給水塔
お盆休みをもらい、久し振りに夏に戻ってこれた。織笠町はやはり、変わらない。……と、思っていた。
『立ち入り禁止 給水塔の撤去工事を行います』
そっか。そう呟くしかなかった。蝉のミンミン、ジージーと鳴く声が織笠町を覆っている。
「ごめん、お待たせ。って、マジか……」
遅れてきた優芽も掲げられた看板を見て、絶句した。給水塔の周りはぐるっと黄色いメッシュフェンスで囲まれていた。
「そっか、間に合わんかったね」
「……うん」
ついに給水塔は取り壊される。
あたしの頭の中で、この給水塔から見た景色が消えることはない。でも、叶うならもう一度だけ、楓ちゃんと昇りたかった。
もう、この町を離れて十五年になる。変わらない訳がない。優芽の子供なんて、もう小学生だ。
時は刻々と、あたしたちを緩やかな旅に誘っている。色んな路線が用意されている。東西南北、あたしたちはどこへ行っても良い。どんなスピードで旅をしても良い。皆、同じ旅は選ばない。ほとんどが、二度とすれ違うことのない旅をするのだ。だから、こうして織笠町という始発駅から旅を始めたあたしたちが、旅を切り上げて始発駅に集まれる幸せを、あたしは感じたい。始発駅が改装されることもあるだろう。それも、ひとつの思い出として。
立ち尽くしていた優芽がポンッと手を叩いた。
「陽子、ペンとかある?」
「ペン? ないよ」
優芽は、そのまま来た上り坂を汗も拭かずに駆け下りていった。慌てて追う。
「ちょ、どこ行くん?」
「柴田商店! 晶紀ん家! 油性ペン売っとるやろ」
「あたしも行く!」
子供のように走った。息は二十年前の三倍ほど切れる。でも、優芽が何をしたいかは分かったから、あたしは平気で坂を駆け下りた。足は今も動く。この町に帰ってくると、あの頃に戻ったみたいだ。
「こら、速いって!」
「優芽が遅いねん!」
晶紀ちゃんのお父さんが店先に出てきてくれて、油性ペンを赤と黒と買った。
「晶紀は沖縄なんか行っとってなぁ。独身気取って、好きなことばっかしよるで。ええなぁ。二人とも結婚してんのやろ? わしに孫抱かせてくれえよ」
あたしと優芽でクスクスと笑い、お代を払って、また給水塔へ向かった。
汗が滝のように滴る。子供の頃のように、あたしと優芽は恐れを知らずフェンスを乗り越えた。
二人で顔を見合わせ、黒と赤の油性ペンで書き始めた。可能性はないに等しい。でも、もし、楓ちゃんが見てくれたら。
煤けたベージュ色の給水塔に、あたしと優芽の文字が躍った。給水塔のボディを最後にゆっくりと撫でた。
ありがとう、この町を見守ってくれて。素敵な星空を見せてくれて。最後にお仕事してくれると、嬉しいよ。あとは、この給水塔に希望を託し、あたしと優芽は給水塔を後にした。
紺碧の空に白い月が恥ずかしそうに浮かんでいた。




