表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/35

折茂陽子-4

 お誕生日会。

 今の子たちにはその習慣がないらしい。あたしが子供の頃にはあった。友達を誘って、お母さんが豪勢な料理を作ってくれる。ケーキに歳の分のろうそくを立て、友達がハッピーバースデーを歌ってくれる。灯る火を、尖らせた口から吹く息で消していく。ろうそくの火が全て消えると、皆が同時に「おめでとう、陽ちゃん!」と拍手しながら、持ち寄ったプレゼントをくれるのだ。

 豪勢な料理とたくさんの苺が乗ったケーキを食べ終えると、皆で公園に行ったりゲームをしたり……これ以上楽しいことがあろうかというくらいに誕生日は楽しい一日となる。あたしは毎年誕生日がクリスマスと同じかそれ以上に大好きな日だった。それは他の子供もみんな同じだと思っていた。


 少しの間、楓ちゃんは体調を崩したと遊んでもらえなかったが、いつしか元通りに戻っていた。あたしは心底ホッとしていた。だって、もうすぐ楓ちゃんの誕生日なのだから。


「楓ちゃん、誕生日会いつするん?」


 あたしは喜びを隠すように、そう訊ねた。プレゼントを既に買っていることを知られないように。顔をほころばせないように。だが、訊ねた途端、楓ちゃんの表情はみるみる曇ってしまった。


「……んーん、今年はせえへんの」


 てんとう虫の背中にぽつりと雨粒が落ちた。一滴、一滴と赤いボディーに落ちては滲んでいく。てんとう虫はなんだか悲しそうに見えた。楓ちゃんも同じような表情をしていた。


 昨年の楓ちゃんの誕生日会は、あんまり広くない楓ちゃんの家にクラスメイトがたくさん集まって、賑やかだった。

 たくさんのプレゼントをもらった楓ちゃんは嬉しそうにしていた。優芽たちも来ていて、優芽なんかはかなり大きな箱を渡していた記憶がある。


「えー、なんでなん? 楓ちゃんお誕生日会好きくないん?」


 楓ちゃんは難しい笑顔を見せた。


「んーーー、あんまし、好きく……ないかも。うち、狭いし」


 そっかぁ、とだけあたしは言って頭に手を回し、後ろ手を組んだ。おばさんが大変だから止めとこうとなったのだろうか。そんなことを考えていた。あの頃のあたしはまだ、思慮なんてものが携わっていなかった。

 


「お母さん、楓ちゃんな、お誕生日会せえへんねんて」


 コクが増した二日目のカレーに舌鼓を打ちながら言うと、お母さんからの返事はなかった。あれ? と、お母さんの方を見ると、お母さんはこっちを見ていた。聞こえていなかっただけだろうか。


「あんな、お母さん、楓ちゃん、今年は誕生日会せえへんのやって。でも、プレゼントだけは渡したいねんなぁ」


 あたしがもう一度そう言うと、「……そうやねえ」とだけ応えて、お母さんは洗い物に手を戻した。皿やシンクに当たる水の音が冷たく感じた。


「この前買ったプレゼント、どないしよ?」


 お母さんにそう訊ねると、お母さんは蛇口をひねって水を止めた。あたしの方へ歩み寄り、あたしの目線まで腰を落とした。


「わたしから楓ちゃんのお母さんに言っとく。こっそり、陽子だけは行ってあげなね」


 お母さんがそう応えた言葉の矛盾が気になった。こっそり? あたしだけって? お誕生日会しないのに、行っていいん?


 楓ちゃんの誕生日は9月23日。残暑が少し落ち着いて、夕刻には優しい風が吹き始める。

 楓ちゃんへのプレゼントは、クマのコックさんが料理を作っている姿の小さな人形にした。小さいけれどずっと人気がある玩具で、たった一体でも二ヶ月分のお小遣いが飛んでいく。実際はお母さんが出してくれるのだけれど、あたしとしては結構奮発した印象だ。

 お母さんがおばさんに電話してくれたみたいで、あたしは楓ちゃんの誕生日を今年も祝うことができた。ただ、他の人は誘わずに一人でさっと行ってきなさいと言われていた。


「う、うん。じゃ、行ってきまーす」


 いつものように湿気じみた階段を三階まで上がる。三階に着くと、細く扉を開けて楓ちゃんが覗いていた。あたしを見つけると嬉しそうな笑顔を見せた。


「うわ、ありがとう!!」


 楓ちゃんは目を輝かせて、小さな人形を抱き締めた。あたしはそれで満足だった。あとはたくさん楓ちゃんと遊ぼう。そう思った途端、目の前の楓ちゃんの目に涙がみるみる溜まっていくことに気がついた。


「……ありゃ、楓ちゃん?」


 楓ちゃんはあたしに見られないように顔を背けた。でも、肩は震えている。


「どうしたん?」


 あたしが肩に触れると、それが合図かのように楓ちゃんは堰を切ったように声を上げて泣き出してしまった。

 あたしが狼狽えていると、おばさんが楓ちゃんを抱き締め、そのままふわりとおばさんの優しい腕があたしを包んだ。


「楓、良かったね。陽ちゃん、ありがとう。本当にありがとう。楓、お礼言わな」


 おばさんも泣いていた。

 あたしは何が何だか分からず、それでも楓ちゃんの肩を強く握り、おばさんの服をぎゅっとつまんだ。この二人にそうしてあげることが大事だ。そう、思ったんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ