三十日目 三男坊の闇(前編)
あげるだす、と言われて金を渡された。
何これ。何かのドッキリか?
「実はだすな、この吉丸が、お主が二ノ丸で弥三郎様と一緒にいるところを見たと言ってただす。のぅ、吉丸?」
「....。」
「ああ、忘れていただす。喋ってもよいぞ。」
「は、はい!しかとこの目で!」
このやり取りを見た俺は、昼間弥三郎が言っていた良くない話というのが何かわかった気がした。2人の会話は友人のそれではなく、まるで主従を現している様だった。
「お主が言っておった一緒に稽古をする人とが、弥三郎様だったとは思わなかっただす。」
「それと、この金がどう関係するんだ?」
「もしやお主、あほぅだすか?おいどんはあほぅが1番嫌いだす。」
はぁ...と岩丸が溜息を着く。
「その金をやるだすから、おいどんと弥三郎様が仲良くなるように取り計らうだす。そうすればお主もおいどんの家来にしてやってもいいだすよ。」
おいどんの家来になればたくさん金が手に入るぞ、と岩丸は続ける。なるほど、そういう事かと俺は思った。
「金で従わせる家来なんて、ただの傀儡だな。俺はお前の傀儡になる気はない。そういう事ならその金はいらん。それを持ってとっとと帰れ!」
「なんだすか。その態度と口の利き方は!おいどんに逆らったこと後悔させてやる!」
そう言うので、俺は弥三郎から貰った刀を手に取り構えたが、岩丸は金の入った袋を吉丸に取らせて、とっとと帰っていった。
「.....なんだそりゃ。」
翌日ーーー。
俺はいつものように水を汲み、弥三郎の館へと向かおうと家を出たのだが、目の前に20人ほどの足軽が刀を持って家を包囲して待ち構えていた。
「おい、どこへ行くだすか?」
足軽達の中央からズケズケと出てきたのは岩丸だった。
「稽古をしに行くところだよ。お前たちは稽古中か?」
クスクスと周りの足軽達が笑い出したが、つまらんだすな、と岩丸の一言で笑い声がピタリと止まった。
「おいどんの命令を聞かぬやつは自由に行動できないだすよ。」
「この人数で俺を止めようと?これぐらいなら造作もないと思うよ。」
「やっぱりお主はあほぅだすな。こんな所で同士達と喧嘩でもしてみろ。おいどん達が仕える国親様が黙ってはおらんだすよ。」
確かに味方への暴行は禁じられている。ましてはただでさえ少ない足軽を使えなくしてしまってはとても、すまんでは許してくれないだろう。
「なるほどね。確かにそれならこの人数でも止められるね。」
「ふっ、分かったら家で大人しくしているがいいだすよ。」
そう言って岩丸は、ふははははと汚い笑い声を上げながら去っていった。その声を聞きながら俺は家へと戻り、その日はそのまま終わりを告げた。
次の日、俺は水を汲む前に弥三郎の館へと向かおうとした。ガラリ、と扉を開けると目の前には岩丸の姿があった。
「おいどんの家来になる気になっただすか?」
「そんな訳ないだろ。ただ、水を汲みに行くだけだよ。」
「桶も持たず、刀を持ってだすか?お主に自由はないと言っただすよ!しかし、おいどんは優しいだすよ。そんなお主のために水を汲んで来てやったのだすから。」
そう言うと後ろから桶を持った九七が出てきた。九七は水の入った桶を無言で渡してきた。
「ありがとう。」
九七は無言のまま俺の目をじーっと見てきた。それは助けてと言わんばかりの目で。俺は桶を受け取りまた家の中へ戻って行った。
何とかしないとな、と思い考え、気がつけば夜となっていた。夜ならば見張りは居ないだろうと思い、扉を開けた。
「どこへいくだすか?」
岩丸はつくねの様なものをパクパクと食べていた。
「自粛生活にも我慢の限界が来てしまってな。夜なら騒ぎを起こしても多少なら大丈夫だろうと思って。」
「ふっ、ならば力ずくで止めるだすよ。」
「いいのか?味方への暴行は禁止のはずだぞ?」
「お主1人怪我をしたところで誰にもバレないだすよ!」
その言葉そのままそっくり返す、よっ!と俺は岩丸の顔を踏み台にして長屋の屋根へ飛び乗った。
「いだああああぁぁぁあいいい!!!おいどんの顔を踏み台にしただす!!!許さんだす!!」
その声を聞いてか、あちこちの長屋から足軽が出てきて、屋根の上の俺を追って走り出した。
なんだ、足軽いるじゃん。おかしいと思ってたんだよね。前の戦で足軽は900程いるって聞いていたのに、この村に人通りが無いことを。足軽村がもう1つあるからと言って、またや新しいからと言って片方に集中するはずがない。どうせ岩丸の命令か何かで身を潜めていたのだろう。
そう思いながら、誰もいない屋根の上を颯爽と駆け抜けて行った。
俺の8年間の特訓の成果見せてやるよ、と屋根から降り、ダッと城へ向かって一直線に走り出した。




