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丹羽雄吾-1

 幼稚園に入る前からの腐れ縁だ。家が隣同士ということもあり、いつも家の前で一緒に遊んでいた。小学校に上がると、さすがに男子と女子ということもあり遊ぶことはなくなったが、毎朝挨拶しては登下校を共にしていた。


「二人はお似合いねえ」


 近所の大人たちがそう言ううちに、何だか他のやつとつるむ姿を見ると嫉妬するようになった。


 折茂陽子のことだ。


 幼い頃から「陽子」「雄吾」と呼び合う仲だった。下の名前で呼び合うのは俺だけだと勝手に思っていた。

 あの頃、恋心があったとは思わない。陽子は勉強もスポーツもよくできた。俺も同じく、だ。陽子と競えるのは俺くらいだった。俺らは釣り合っていた。そう思っていた。

 だから、幼稚園の頃から陽子が遊び始めた月島楓には違和感を覚えていた。あいつが陽子と親しくするのは、違うと思った。釣り合ってないじゃないかと思ったんだ。


 妬んだのは月島楓だけじゃなかった。小学校の三年生になる頃から目立つ陽子の周りにはたくさんの同級生が集まった。男子も女子も、馴れ馴れしく近づいていた。それに嫌気がさしていた頃、その矛先が一身に月島楓へと向かったのだ。


 月島楓を憎む同級生がいた。石川優芽(いしかわゆめ)たちだ。

 陽子はもともといじめなど許さないタイプだ。俺は陽子に嫌われたくはない。かといって、月島楓は邪魔だった。俺は石川たちに月島を遠ざけさせる役目を担ってもらおうと考えた。


「……石川」


 階段掃除を石川と二人で行っていた日があった。


「なあん?」


 階段の隅っこに溜まった埃を苛立ちながら自由ほうきの端っこで集めている。


「月島さぁ、月島楓」

「は? うん」

「お前らが入って邪魔みたいやで」


 ぴくりと石川の口元が歪むのが分かった。やはり、この石川が最適だと、笑みさえ溢しそうになる。


「そうなん? 腹立つわ、あいつ。何もできんくせに」


「……陽子にべったりやもんな」


 あえて、そう告げた。


「ほんまや、陽子ちゃんに守ってもらってばっかりやねん」


 石川は唇を尖らせている。


「女子で教えてやったらええんちゃうか。なんたるかを」

「なんたるか? って何やのん? 雄吾て時々難しい言葉使うな」

「なんたるかは、うーん、現実甘くないねんでって教えることや」

「どういうことやのん」


 石川は首を傾げた。俺はそっと石川の耳に寄った。


「いじめたったらええねん」


 それから、俺が動くことはなかった。石川たち女子が月島をいじめ出したのが分かったからだ。休み時間に男子で遊びながら横目でそれを見守っていた。石川たちのそれは傍目から見ても汚いやり口で、おそらく陽子は気付かなかったと思う。

 石川たち女子を誘導して、高みの見物を決め込んでいる俺が一番汚い。それを自覚するのは、何年も経った小学校六年になってからだ。


 三年生の頃から始まった石川たちのいじめは、確実に月島の心をえぐっていった。あれだけいつも一緒だった陽子と月島は、少しずつその機会を減らしていった。

 俺は満足だった。このままどんくさい月島が陽子の側から消えれば良い。そう思っていた。


 だが、五年生になる頃、石川たちのいじめは目に余るようになってくる。陽子が別のクラスになり、目が届かなくなったからだ。

 毎日、月島がいる隣のクラスに出向いては、陽子から離れろと脅していた。何も知らない陽子が月島を遊びに誘うと、月島は苦しそうに笑う。見ていて、さすがに心苦しいものがあった。



 ある日、月島が泣いていた。

 遠足の弁当を土の上に溢されたからだ。何もそこまで……。俺はわざと弁当をこぼし、平気で遊びの輪に入ろうとする石川を追った。石川の肩を掴み、石川の目を見る。久しぶりに石川と正面をきって話をした気がした。石川の目はどっぷり濁っていた。


「お前、やりすぎや」


 石川は苛立ちの果てのような表情で俺を睨んだ。


「はぁ? あんたがいじめてええ言うたんや。何もせんと高みの見物決め込んで、何言うてんの。むかつくわ。言うで? 陽子に。あんたからけしかけられたんやって」


 そう言われて何も言い返せなかった。その通りだ。石川の目を濁らせたのは俺だ。ただ、俺も……。


 俺は月島の前で立ち尽くしていた。

 迷っていた。一緒にせめて拾って慰めようか。いや、今まで傍観を決め込んだくせに、ここで親切を気取るというのか。


「……大丈夫か?」


 結局、膝をついて土がついたミニトマトを拾っていた。何故か。それは視界に陽子が見えたからだ。月島は泣きながら、ありがとうと言ってくれた。こんな俺に対して。


「どしたんよ、楓ちゃん?」


 陽子が慌てて近づいてくる。溢れたおかずを見て、咄嗟に拾い出した。


「何なん、これ。誰かにやられたんか?」


 陽子の声には力があった。月島は首をぶんぶんと振り、否定した。


「溢してもうてん」


 陽子は珍しく月島に鋭い視線を向けている。


「じゃあ、なんで泣いとん? 楓ちゃん、何かあったなら言わなあかんで。口はそのためにあるんやで。……雄吾、見とったん? 誰かやったんか?」


 俺は首を振った。


「見てない」


 遠くに落ちたミートボールを拾った。このミートボールは俺が土に投げ捨てたようなものだ。ぎゅうっと今さら胸が絞まるのを感じた。俺が石川たちをけしかけた。もう、引き返せない。陽子に知れたら俺は嫌われる。ミートボールを持つ手が震えていた。


 月島が居なくなったのは、その遠足が終わって少し経ってからのことだった。


「月島さん、転校したって」


 女子たちの声が耳に入った時、背中に汗が伝った。どうか、この卑怯がばれませんように。

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