お誕生日会-1
里菜ちゃんと言うらしい。楓ちゃんの子供の名だ。小学校三年生になるという。
あたしは華に言われて、ここ『星の家』のクローゼットの中に隠れていた。隙間から里菜ちゃんが見える。楓ちゃんそっくりだ。
『星の家』のお誕生日会が始まった。
壁には隅から隅まで折り紙で作られた輪っかが飾られ、『星の家 9月お誕生日会』と大きく書かれた紙が貼られてある。
ハッピーバースデートゥーユー♪
小さな子からもう随分大きな子まで、皆が声を揃えて歌っている。皆、笑顔だ。里菜ちゃんが小さく跳ねながら手を叩き、顔をくしゃくしゃにしている。
あたしは、扉の隙間からそっと目を離した。お腹の底から胸へとこみ上げるものに耐えきれなくなっていた。
あの時、優芽はあたしに全て白状してくれた。この、同じお誕生日会で、楓ちゃんは優芽にフォークで刺され、プレゼントには罵倒する言葉が並んでいたのだ。
それを思うと、今、里菜ちゃんの後ろでまっさらな笑顔を浮かべて手を叩く楓ちゃんを、あたしは心から凄いと思う。
九月の誕生日は里菜ちゃんだけのようだ。照明が落ち、大きなケーキにろうそくが灯った。ほっぺたいっぱいに空気を溜め込み、ふうぅぅぅと九本のろうそくを消していく。たくさんの拍手が鳴り、里菜ちゃんは小躍りするように、ぴょんぴょんと跳ねていた。
白髪の優しさに満ちたおじいちゃんが、里菜ちゃんに大きなプレゼントを渡している。他の職員さんが続けてプレゼントを渡し、里菜ちゃんの両手はいっぱいになった。幸せでいっぱいになった里菜ちゃんの顔は、いつかあたしたちが幸福に充たされていたお誕生日会での表情そのものだった。
司会をしていた華が、すっと里菜ちゃんの前に出てしゃがんた。
「良かったねぇ、里菜ちゃん。九歳、おめでとう!」
「うんっ」
里菜ちゃんはまだ小さく跳ねて手を叩いている。周りの子たちは取り分けられたケーキに群がって、美味しそうにフォークを刺している。
「里菜ちゃんと里菜ちゃんのお母さんは誕生日が一緒の九月だね」
「うんっ」
「じゃ、里菜ちゃん。今度はお母さんにもお誕生日プレゼントをあげても良いかな?」
里菜ちゃんは大きく首をひねった。クローゼットの隙間から、楓ちゃんの動揺する顔が見えた。華がこちらに近寄ってきて、クローゼットを開ける。
恥ずかしいよと、あたしはその演出を嫌がっていたのたが、実際に扉が開くと、そんなことを考える暇はなかった。あたしは、飛びつくように楓ちゃんを抱き締めた。
「久しぶり。ごめん、ごめんね」
驚いた表情の楓ちゃんは、飛びかかるように抱き締めたあたしの勢いを吸収するように、ふわりと包んでくれた。
「びっくりした。久しぶり、陽たん。何で謝るの」
いつの間にか、あんなに小さかったはずの楓ちゃんは、あたしとおんなじ背の高さになっている。互いに肩へ顎を乗せ、互いの頭にそっと触れた。
「お母さん、誰?」
里菜ちゃんが楓ちゃんのスカートの裾をつまんだ。里菜ちゃんも星の家のみんなも、ぽかんと口を開けて見ている。
さすがに主役の子供たちがいるのに、やり過ぎた。あたしと楓ちゃんは身体を離し、二人で里菜ちゃんの前にしゃがみこんだ。
「里菜とおんなじ三年生の時のお母さんの友達なのよ」
「そして、あたし、華ちゃん先生とも友達なんだよ?」
華も隣でしゃがみこむ。
誰だか分からない大人が感情に任せてお母さんに抱きついてしまって、驚かせてしまった。あたしはそっと里菜ちゃんの頭を撫でた。
「ごめんね、びっくりさせちゃった。お母さんの友達の陽子だよ。里菜ちゃんとお母さんのお誕生日お祝いに来たんだ」
緊張していた里菜ちゃんの強張りがほどけた。ニコッとえくぼができ、
「それなら良かったぁ」と、楓ちゃんにホッとした顔を向けた。
「えー、誰なん? この人ぉ」
「新しい先生なん?」
周りの子供たちも集まってくる。
「あたしのお母さんのお友達なんだよ」
里菜ちゃんがあたしを紹介してくれる。
「お誕生日会に来たん?」
「なんで抱きついてたん?」
「ケーキ食べる?」
「どこから来たの?」
あのね。うんとね。ねえねえ、聞いて。ねえねえ、これ見て……。
星の家はもう、子供たちの元気でてんてこまいだ。あたしは思いきり弾けた笑顔を華に向けた。
「華、めっちゃ良いね」
「でしょ?」
あたしは華から聞いていた子供たちの分、みんなにお菓子をプレゼントした。一人一人、名前を聞いた。しっかり、はっきり、元気よく名前を答えていく。あたしはみんなの頭を撫でながら、プレゼントを配っていった。
クローゼットの奥から、大きな箱を取り出す。
「楓ちゃん、これ」
「えぇっ?」
青い包装紙に包まれた大きなプレゼント。
「帰って、開けて」
「うん、いいの? ありがとう。……あ」
楓ちゃんは気付いたようだ。プレゼントを包むリボンには手紙が添えてある。
『月島楓さんへ 折茂陽子 楠京香 西川凉子 柴田晶紀 中村悠子 石川優芽より』
「随分遅くなったけど、あの頃の楓ちゃんが喜んでくれるもの。里菜ちゃんも喜んでくれるんじゃないかって……みんなで話したんだ」
えへへ、と楓ちゃんは涙を溜めた。
「ありがとう。ありがと」




