オリオン-2
あたしと楓ちゃんは決まって、応接のソファに座り、話し込む仲になっていた。里菜ちゃんはその間にまだ遊べることで、むしろラッキーと思っていたのかもしれない。
あたしは、あるSNSの画像を見せた。
「あの給水塔、壊されるらしいんですよ」
スマホを見せると、そのSNSには誰かがメッシュフェンスに取り囲まれてしまっている給水塔の写真をアップしていた。
『六丁目の給水塔ついに取り壊し。悲しいわ』
そんな言葉が写真に添えてある。
楓ちゃんはとても悲しそうな顔をした。
「あたし……織笠に住んでた頃、実はちょっとだけ辛いことあったんです。だから転校したってのもあったんです。織笠には行くことないと思ったりしたけど、この給水塔にはいつか行きたかった。寂しい」
楓ちゃんは、あたしが見せた写真をじっと見ていた。思い出を辿っているのかもしれない。
「みんな、思い出とか色々メッセージ残してるみたいです。あたしも書きに行きたいくらい。織笠小の子は特にかな」
あたしはそう言って、画面をスライドした。スライドすると、数枚の写真がアップされていた。給水塔をアップで撮った写真だ。皆が給水塔にメッセージや思い出を書きこんでいる。
『みんなフェンス乗り越えてお別れの言葉とか書いてる笑 でも、これくらい、ええよね』
そんな言葉が書かれていて、あたしもありがとうって書きに行きたいなと思った。楓ちゃんにその写真を見せた。
「えっ!」
楓ちゃんは珍しく大きな声を出した。
「どうしたんですか?」
楓ちゃんは口元を手で押さえ、そのまま画面を見て固まっていた。
「児玉さん、あの……石川さんって……ご存知ですか? 石川優芽さん」
優芽ちゃんの名前が出てくるとは思わず、驚いた。
「ええ、知ってます。……あの、言って良いのか……。優芽ちゃん、いや、石川さんは、あなたに対してすごくすごく反省してました。あなたにずっと謝りたい、と」
あたしがそう言うと、楓ちゃんは一枚の写真を拡大したまま、何度も頷いた。様子のおかしさに、あたしもその写真をまた覗く。
「どうか……しましたか? あぁ、このメッセージ……。このアルニタクへって何なんですかね? アルニラム、ミンタカよりってのも。あだ名か何かなんですかね?」
給水塔に書かれたメッセージにはこう書いてあった。
『アルニタクへ 元気にしていますか? またここで会いたい。一緒に星を見たいよ アルニラムより』
『アルニタクへ ごめん。ごめんね。何度謝っても許されないと思う。でも、謝りたいし、どこかで元気で過ごしてるのを祈ってる。 ミンタカより』
楓ちゃんは口元を押さえたま、一筋の涙を流した。
「え? ごめんなさい。大丈夫ですか?」
ふるふる、と楓ちゃんは首を振った。
「ごめんなさい。大丈夫です。……嬉しくて……」
「……嬉しくて?」
「アルニタク、アルニラム、ミンタカ……オリオン座です。オリオン座の真ん中の三つの星の名前なんです。右からミンタカ、アルニラム、アルニタク。あたし、小さい頃、マニアみたいに詳しくて。オリオン座の星の名前を教えた子は六人しかいません」
楓ちゃんは泣きながら、何か憑き物が取れたような笑みを浮かべていた。
「ごめんなさい、取り乱したようで……。このミンタカっていうのが、石川優芽さんなんです。だから、嬉しくて……。ごめんなさい、ワケわかんなくて」
あたしは強く横に首を振った。とんでもない。楓ちゃんが嬉しいなら、それで良い。
「児玉さん、本当にありがとうございます」
あたしはとんでもないと頭を振った。
「あたしは小学校の時、いじめられてました。それを、楓さんの知る折茂さんや、信じられないかもしれないけど、石川さん、丹羽くんが救ってくれたんです。でも、それは全部、あなたがいたから。あなたが辛い思いをした分、あたしは救われた。やっぱり、お節介かもしれないけど、あなたは幸せになる番です。里菜ちゃんとともに」
楓ちゃんはあたしの服をギュッと摘まんだ。ありがとう、ありがとう、と泣いていた。
「お母さん、華ちゃん先生に嫌なことされたん?」
ふと見下ろすと、里菜ちゃんが不安そうな顔であたしたちを見上げていた。
「あ、ごめんね、里菜ちゃん。大丈夫、大丈夫よ」
楓ちゃんの身体がすっと沈んで、里菜ちゃんを抱き締めた。
「ううん、里菜。全然違うよ? 覚えておいて? 人はね、嬉し過ぎるときに一番泣くんだよ」
あたしはその言葉を忘れないでおこうと思った。なんて素敵な言葉なんだ。陽子ちゃんが楓ちゃんと別れて悲しみの底にいた意味が分かった。優芽ちゃんと丹羽くんがずっと反省していた意味が心から分かった。
中尾楓さん、いや、月島楓さんはこんなにも素敵な人だったのだ。
あたしは、スマホを握った。陽子ちゃんと優芽ちゃんに連絡を取ろうと思った。来週、里菜ちゃんのお誕生日会だ。




