二十九日目 町人の三男坊
足軽となって弥三郎と稽古に明け暮れる日々。そんなある日、俺は足軽村の入口にある唯一の井戸で水を汲んでいた。
「人が来て混む前に汲まなくちゃ。げ、既に並んで人がいる。」
弥三郎との待ち合わせに遅れる訳にはいかないと思いさっさと並んで、順が回ってくるのを待っていた時ーーー。
「お主、見ない顔だすな。」
バッ、と振り向くとそこにはぽっちゃりとした男がいた。見たところ、筋肉ではなく脂肪のよう。この時代で何を食べればそんな体になるか...。
「は、はい。ひと月ほど前に足軽に雇われました。」
「おお!ならば同士だすな!おいどんも足軽だす!仲良くしようだす!」
だす、だす....頭に残る喋り方だな。キャラが濃すぎて着いて行けん。
「おいどんは岩丸だす。お主は?」
「俺は菊之助。よ、よろしく。」
「よろすくだす!」
「岩丸は足軽になって長いの?」
「んにゃ、おいどんも最近来たばかりだす。お主よりふた月ほど前だな。こっちの村には長く士官してる者はおらんだすよ。」
そう言えば重俊がそんなこと言ってな。と思っていたら、井戸を使う順番が回ってきていた。
「これからおいどん、同士と共に稽古するのだが、一緒にしないだすか?」
ありがたい申し出だが、こっちには弥三郎がいるので受けれない。次期大名が足軽と一緒に稽古は出来ないだろう。
....俺も足軽だな。
「すまないが今、俺は別の人と稽古をしていて、そいつの許可がないと...。」
「そうだすか。残念だす。いつもこの村で稽古している故、許可が取れたらいつでも声をかけてくれて構わないだすよ!」
「恩に着るよ。」
そう言って、俺は家に水を運び、弥三郎の館へと向かった。
「今朝、岩丸という人に会ったよ。なんていうか...す、すごい人だな...。」
あぁあやつか。と弥三郎。
「あやつは商人の子だよ。それもこの町一ののう。」
「でもなんで町人の子が足軽に?」
「あやつは三男坊で、家を継ぐ必要が無いからな。それに毎日家の手伝いもせず、寺子屋にも通わず、ぐうたらと過ごしているあやつに親が痩せてこい、と家を追い出したそうだ。」
あーだからあんなにプクプクと...。この時代ではあれはデブに入るんだな、と思った。
「その三男坊から稽古のお誘いが来てるんだが、一緒に行くか?」
「怖い...」
「え?!」
「僕は初対面の人は苦手なのだ。」
あ、こいつ姫若子だった....。
「俺の時はそんなの無かったじゃないか!」
「あれは非常事態だった上、あまり気にしていなかっただけだ!」
「なら今回も....。」
「無理!!」
おいおい、身分の問題じゃなくて、個人の問題かよ、と俺。
「それにあまり良くない話も聞くしな。」
「あいつがどうかしたのか?」
「いや、僕もよくは知らぬのだが。あやつは気をつけた方が良いぞ。」
「ふーん。一応気に止めておくよ。」
その後は特に何事も無く稽古を終え、家に帰った。夕餉も食べ終わり、俺が横になってのんびりしているとーーー。
「おいどんが来ただす!!」
うわっ!!と俺は飛び起きてしまった。
「急にどうしたんだよ!」
「おいどん以外の同士を紹介しようと思っただすが、都合が悪かっただすか?」
「いや、大丈夫だよ。」
「じゃあ、紹介するだすよ。3人ともおいどんと同じ、この町出身だす。右から九七、四助、吉丸だす。」
「「....。」」
3人は無反応だった。俺がよろしく、と言っても無反応。何かがおかしい、どうしてこの3人は喋らないのか。そんなことを考えていると、ドンッといきなり俺の前に袋が投げられた。開けてみると、中にはかなりの金が入っていた。
「あげるだす!」




