣味じゃないんだ。それより日本に戻りたくて、主人公は結局約束された地位も財産も振り払って日本に帰ってくるんだ」


 一瞬鳴きやんだセミがまた鳴き始めた。追従するようにもう一匹鳴き始めてうるさいことこの上ない。


「――宇佐美君、悪いがずいぶんとありきたりだな」

「そ、そうか」

「うん」

「ありきたり――か」


 和樹がどこか遠い目をしている。凛香はちょっときつい言い方だったかな、と罪悪感に駆られた。


「じゃあ私が考えたラノベも披露しようか」

「お、村西も? 聞かせてくれよ」


 和樹が凛香の方へ身を乗り出してきた。期待されても困るが、と前置きをして凛香は話し始めた。


「主人公は女子高生。やっぱり召喚されて異世界に行くんだ。同じように召喚時に魔法を授かる。魔力はマックス、すべての魔法を使用できると同時に世界の真理についての知恵をもらい、賢者として召喚される」

「ふんふん」

「勇者が魔王を倒すためには異世界の賢者の知恵と魔法が必要という言い伝えがその世界にあってな。主人公は召喚されるなり勇者の魔王退治の旅へ同行を求められる訳だ。ちなみに勇者は元々その世界の人間だ」

「まあ、そのあたりもテンプレだな」

「ところが世界の真理を知っている主人公は、勇者よりも魔王よりも自分が強いことにその場で気づいてしまったわけだ。そこで」

「そこで?」

「――その場で魔王を退治した」

「は?」

「旅への同行を求められた時に『んじゃ今すぐ』とその場で究極魔法を構築して、遠く離れた魔王城めがけて放ったのだ。見事命中してその場で魔王は討伐完了。勇者も主人公も旅に出る必要がなくなってしまったわけだ」

「話が終わっちゃうだろそれ」

「ところが『魔王を退治したら元の世界へ帰れる』と王が言っていたのはうそでな。主人公は日本に帰れなんだ。で、怒って姿をくらまし、ひとり人里離れた森の奥に住み着くわけだ」

「王様から褒章とかもらって贅沢に暮らす、とかはなかったわけ?」

「ありえないね。賢者はとにかく王たちとはもう関わりたくなかったんだ。だからそれきり城へは戻らなかった。森での生活は案外賢者には合っていて、それなりに楽しく暮らして、そして年月をかけて自分で帰還魔法を編み出した」

「あー、それで無事に日本にもどってめでたしめでたし?」

「そういうことだ」

「――俺の話よりはオリジナリティーがあるな」


 グラウンドではミニゲームが終わり、休憩に入ったようだ。イケメン千代田がファンの女の子に取り囲まれている。


「――帰るか」

「うん、帰るか」


 どちらからともなくそう言って窓を閉め椅子を片付け、教室を出た。

 まだまだ明るいが時間的にはもう午後5時近い。人気のなくなった廊下を凛香と和樹は無言で歩く。昇降口でそれぞれ靴を履き替えた時だった。出入り口の扉が開いた。


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるよ」


 千代田が取り巻きの女の子たちにそう告げてひとり校舎へ入ってきた。昇降口のすぐ脇にトイレがあるのだ。千代田は凛香たちを見かけると「お、今帰り?」などと気さくに声をかけ、「じゃあな」とトイレに駆け込んだ。イケメンなサッカー部のエース千代田は、人当たりもいい性格イケメンでもあった。それを見送り、凛香と和樹は外へ足を向ける。


 だがその瞬間、凛香と和樹は二人同時に勢いよく振り返った。そして外靴のままなのも構わず廊下へ駆け戻る。


「うわあっ! 何だこれ!」


 男子トイレの中から千代田の悲鳴が聞こえた。男子トイレの扉に嵌められた曇りガラスの向こうが金色の光に満たされている。

 勢いよく扉を開くと、床には千代田を中心に複雑な模様が円を描き、そこから光が立ち昇っている。すぐに立ち昇った光はぐねぐねと何本もの光る腕へと変化し、千代田の体に巻き付き始めた。凛香と和樹は瞬時に身構える。


「召喚陣?!」

「やめろっ! 離せ!」


 千代田が必死にもがいているが、光の腕は召喚陣に彼を縛り付けるようにぎちぎちと巻き付く面積を増やしていく。


「た、助け――」


 ついに助けを呼ぶ口まで塞がれてしまった千代田は恐怖でパニックを起こしている。


「くそっ! 来い、デュランダル!」


 和樹が呼ぶと同時に目の前にひと振りの剣が現れる。迷うことなくそれを掴み、和樹は召喚陣から伸びている部分の光めがけて勢いよく突いた。ブチブチとちぎれた光の腕は切り裂かれたところからボロボロと消滅していく。


「ちっ、狭いから振り回せなくて不便だな――っと!」


 二度、三度と光の腕を突いて切り払い、千代田の体がぐらりと倒れる。もがいているうちに光の腕の支えがなくなって、勢いあまってよろけたようだ。和樹がその腕をとって力いっぱい召喚陣の外へ引っ張り出す。


「千代田、逃げろ!」

「え? え、た……立てそうにない」


 和樹が逃げるよう促すが、千代田はショックのあまりそのままへたり込んでおろおろしている。

 そのわずかな隙に召喚陣では切られた光の腕が再生しつつある。再び伸びあがってきた光が数条ずつ収束し、うごめき始めた。


「面倒だな。召喚陣を消さないと」


 和樹が苦々しくつぶやくのと同時に彼の横にすっと影が並ぶ。凛香だ。


「まかせて」


 凛香が右腕を召喚陣に向かって伸ばすと、大きな青い石が嵌った杖が出現した。凛香の身長ほどもある長いそれを軽々と振りまわし、召喚陣に向かってビシッと構える。とたんに凜香の足元に青い魔法陣が出現する。青い光は千代田を取り込もうとしている金色の召喚陣よりも繊細で美しい形を描き、杖へと光が流れ込んでいく。杖に嵌っている石へと蓄積された光が一気に膨らみ迸り、半球形のドームのように召喚陣を覆っていく。光の壁の向こうで光の腕が行き場を失ったようにうごめいているが、壁の外には出てこられないようだ。


「術式解析――ふん、こんなちゃちな陣」


 凛香がにやりと笑って杖を突きだした。


「解除、消滅」


 青い光は召喚陣と光の腕へ染みこむように包み込んでいき、パキン! とガラスが割れるような音を立てて消滅してしまった。

 後にはなんの痕跡も残っていない。


「ふん、この私の目の前で召喚しようなんて千年早い」


 凛香が杖を消すのと合わせるように和樹も剣を消す。それから隣に立つ相手を振り返ってまじまじとお互いの顔を見合った。


「――つまりお互いさっきの話は」

「うん、経験談ってことだな」


 凛香と和樹、二人の間に奇妙な連帯感が生まれた瞬間だった。


「う、宇佐美、村西。君たちは」


 座り込んだままの千代田が震える声で問いかけてきた。そういえば彼の目の前でラノベまがいのことをしてしまったなと気がついた。

 だが見せてしまったものは仕方ない。2人は千代田の方へ向き直った。


「私たち? 私たちはね、賢者と」

「勇者だ」






 放課後の教室、窓際に椅子を引き寄せボーっと外を眺めている女生徒がひとり。長い黒髪はまっすぐで、窓から吹き込む夏の風にさらさらと揺れている。

 その隣には背の高い男子生徒がひとり、同じように椅子を持ってきて、サッシに肘をついたまま表を眺めている。

 彼女たちの視線の先には、グラウンドを走るラクロス部員の女子たち。グラウンドはこの日差しで乾き気味、走った後には白く土煙が舞っている。部員たちの声に合わせるようにツクツクボウシがせわしなく鳴いているのがうるさい。


「じゃああれか。やっぱり俺が召喚された世界と村西が召喚された世界は違う世界ってことだな」


 あれ以来凛香と和樹は誰もいない放課後の教室でそれぞれの異世界転移についてぽつぽつと話をするようになっていた。情報をすり合わせてそんな結論に達したところだ。


「だと思う。あと、あの召喚陣を見る限り、千代田君を召喚しようとしているのもまた違う世界みたいだな」

「はー、何でどの世界もここの人間を誘拐しようとするんだろうな」

「まったくだよ」

「こちとらのんびり暮らしてるんだから、邪魔すんなよなぁ」


 ラクロス部員たちの掛け声がセミの声に負けじと響いてくる。


 あれからあの光の腕つき召喚陣は諦めがつかないようだった。再度千代田を狙って現れたので撃退し、彼には護身用の簡易結界術式を付与したペンダントを作って持たせている。またあの召喚陣が現れても、消滅させることは無理でも逃げ出すくらいの時間は稼げるだろう。

 それにしても。


「「あー、めんどくさい」」


 そこにふたりの大きなため息が混じる。二人ともそれぞれ魔王を倒すという使命は果たし終えたのだ。正直他の世界のことまではご免こうむりたいが、嫌がる同級生が異世界に連れ去られるのをスルーするのはさすがに寝ざめが悪くなるのだ。

 だがそんな思いもむなしく、教室の扉が勢いよく開いた。


「二人とも……っ! 助けて」


 駆け込んできたのは千代田、後ろからうねうねと光の腕がついてくる。それを見た凛香と和樹はもう一度大きくため息をついて立ち上がった。既に大きな杖と剣をそれぞれ手にして。


「この、クソ召喚陣」

「ホント粘着質だよな」


 チャキ、と剣と杖を構えた。


「「いい加減諦めろっての!」」

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― 新着の感想 ―
[一言] 王道の裏側みたいなお話大好きです! 執拗に狙われるイケメンくんのその後は如何に?と気になりつつも、勇者と賢者の恋愛事情も進んで欲しい! もういっそ、クラス中または学校中が特異点で、あらゆる異…
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