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第八話

 俺は数日掛けて、通常業務と並行して引っ越し荷物を開封し、執務室を俺色に染め上げた。

 驚くべきことに執務室の奥には二つの扉があり、さらには個室トイレと寝室が用意されている。

 願わくば、水が豊富なのだから個室風呂も欲しい所だが、燃料の問題でそれは叶わないらしい。仕官専用の個室浴場は予約制で利用でき、或いは大浴場があるとの事だった。


(大隊指揮官から基地司令は流石に規模が違いすぎる……自分の指揮能力に対し分不相応な役職だな。一体どう振る舞えばいいものか……)


 しばらくは大浴場で兵と共に汗を流し、親しみやすさをアピールしておいた方がいいかもしれない。

そもそも俺の年齢や風貌、戦歴で威厳を保つのは難しいし、年上や女性も多い職場と言うのはどうにも指揮しづらい。威圧しない方が穏便に話も進められるだろう。


「これは、神道中佐殿!」


「ん? おぉ、二階堂中尉。君も食事かね?」


「はい。中佐殿は大食堂で食事ですか?」


「寧ろ、大食堂意外にどこで食べると?」


 俺は食堂で声をかけてきた二階堂中尉と共に席に付く。

 二階堂中尉は焼き魚定食で、俺は朝食を摂る暇が無く、この上ない空腹なのできつねうどんと焼肉炒飯定食を頼んだ。

 二人で席に付くと、箸を取り忘れていたことに気が付き二階堂中尉がすぐに取ってくる。

 中尉は再び席に腰掛けながら口を開いた。


「最近は軍務に付く女性も増えましたからね。大食堂意外に川沿いに軍が民間委託して経営してるカフェレストランなんてものもあります。割高ですが。或いは、男女ともに時間が許す限りにおいては街に繰り出して食事することも珍しくありません」


「最前線の割りに、案外自由で余裕があるんだな。敗戦はそれほど痛手ではなかったのか?」


 言った瞬間、我ながら「しまった」と思う。二階堂中尉を見れば、見るからに表情が暗くなった。


「それは、そんな訳ないじゃないですか……」


「おっと、すまん。今のは失言だな……取り消そう」


 中尉は顔を上げると幾許表情を戻し、真剣に語る。


「確かに、余裕がある基地です。それは、ここが天然の要害であり、砲台等の備えも十分置かれているからでしょう。防衛だけであれば、それこそ“蝗害”でも起きない限り守り通せます」


「確かに、一目見ただけで実に良い地形だ。後程地図もよく確認しよう。で、その言い草だと前の司令官は敵地に踏み入って破れた訳だな?」


 中尉は僅かに目を伏せて続けた。


「はい……一応、此処の基地は長江沿いでは数少ない川の向こう岸にも拠点を持つ基地なのです。ここは長江以外に幾つもの湖のおかげで、蟲が進行してき辛い地形、侵攻して来ても撃退しやすく、反撃に転じやすい地形なんです」


 俺も実際現地に付いて驚いたが、皇国がある極東の島国と大陸とでは風景がまるで違う。地形が一から作り替わっているようにまるで別物で、皇国では想像もしえない様な数の湖があり、またその規模も巨大と言う他無い。

 眼前に広がる長江に至っては、皇国のちょっとした海峡などよりも広く、蟲連中もこれは渡れないのも道理だと頷けるだけのことはある。


「なるほど。華中奪還作戦の最先鋒と言われるのはそう言った地形が理由なのか。その為に少数精鋭戦力を集めていると」


 川向にも基地があり、軍の展開もできるのだろうが、川向に軍が存在していられる理由もまた水場が多く複雑な地形故、蟲も一度に集まれないから駆逐が容易いのだ。

 ともすればこちらが軍を展開させる面積も少なく、長江はこちらも容易くは渡れない。必然的にコンパクトで軽量な機械化歩兵が活躍できる現場と言う訳だ。


「ただ、他からエースを大量に引き抜く事も出来ないので、半数以上は此処でエース級に育成してから万全を期して、と言う事でした。ですが……」


「ですが?」


「前任の大佐殿は良い人でした。誰にでも分け隔てなく優しく、尊敬できる人、でした」


「……」


「ですが、残念な事に機械化歩兵反対派のお人でもあったのです」


 中尉は至極残念そうに言うが、何か俺とは感じ方にギャップがある気がする。

 現場で機械化歩兵の威力を知るが故なのかもしれないが、そんなにいいものかね、少女が英雄になる様は見ていて楽しいかね? 

 俺は子供が英雄だと持て囃される世界は単純に、周囲の大人たちへの薄気味悪さを覚えるんだがね。


「あぁ、軍上層部にその声は根強いというのは聞くな。だが、何処で聞くのも女に手柄を取らせるなだの、女がいると軍紀が乱れるだの、士気が損なわれるだの、扱いに困るだの……いや、最後だけは理解するんだが。まぁ専らそんなくだらない理由だったな」


「はい。大佐殿は真面目で、あまり口数多い人ではありませんでしたので、今となってはどういう意志で機械化歩兵に反対していたのかは解りません」


「女性比率が高いからな。皇国男児ならば、女子を戦場に立たせるようでは恥ずかしい! みたいな古風な考えもあるだろう。聞く感じだと、そういうイメージになるし」


「ただ、以前は此処に男性隊員も二名居たのです。だいたいは編成の都合上、機械化歩兵は男女分けられるようですが、ここはそう言った戦略の実験場にもなりますので」


 なるほど、稀に男性隊員もいるんだったな。となると、今のイメージは意味がないのかもしれない。


「はぁ。でも、男でも精々二十歳そこそこかそれ以下だろう? 二十歳過ぎならまだしも、子供をおいそれ戦場に立たせたくないのもまた人情だろ。俺も正直、悩んでるし」


「……佐官特有の悩みなのでありましょうな。一介の尉官、それも小隊長程度では解りかねます。現場は老いも若きも、必死で戦い、必死に生き、そして必死になって死んでいくものですから」


 暗に贅沢な悩みだと揶揄されている気がする。だが、実際そうなのかもしれん。

 戦場に立てば兵士で皆平等。二十歳なら死んで良くて十九なら生かさねばならない道理もない。線引きだって俺個人の主観による適当であいまいなものだ。生きるか死ぬかの現場からすれば気に障るか。

 だが、二階堂中尉達も麻痺しているだけで、人なんだ。この際男女の別は無くとして、子供を戦場に立たせるのはやはり好ましくは無い。


 あまりこの話題を一片に引きずり出すのは得策ではなさそうだ。どう考えても心証が悪くなっている。

 俺がきつねうどんを食べ終えると、二階堂中尉は焼き魚定食を食べ終えていた。

 俺は焼肉炒飯定食をしばらく見つめて語る。


「時に、二階堂中尉。焼肉と炒飯はどちらが好きかね?」


「え……あぁ、個の食堂の炒飯は美味しいですよ。さすが本場だけあります」


「そうか……すまんが、俺もそう思って頼んだんだ。食べてみたい。なので、二階堂中尉にはこちらの焼肉皿を進呈しよう」


「え、あ、ありがとうございます……?」


 俺が焼肉皿を差し出すと、二階堂中尉は困惑しながらもこれを平らげた。

 俺はと言えば、朝飯抜いているからはいるだろうと思ったのが、案外食べてみるとはいらないもので気持ち悪さを抱いていたのである。


「でだ。話しは変わるのだが、結構悩みがあってね。目下頭を悩ませるのは機械化歩兵の扱いも然ることながら、基地の規模が私の手に余る大きさでね。直接指揮の兵だけでも二千四百近いと言うのに、基地の総務課や事務室、通信手等を加えれば三千近いというじゃないか。以前私が運営していた大隊は僅か六百人だ。五倍だぞ? どう管理したらいいと言うのかね」


「それこそ、佐官様の悩みですので、一介の中尉に相談されても……あ、市街地にある砲台は当基地管理の元義勇民兵も加わりますので、三千五百人以上を指揮することになります」


「そんな馬鹿な……」


「これでも、黄石市防衛中隊や鄂州市防衛大隊は師団司令部直轄で管轄外なのですから少ない方ですよ。第八師団は三つの旅団と一つの連隊、複数の防衛中大隊で形成されてますし……」


 全く、絶望した! と叫びたい気分だよ。まぁ、運営手腕の悪さに絶望される側なのだろうけどね。

 はぁ……。

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