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十年後-1

 ──十年後。

 今年はやっと大晦日に帰ることができた。スーツケースにたった四日間の衣服を詰め込み、新幹線に飛び乗る。

 西へ西へ。新幹線はタイムスリップするように、あたしを仕事の喧騒から過去の思い出へと誘ってくれる。新大阪でベンチに座り、アップルティーを飲んでひと息ついた。日々の緊張感からやっと解き放たれる。エスカレーターの右側にできる列を見て、あぁ帰ってきたのだなと実感し、あたしはそっと笑顔を浮かべた。


 あたしは高校までを関西で過ごし、大学で東京に出た。慣れ親しんだ織笠町から、大きくなるにつれて行動範囲は広がっていき、高校ではキタやミナミによく遊びに出かけたものだ。いまや恵比寿に住む人生を迎えるとは、あの頃は想像もしていなかった。

 交遊関係も同様に広がり、中学、高校、大学と、たくさんの友達に囲まれ、幸せな十代を送れたと思う。


「たっだいまー」


 玄関扉を開けると、お母さんが既に待ち構えていて、頼んでもないのにスーツケースを持ち上げ、二階に運んでくれた。お父さんはリビングのソファに座っていたが、あたしが顔を覗かせると、嬉しそうに「陽子っ! おかえり!」とソファから立ち上がり、ビールを冷蔵庫に取りに行った。お父さんは娘と飲めるのがさぞ嬉しいらしい。とくとくと、ビールをグラスに注ぐ。


『陽子、帰ってきた?』

『陽ちゃん、大晦日にやっと休み? 大変やな』

『もう飲んでるけど。谷四たによんまでおいでや』


 スマホをポケットから取り出すと、たくさんのメッセージが踊っていた。

 時代はここ数年で急速に進歩していた。爆発的に広まったSNSが、行方知れずの友人たちとあたしを繋げてくれた。今では、大学、高校、中学の友人たちから、ひっきりなしにメッセージが送られてくる。大晦日に帰るねとメッセージを入れると、中学の同級生も高校の同級生も「こっちに来い、こっちに来い」の大合唱だ。ありがたい。

 ひとつだけ、グループではなく、あたし個人向けに来ているメッセージがあった。


『陽子、おかえり。ちょうど給水塔昇ってたとこ。紅白始まるまでの間にでも来る?』


 優芽からのメッセージだった。


『うん、行くよ』


「お母さん、ちょっと給水塔行ってくるわ」


「そんな、もうちょっと休んでからで良いんじゃないか?」


 お父さんは、あたしがビールを麦茶のように飲み干して、ちょっぴり寂しそうだった。


「ごめん、お父さん。優芽待たせとるから。紅白始まる前には戻るよ」


 飲み干したグラスをこんっと炬燵に置くと、お父さんはいってらっしゃいと言ってくれた。


「お母さん?」


「ん?」


「連絡とか……あった?」


 お母さんは首をゆっくりと横に振った。


「そっか……。じゃ、行ってくるわ」


 あたしたちはいつの間にか大人の階段を駆け上がっていた。色んな失敗をした。たくさん成功も成し遂げた。それぞれ積み重ねた人生を、SNSを通して同級生へ共有していく。

 優芽は、あれからずっと後悔している。大人になればなるほど、優芽は一人の人生を変えてしまった責任を感じるようになった。


「いつか、謝りたい」


 優芽はそう言っていた。だが、どんなに検索しても楓ちゃんがSNSの網にかかってくれることは無かった。


 給水塔のへりに大人の人影が見える。あたしの姿を見つけたようで、優芽は高いところからあたしに手を振っているようだ。

 この給水塔が壊されるという案が出ているらしい。その前に楓ちゃんに会いたい。帰省の折、あたしはいつもそう願っていた。


 給水塔にずっと変わらない風が吹いている。


「どう? 仕事?」


 優芽は切れ長の目をこちらに向けて、夜空に息を細く吐き出した。


「んー、ぼちぼち。まあまあしんどいかな。優芽は?」


「うーん、しんどいけどな。でも、そういや、あたしさ、土曜に織中のバスケ部コーチしてんねん。それがあるから平気」

「へぇ、いいやん」

「まあね」


 優芽は随分と大人になった。優芽から見て、あたしもそうなのかもしれない。


「オリオン座や」


 優芽が街の端から上がってきたオリオンを指差す。


「優芽には楓ちゃんの情報ないん?」


 優芽が首を振る。


「そっか」


 今年の冬は寒い。高台の給水塔の上だから尚更だ。あたしはマフラーをぐるぐる巻きにして口まで塞いだ。


「陽子」

「ん?」


 今度は優芽の吐く息がわたあめのように広がっている。


「あたしさ、来年結婚するわ」

「えっ? ほんまに?」

「うん、ここ」


 そう言って優芽はお腹を指した。


「ほんまに? おめでとう。さすがやな。早いな」

「ふふ、さすがやなって何なんよ。……けどさ、この子、もし昔のあたしみたいな奴に同じことされたら、あたし、絶対許さへんわ」


 優芽はそう言ってお腹をやさしく撫でた。


「……うん」


「勝手やわ。自分でもそう思う。いっつも帰ってきて、ここに誘ってごめんな。でもさ、楓ちゃんに会われへんなら、せめてここに来て一年に一度でも謝りたいん」


「うん、あたしもここにはずっと来たいから、かまへんよ」


 オリオン座が今日は綺麗に見える。七つ、くっきりと輝いている。楓ちゃんはどこかできっと輝いている。そう願う。


「ごめんな、陽子。おじちゃん、一緒に紅白観たいんやろ? 言うの忘れたけど、今年の紅白、一時間早く始まるで」

「えぇ、マジで?」

「おじちゃんにごめん言うといて。あと、楓ちゃんのこと、分かったら……」

「うん、分かった。連絡するわ。ほな、良いお年を、やな。それと、出産頑張って。式挙げるなら呼んでや」

「当たり前。陽子も良いお年を。また来年、赤ちゃん預けても、ここには来るから」


 あたしは頷いて、先に立つ。いつも、優芽は一人になり、ここで楓ちゃんに謝ってから帰る。あたしが螺旋階段を一段降りると、優芽が呼び止めた。


「陽子?」


 くるりと振り向くと、優芽が笑っているのが分かった。


「雄吾とは? どうなん?」


 あたしは笑って両手を広げた。


「さあね」

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