表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/35

給水塔

 お盆休みをもらい、久し振りに夏に戻ってこれた。織笠町はやはり、変わらない。……と、思っていた。


『立ち入り禁止 給水塔の撤去工事を行います』


 そっか。そう呟くしかなかった。蝉のミンミン、ジージーと鳴く声が織笠町を覆っている。


「ごめん、お待たせ。って、マジか……」


 遅れてきた優芽も掲げられた看板を見て、絶句した。給水塔の周りはぐるっと黄色いメッシュフェンスで囲まれていた。


「そっか、間に合わんかったね」

「……うん」


 ついに給水塔は取り壊される。

 あたしの頭の中で、この給水塔から見た景色が消えることはない。でも、叶うならもう一度だけ、楓ちゃんと昇りたかった。


 もう、この町を離れて十五年になる。変わらない訳がない。優芽の子供なんて、もう小学生だ。

 時は刻々と、あたしたちを緩やかな旅にいざなっている。色んな路線が用意されている。東西南北、あたしたちはどこへ行っても良い。どんなスピードで旅をしても良い。皆、同じ旅は選ばない。ほとんどが、二度とすれ違うことのない旅をするのだ。だから、こうして織笠町という始発駅から旅を始めたあたしたちが、旅を切り上げて始発駅に集まれる幸せを、あたしは感じたい。始発駅が改装されることもあるだろう。それも、ひとつの思い出として。



 立ち尽くしていた優芽がポンッと手を叩いた。


「陽子、ペンとかある?」

「ペン? ないよ」


 優芽は、そのまま来た上り坂を汗も拭かずに駆け下りていった。慌てて追う。


「ちょ、どこ行くん?」

「柴田商店! 晶紀ん家! 油性ペン売っとるやろ」

「あたしも行く!」


 子供のように走った。息は二十年前の三倍ほど切れる。でも、優芽が何をしたいかは分かったから、あたしは平気で坂を駆け下りた。足は今も動く。この町に帰ってくると、あの頃に戻ったみたいだ。


「こら、速いって!」

「優芽が遅いねん!」


 晶紀ちゃんのお父さんが店先に出てきてくれて、油性ペンを赤と黒と買った。


「晶紀は沖縄なんか行っとってなぁ。独身気取って、好きなことばっかしよるで。ええなぁ。二人とも結婚してんのやろ? わしに孫抱かせてくれえよ」


 あたしと優芽でクスクスと笑い、お代を払って、また給水塔へ向かった。

 汗が滝のように滴る。子供の頃のように、あたしと優芽は恐れを知らずフェンスを乗り越えた。

 二人で顔を見合わせ、黒と赤の油性ペンで書き始めた。可能性はないに等しい。でも、もし、楓ちゃんが見てくれたら。

 煤けたベージュ色の給水塔に、あたしと優芽の文字が躍った。給水塔のボディを最後にゆっくりと撫でた。

 ありがとう、この町を見守ってくれて。素敵な星空を見せてくれて。最後にお仕事してくれると、嬉しいよ。あとは、この給水塔に希望を託し、あたしと優芽は給水塔を後にした。

 紺碧の空に白い月が恥ずかしそうに浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ