五十一日目 八流の戦い1
軍議の結果、国親は四国統一を目標に土佐平定に向けた第一歩を踏み出していた。
安芸 国虎に、岡豊城での親善のため招待状を送ったが、無礼千万、との文が返ってきた。これを大義名分とした国親は7000の兵を挙兵。それに対し安芸家は、国虎率いる2000の兵で応じた。
1550年 5月、史実より20年早い八流の戦いが今始まろうとしていた。
「久しぶりの戦だなぁ...。」
二年間のブランクはでかいぞ。まぁその間ずっと稽古していたから大丈夫だとは思うけど。前よりも筋肉は付いたし、身長も伸びた。それに弥三郎のお陰で槍も使えるようになった。人事は尽くしたよ。後は天命を待つだけだね。
「今回、勝てるかな。」
「菊之助殿は心配ですか?」
「うん、まぁね。」
史実通りなら勝てるんだけど、今回は史実と違うところが沢山ある。まず、大義名分の内容が和睦ではなく親善を断ったこと。次にこちらの総大将が元親じゃなくて国親なこと。それに伴い、いるはずの武将がいないこと。それに本来なら本山家はまだピンピンしてる頃だけど、もう滅ぼしちゃったし...。相手の兵数も確か5000くらいだった気がする。はぁぁ...不安だ。
「出雲はどう思う?」
「某は...。勝てると思います。向こうには地の利はありますが、こちらには菊之助殿がいます故、問題ないかと。」
「毎回俺を過信評価し過ぎだよ。もし、一条が背後から来たらどうするよ。」
「一条との国境にある、朝倉城には国親様の弟君、親吉様がおられます。兵数も我らが出る時には2000は集まったと聞いております。それだけいれば、こちらを片付けてから向かっても耐えてくれると思いまする。」
「耐えれるかねぇ。」
「それに北から攻めている国親様達が先に向かえば余裕で追い返せましょう。恐らくそれを警戒しての挟み撃ちでございましょう。もし、一条が来て、どちらかの軍が安芸軍と交戦していても、もう片方の軍が駆け付けることが出来ます。ここまで考えているとは流石、国親様でございますな。」
「朝倉城には親吉様以外誰がおられるのだ?」
「宣直殿と友隆殿がおる。」
「親政様。」
宣直って言ったら吉良氏の...。確か親政の次に猛将だって弥三郎から聞いたことがある。
「それより貴様は他の者の心配をせんと自分の事を考えていろ!開戦すればこき使ってやるからの。覚悟しておけ!」
「はっ...。」
ふん!と言って親政は俺達を追い越して行った。
「出雲...。」
「はい?」
「俺、この戦で死ぬかもしれない...。」
「な、な、なな、何を言っておられるのですか?!」
「親政様に軍議の後に死ねって言われたの。」
「あぁ、なるほど。今日はやけに弱気なのはそのせいですか。」
「うん....。」
「大丈夫です!もしもの時は某が、この身をもってお助け致しますので御安心を!!絶対に死なせはしません!」
「よろしく頼むよ。」
「はっ!!」
何と頼もしい家臣だろう。あ、まだ仲の良い者同士だった。




