石川優芽-3
そんな日々を送る中で、二度、危ない目にあったことがある。
陽子にバレそうになったとか、そういうことではない。それだけは慎重にやっていた。
やり過ぎたことで危ない目に遭った。エスカレートしたあたしに対し、京香たちが恐怖感を覚えてしまったのだ。
小学校四年生のことだ。夏休み明け、みんな真っ黒に日焼けした顔で、わいわいと昨晩のテレビの話をしていた。
「今度、楓ちゃんお誕生日やで!」
陽子は太陽みたいに明るくそう言った。既に陰で月島をいじめていたあたしたちは、まさか誕生日会には呼ばれないだろうと高を括っていたが、陽子にお願いされることとなった。
「楓ちゃんは自分から頼んだりできんから、あたしらでお誕生日会やろうって言ってあげたいねん」
月島にお誕生日会でプレゼントをあげるなんて癪だった。ただ、陽子にそう言われると弱い。ふと、あたしは閃いた。
「プレゼント開けたら、陽子に近づくなって紙が入ってたら……これ、良くない?」
その時の京香と凉子、晶紀、悠子の表情は強張っていた。さすがにやりすぎだろうと四人の目が訴えていた。それでも、あたしはこだわった。
「絶対、やるから」
有無を云わせない物言いで、京香たちの心配そうな目を黙らせた。
月島の誕生日当日。月島の住む団地は相変わらずボロい。階段や廊下に水が沁み出していて、ところどころに瓶やら競馬新聞やらが転がっている。すれ違う入居者たちは高齢か仕事をしていなさそうかどちらかで、やはり月島は陽子には不釣り合いだと思った。三階まで昇ると、月島が扉を薄く開けて笑顔で待っていた。
「あたし、やっぱプレゼントは普通のにした…」
廊下を歩いていたところで、晶紀が小さな声であたしに言った。プレゼントの箱には適当に要らないものを入れて、それぞれ悪口を書いた紙を入れようとあたしは四人と約束していたのだ。
「なにそれ? じゃあ晶紀は行かなくてええよ。帰りいよ」
あたしは晶紀を睨みつけた。京香たちの表情が固く冷たくなる。何事かと扉を開けたまま見守る月島が横目に見えた。晶紀はそのまま小さく拳を握り立ち尽くした。
「もう、ええって。帰れば?」
あたしが凄むと、晶紀はあたしたちをすり抜けて、月島の元へ歩いていった。
「これ、プレゼントだけやけど。わたし用事できてもうて……」
「そうなんや。晶紀ちゃん、ありがと。わざわざ来てくれて」
月島は嬉しそうに晶紀からのプレゼントを抱き締めた。晶紀はそのまま踵を返して、あたしの元へ震えながら戻ってきた。
「ごめん、優芽ちゃん。これは、あたしはできひんわ」
もともと小さな晶紀の身体がより縮こまっている。
「……ええよ。ほな、明日から無視な」
あたしは冷たくそう言い放った。あたしたちの間を抜けて小さな晶紀は階段を降りていった。
あたしは苛ついていた。全部、月島のせいだと思った。
表面上は取り繕っていた。
陽子が歌を歌って盛り上げていたから、その雰囲気を壊さないようにしていた。
京香、凉子、悠子は終始俯いていた。あたしのことが怖かったのか。はたまた、晶紀のように自責の念に駈られたか。それとも、実は晶紀と同じように、約束通りに悪口の入ったプレゼントではないのか。あたしはそれのどれかを疑うことで更に機嫌を悪くしていた。
陽子が席を立って、あたしは敢えて月島の隣に席を移した。月島は少し狼狽えていたものの、お誕生日会の高揚がそこではまだ上回っていたようだった。
ところどころ隅のシートが剥げた座卓に料理が並ぶ。どこの家でもチキンやハンバーグ、ポテトなど子供が好きな料理が並び、フルーツがそこに彩りを添える。月島の母が作る料理は派手さに欠けた。化粧気のない顔よろしく、料理も煮物などが並び、安いハムがレタスの上に乗っているメインの皿はみすぼらしかった。
「なんか、美味しくなくない?」
あたしは陽子がトイレに行っている隙にそう呟き、皆に同意を求めた。京香たちが困った顔のまま、仕方なく頷く。
「あ、ご、ごめんね」
月島が謝るのがまた癪に触った。向かいに陽子がトイレから戻って座る。あたしは陽子の目線を気にしながら、フォークを手に取った。あたしは座卓の下で月島の足にフォークを刺した。
「痛いっ」
「あ、ごめん。ごめんな、楓ちゃん。落としてもうた」
あたしはフォークを座卓の上に戻し、月島の足を気にするふりをした。
「えっ、大丈夫?」
陽子が座卓に身を乗り出して心配する。月島はえへへと笑い、大丈夫と応えた。もう少し強く刺してやれば良かった。そう思った瞬間に背中から視線を感じた。振り向くと、月島の母があたしを見ていた。驚いたような、悲しいような、何とも言えない表情をしていた。どうせ地味な月島の母のことだ。大したことないと、あたしはまたみんなの方へ向き直った。