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児玉華-5

 資格がない。

 その言葉がやけに頭に残った。取材魂がその疑問の解決を掻き立てるが、丹羽くんとあたしの秘密だ。誰かへおおっぴらに聞くことはできない。

 新聞部の部室を出て、今日も悩みながら、銀杏舞い散る通りを歩いていた。


「よぉ」


 頭をさするように叩かれた。小学校の時、あたしをいじめていた男子だった。


「帰りか?」

「う、うん」


 男子は鼻の下を指で擦って、気まずそうにした。


「ひびんなよ。何もしねえよ。昔は、悪かったな。じゃあな」


 後ろ手を振って駆けていく。あたしは温かい気持ちになった。銀杏が優しく枝から落ちてひらめいていた。


「なに? 今の、華の彼氏?」


 ぼうっと立っていたところへ、また後ろから声をかけられ飛び上がった。優芽ちゃんが立っていた。


「なっ……んなわけ無いよ。あたし、昔、さっきの男子にいじめられてたんよ。でも、今、ごめんって」


 優芽ちゃんはちょっと迷ったような表情を浮かべて、「そっか」と微笑んだ。優芽ちゃんはすっと線を引いたような、切れ長の眼をしている。一見怖そうに見えるが、面倒見がよく、バスケのプレー同様に黒子に徹することもできる。

 でも、噂に聞いたことがある。小学校では、優芽ちゃんはこうではなかったと。ある転校していった同級生への後悔から、優芽ちゃんは全てが変わったのだと。優芽ちゃんは丹羽くんの事情も知っているのだろうか。


「どした? あたしの顔に見惚れてんか?」


 優芽ちゃんが首をかしげた。


「ううん、ごめん。優芽ちゃん、あのさ、オフレコ取材、させてもらえへん?」


「何よ、それ?」



 あたしは優芽ちゃんに遠くのとある公園に連れていかれた。小さな公園だった。てんとう虫を模した象形遊具が真ん中に鎮座し、ブランコが二つある程度だ。

 優芽ちゃんに引っ張られるようにてんとう虫の背中に昇った。月が空に昇っていた。


「……そういうこと、やわ」


 優芽ちゃんは全てを話してくれた。楓ちゃんという同級生をいじめていたこと。楓ちゃんは陽子ちゃんの親友だったこと。楓ちゃんは突然転校してしまったこと。それに、優芽ちゃんは丹羽くんから言われていじめを始めてしまい、その丹羽くん自体も実はけしかけられていたということ……。


「……それ、どういうこと? そんなのって……」


 優芽ちゃんは鼻で小さく溜め息をついた。


「小三のあたしたちには分からんかった。先生にそう言われたら、悪やと……、雄吾はそう信じるしかなかったんとちゃうかな」


「そんな……最低やよ。あたしの小学校の先生は情けなかったけど、そんなの、論外やよ」


 丹羽くんをけしかけて、月島楓ちゃんを追い込んだのは、井川先生という教師だった。


「完璧にしたい先生やった。楓ちゃんは少し他の子と違うというか、運動もできんくて体育はいつも楓ちゃん待ちやったし、突拍子もない質問で授業が流れたり……あの人にとっては邪魔な存在やったんちゃうか?」


「でも……、やからって……いち教師がその子を独りきりにしてみんなの迷惑にならないようにしなきゃなんて……」


 ふう。優芽ちゃんは空を仰いだ。オリオン座が低く座している。


「もう、取り返すことはできひん。やから、あたしはいじめは許さん。陽子に任せんと、あたしと雄吾で無くしていくと誓ったんや。華を見ると、楓ちゃんを思い出す。華が元気でいると、楓ちゃんもどっかで元気なんちゃうかと、そう信じてる」


「うん……ありがとう。優芽ちゃん、あのさ、それ、陽子ちゃんは? 知ってるん?」


 優芽ちゃんは首を強く振った。


「雄吾には絶対言うなて言われてる。あいつが自分で言える時まであたしも言わん。やから、華。あんたがこれ言ったら絶交やで」


 あたしは深く頷いた。でも、なんて悲しい物語なんだろうね、と、あたしは会ったことのない楓ちゃんに、心の中で問いかけた。


 あたしは優芽ちゃんとの約束を守って、話すことは止めておいた。しっかりと記事には書いたが、その号外は引き出しの奥にしまった。

 ただ、やるせない。確かに丹羽くんと優芽ちゃんがいじめをしたことには変わらない。だが、わずか九歳そこらで、大人が操作したことに疑問を向けられる訳がない。その井川先生という教師は、男子のリーダーであった丹羽くんに言った。


「できない自分のことで、他の人を巻き込むなんて最低よね。折茂さんも巻き込まれてる。丹羽くんが音頭をとって、月島さんを独りにしてあげることも大事じゃないかしら」と。


 丹羽くんと優芽ちゃんはそれを陽子ちゃんには言わない。あたしは、その気持ちも分かる。陽子ちゃんならきっと、その井川先生を許さない。でも、そうなった時、二人は陽子ちゃんが心配なのだ。大人は怖い。二人はそれを知っているから。

 あたしは悶々としながら、日々を送っていった。


 あたしは中三で陽子ちゃんと同じクラスになった。言いたくて言いたくて仕方なかったけど、我慢する日々。でも、ある日、折茂陽子ちゃんはあたしの想像なんか遥かに越えた素晴らしい人間なのだと思い知らされた。

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