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終末のコーヒー

作者: 夢見月

 最後の補給はいつだったか。

 武器、弾薬、医薬品は既に底をつきつつあり、食料に関しては残すところ一食分となっていた。


「最後の晩餐、か」


 自分は、どうしてこんなところにいるのだろう。

 そう考えずにはいられなかった。




-一ヶ月前-

「警備、ですか?」


 軍に志願し、基礎訓練を終え、部隊に配置されることになった。

 てっきり、前線に配置されることになるものだと思っていたのだが、士官から渡された書類にはただ警備任務とだけ書かれていた。


「前線基地の警備だ。衛兵が足りんらしい。本来ならば憲兵を充てるところだが、どこも人手不足でな。不満か?」

「いえ、そんなことは」

「明日明朝出発だ。荷物をまとめておけ」

「了解しました」



***



「お前の配置は前門だ。いいか、基地勤務とはいえ、ここは前線だ。攻撃を受けることもある。気を引き締めろ」

「はっ!」


 配属初日。

 司令官への挨拶を終え、前門の詰め所へ向かう。


「お前が新しい衛兵か?」


 詰め所には既に軍曹がいた。


「はい。本日付で配属になりました」

「ほら、双眼鏡だ。ライフルはそこのラックにある」

「あの……警備要員は一人ですか?」

「そうだ。俺もこれから前線でな。いざというときはそこの五十口径(機関銃)をぶっ放せばいい」


 まさか、配属初日から一人で警備とは。

 てっきり先輩と一緒だと思っていたのだが、人手不足は深刻なようだ。



***



 一週間が経った。

 幸い、基地への襲撃は一度もなかった。

 そして、あの軍曹が基地へ帰ってくることも、なかった。

 任務は三交代で行っているが、残り二人の警備員とはほとんど顔を合わせることもなく、今日も一人で日中の警備をしていた。


「……ん?」


 遠くに、何か動く影がある。

 この基地は乾燥地帯にあり、植物がほとんど無いため、見通しがいい。

 双眼鏡を覗くが、陽炎のせいでよく見えない。

 無線で指示を仰ぐことにした。


「司令部、こちら前門警備。遠くに……人影のようなものが見える。指示を乞う」

『司令より警備、確認せよ』

「警備了解。これより確認する」


 携行無線機を背負い、ラックにたてかけてあるライフルを持つ。

 実弾を装填する手が震える。

 もし、敵兵だったら。

 自分は、まだ人を殺したことがない。

 いつでも撃てるように、安全装置を外す。

 有刺鉄線とコンクリートブロックで固められた前門を出ると、引き金に指をかけたまま最大限警戒しつつ影に近づく。

 影は少しづつこちらへ向かっているようで、徐々にシルエットが見えてくる。やはり、あれは人間だ。


「子供……?」


 服装が分かるぐらいに近づいた頃、その影が小さいことに気づいた。

 引き金にかけていた指を外す。

 ほっと、安堵の息を吐いたとき、その子供が倒れた。


「おい!」


 駆け寄り、体を起こす。

 十四、五歳ぐらいの女の子だ。


「しっかりしろ!」


 顔色が酷く悪い。

 恐らく、脱水症状だろう。

 女の子の口に自分の水筒を付け、少しづつ飲ませる。


「はぁ……はぁ……」


 経口補水では限界がある。

 直ちに治療が必要だった。


「司令、司令、こちら警備。接近中の影は子供だ。脱水症状を起こし、意識レベル低下。速やかな治療が必要である」

『司令了解。救護所の使用を許可する。直ちに帰還せよ』

「警備了解」


 女の子を抱きかかえ、来た道を全力で走った。



***



 一時間程度で女の子の様態は安定し、意識を取り戻した。

 話によると、水くみの際に砂嵐に巻き込まれ、集落の方向を見失って彷徨っていたらしい。


「そこで、君に彼女を送り届けてやって欲しい」

「了解しました」


 そして、彼女を集落まで送り届けることになった。



 集落は前線から離れた場所にあり、車で片道一時間程の距離にある。

 この距離を、よく歩いてきたものだ。

 女の子はよほど疲れていたのか、後部座席で眠っていた。

 目的地につく頃には日が傾きかけていたが、女の子を無事集落に送り届けることができた。

 住民のほとんどは既に集落を離れており、女の子の家族も今日避難する予定だったらしい。

 何かお礼をという家族の言葉を断り、再び基地へと戻る。

 すでに、一部の星が姿を表していた。



***



「なんだよ……これ」


 基地に帰ると、すでにそこに基地は無かった。

 前門にあったバリケードは破壊され、宿舎や通信基地もほとんど原型を留めていない。

 車両の一部は潰れ、煙をふいている。


「おい! 誰かいないのか!」


 大声で叫ぶ。しかし返答はない。

 敵の襲撃があったのだろうか。

 だが、死体どころか血痕すら無い。

 状況的に襲撃されたのは間違いないが、空薬莢のひとつも落ちていないのは不可解だ。

 自然災害にあった、と言われたほうがまだ納得できるだろう。


「こちら警備、現在前線基地より通信中! だれか応答してくれ!」


 持っていた無線で呼びかけるが、誰からの応答もない。

 基地が壊滅したのだ。後方司令部からの無線を傍受できてもおかしくないのに、一切の信号を拾うことができなかった。

 より強力な通信機を求め、通信基地の瓦礫をどかす。

 ほとんどの無線機は壊れていたが、本国との通信に使っていた衛星通信機は見たところ損傷がない。

 が、本国には繋がらなかった。

 通信機が壊れているのではない。

 ただ、どの衛星ともリンクが確立できないのだ。


「どうなってる!?」


 とにかく、この状況を報告せねばならない。

 しかし、使える通信手段がない。

 通信ができない以上、自分が直接報告するしか方法はないが、最寄りの味方基地までは何百キロもある。

 道路や橋が整備されていないため、車両での移動は困難。

 通常、この基地への人員や物資の補給は航空機を用いていた。

 しかし、自分は航空機を操縦できない。

 そもそも、使える航空機があるかどうかも怪しい。

 幸い、ここは最前線の基地だ。

 連絡が取れなくなれば、他の基地からの救援か、少なくとも航空偵察が行われるだろう。 

 その時まで、一人でこの基地を守り続けなければならない。

 自分の任務は、「基地警備」なのだから。



***



 あれから、一ヶ月。

 残された物資を消費しながら、屋外で寝泊まりする日々を過ごしていた。

 倒壊した宿舎は結局修復できなかったが、ほとんど雨が振らない地域なのでさほど気にはならなかった。

 いまだに通信は繋がらない。

 兵員の補充や物資の補給はおろか、敵味方どちらの航空機も見えない。

 物資集積所が倒壊していたので弾薬はほとんど残っていないが、敵の襲撃が無いのは幸いだった。

 しかしこうも静かだと不気味にすら感じられる。

 実はもう戦争は終わっているのではないか、と思えるほどだ。

 あるいは、敵も味方も既に全滅した、か。

 もはや誰でもいい。敵でも構わない。

 とにかく、誰かの姿が見たかった。

 だから、思い切って戦闘地区へ行ってみることにした。



 車両でおよそ三十分。

 そこは乾燥レンガの建物が並ぶ廃墟だ。

 地下資源を巡り、長年戦闘が行われた結果だった。

 ここでは毎日何人もの人が死ぬ。

 街は静かだった。

 銃声も、爆発音も聞こえない。

 そして、生きた人の姿も、死体も、何もなかった。

 ここに人がいた証拠と言えば、空爆で破壊された建物と、撃破された戦車、それとあたりに散らばった空薬莢だけ。

 数多の命が散ったこの街で、生きているのは自分一人だけだった。

 戦闘は、とうに終わっていたらしい。

 ここから百キロも行けば、敵の勢力圏に入る。

 さすがに、そこまで行く気にはなれず、元きた道を引き返した。



 基地に戻ると、残った物資を数え直してみることにした。

 武器は、ライフルが三丁に弾が五十発、拳銃一丁に拳銃弾六発。機関銃一丁に弾薬箱一つ、手榴弾二個、砲弾の無い迫撃砲一門。

 医薬品は衛生バッグが二つ。薬品もすこし残っていたが、衛生兵の知識が無いためにほとんど使い方が分からなかった。

 水はまだ少しあるが、食料は缶詰が二つにクラッカー一袋、それと粉末コーヒーだけ。

 そしてここは、植物もほとんど生えない乾燥地帯。

 集落にも行ってみたが、食料はおろか家財道具ひとつ残されていなかった。

 食料の調達は絶望的。


「今夜が最後の晩餐、か」


 食料が残っているうちに、徒歩で撤退することも考えたが、結局は実行しなかった。

 持ち歩ける食料に限界があったのと、待っていればいつか味方が来るという希望を捨てられなかったからだ。

 だが、三日以内にはもうこの基地は無人になるだろう。

 昼食に缶詰をひとつ開け、残す食料は一食分だけになってしまった。

 最後に、もう一度基地を見て回ることにした。



 倒壊した宿舎に、ほとんど原型を留めていない司令部施設、機能を失った通信所。

 瓦礫が散乱した物資集積所に、一部が焼け焦げた車両。

 かろうじて防壁や見張り所が残っているだけで、機能を喪失した前線基地。

 残された物資は極わずかで、人員は自分一人のみ。

 じぶんは、どうしてこんなところにいるのだろう。

 そう考えずにはいられなかった。



 自分の持ち場である詰め所も、もう見納めだろう。

 結局、この基地に来てから一番長い時間をここで過ごしたような気がする。

 備え付けの機関銃は一度も使わなかった。

 引き出しを開け、回転式拳銃を取り出す。

 弾は六発。十分な量だ。

 既に日は傾き始めていた。


「……ん?」


 ふと、視界の端でなにかが動いたような気がした。

 置いてあった双眼鏡で確認すると、地平線の近くに、確かに人影を見つけた。

 ついに人間を見つけたのか、あるいは蜃気楼か幻覚か。

 拳銃を握ったまま、走って確認しにいく。



 蜃気楼でも幻覚でも無かった。

 だがしかし、ソレは人間でも無かった。

 そこにいたのは、地面に倒れた一人の少女だった。

 少女は頭部に獣の耳を持ち、背中から尻尾を生やしていた。

 本物を見たのは初めてだが、間違いない。

 獣人。

 有史以来生存圏を掛けて終わることのない殺し合いをしてきた、人間の敵。

 咄嗟に銃を構える。

 獣人は動かない。

 死んではいないようだが、意識を失っているようだ。

 撃鉄は起こしてある。

 あとは引き金を引けば、銃弾が発射される。

 そして…………



「目が覚めたか」


 結局、自分は引き金を引かなかった。

 敵も味方も誰もいなくなった今、彼女を殺すことに意味を見いだせなかった。

 今は、倒壊した野戦病院から引っ張り出したベッドに少女を寝かせている。


「言葉は分かるか?」


 少女が頷く。


「どこから来た? 他に誰か居場所の分かる人は?」


 質問するが、少女は答えない。

 無理もない。

 ずっと殺し合ってきた人間を警戒するなという方が難しいだろう。


「とりあえず、ほら」


 水筒を渡す。

 少女は水筒を受け取ったが、口を付けることには躊躇っていた。


「毒は入ってない」


 一度少女から水筒を取り上げ、一口飲んで見せる。

 もう一度水筒を渡すと、よっぽど喉が乾いていたのだろう。少女は中身を一気に飲み干した。

 ぐぅ、と少女のお腹が鳴った。


「飯にするか」


 最後の缶詰を開け、スプーンと共に少女に渡す。

 少女は、一心不乱にそれを食べ、食べ終わるとそのまま眠ってしまった。


「最後の晩餐、か」



 本当は、今日で終わりにするつもりだった。

 だが、少女を残して一人で終わらせる気にはなれなかった。

 食料は尽き、水もいつまでもは持たない。

 これでどこまで生きられるかは分からない。

 もしかしたら、明日には死んでいるかもしれない。

 それでも、もう少しだけあの少女と生きてみようと思った。

 澄んだ空気が見せる星空を眺めながら、最後のコーヒーを啜った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 読み始めてからずっと 現実世界をイメージして読んでいたのですが 終盤に突如! ウサ耳の少女が出てくるなんて!? ウサ耳じゃないかもですけど♪ 続きが気になる作品でした♪ [一言] むぅ~…
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