十年後-2
皆、大人になった。
あたしは広告代理店に就職し、優芽は出産を機に辞めるらしいが、ここ大阪で商社の事務をしていた。
雄吾は、警察官になった。国家試験をパスし、所謂キャリア組だ。
あたしと雄吾は別々の高校に進学し、あたしが東京の大学に進むことで場所も離ればなれになった。ずっと隣同士だった雄吾と、東京へ行く前日に会って話したことがある。十八歳の雄吾はもう大人びていて、男の人の匂いがした。
「元気でな。あっち、怖いから気をつけろよ」
雄吾がブランコをやけに高く漕ぎながら言うので、はっきり聞こえない。
「何て?」
「気ぃつけろよって!」
「聞こえへんわ!」
あたしはブランコの鎖を握って、雄吾のブランコを強引に止めた。雄吾がブランコを強く漕いだ理由は分かっていた。照れ臭いのだ。自分から呼び出したくせに。
あたしは雄吾が好きでいてくれていることを知っていた。ずっと、ずっと前から知っていた。
「何て? 雄吾、聞こえへんよ」
雄吾はあたしの目を見てはすぐに目を逸らした。
「気いつけて……行ってきてくれ」
雄吾は泣きそうな顔をした。
「雄吾」
「ん?」
お互い止めたブランコがわずかに揺れる。距離は近くて遠い。
「何か、言うこと、あるんちゃうの?」
あたしは、どちらでも良いと思っていた。雄吾があたしに隠している二つのこと。あたしを好きでいてくれてること。そして、楓ちゃんをいじめたのは、君の意思ではなかったこと。どちらか一つで良いから言って欲しかった。
「……ある。あるよ」
「ほな、言うてよ」
雄吾はまたブランコを強く漕いで、ひょいっと前に飛んだ。ブランコが主を失って歪みながら揺れている。
「俺、警察官になるわ。そん時、会ってくれ。いや、会いに行く。その時に、話……聞いてくれ」
あたしもブランコを漕いで、思い切りジャンプした。柵まで届きそうで、雄吾より飛んだ。
「えへ、あたしの勝ち。雄吾の負け」
雄吾は照れ臭そうに笑った。
「本気出してねえよ、俺」
あたしは雄吾に近づいた。街灯に照らされる中、雄吾が狼狽えているのが分かった。あたしは狼狽える雄吾の両手を押さえ、頬にキスをした。雄吾は驚いたようにのけ反り、顔を子供のように赤くした。
「……じゃあ、本気出してよ。頑張って。夢、叶えてよ」
「ああ」
あたしは織笠を離れた。楓ちゃんがいない織笠で、最後に会った同級生が雄吾で良かったと思った。
紅白を見終わって、年越しそばを食べると、お父さんはすーすーと炬燵で寝てしまった。歳をとったなと思う。炬燵布団から出てしまっている肩にそっと毛布をかけると、ポケットの中が震えた。
「もしもし?」
「あぁ、もしもし? 実家、休めてるか? 仕事、大変やろうからよ」
雄吾はぶっきらぼうに、でも優しくあたしの身体を心配した。
「大丈夫、雄吾は?」
「俺ぁ、全然。余裕だわ。……年、変わるな」
「うん、年が明けるね。来年もよろしく。雄吾は良い年だったかな?」
「んあ? まぁ……良かったんじゃねえか? じゃ、とりあえずおじさんとおばさんにもよろしく言っといてくれ」
かけてきたのは自分のくせに、電話を切ろうとする雰囲気が伝わってくる。不器用でかわいい奴め。
「優芽がさ、雄吾とはどうなん?って」
はぁ、と溜め息が聞こえた。
「知らねえって言っとけ」
「あら、そうきますか。ふぅん、そうですかぁ」
「何だよ」
「いつ、言ってくれるんでしょうねぇ。雄吾くんは」
「切るぞ。あ、もう、年が変わってもうてるやんけ。ハッピーニューイヤー」
「ハッピーニューイヤー。またね」
お互いにふふ、と笑い合う。
雄吾たちのような警察庁採用になると、始めは各都道府県に配属される。雄吾は今は遠く岩手県にいる。あたしの身体よりよっぽど雄吾の身体が心配だ。こうして、声を聞ければそれで良い。
「あ、そういやさ、覚えとるか? 児玉。児玉華。新聞部やった、あの」
「うん、華ね。SNSで繋がってるよ?」
「あいつ、新聞出てた。夕刊に」
「へー、華が。探して載ってたねって言ってみるよ」
「あぁ、またな」
そっか、華。華も元気にしてるんやね。




