第七話
山田は涙目で部屋から飛び出し、俺は部下になる隊員たちと暫しの談笑をして執務室へと戻った。
部屋の奥で延々ティータイムとしゃれ込んでいた金髪小娘はとうとう名乗らなかったので、俺も合えて挨拶することはせず後日へ回した。俺も暇ではない。
基地を一通り見て回るだけで日は暮れ、夜になっていた。
俺も休みたいし、将兵も休ませたいが『蟲』は今、この瞬間にも現れないとも限らない。一刻も早い現状把握が求められるため、各大隊長を集めてミーティングを行う事とした。
「戦車大隊大隊長、岩城寛人中佐であります!」
「歩兵大隊大隊長、森義昌少佐です!」
「工兵中隊中隊長、工藤純一大尉です、よろしくお願いいたします!」
これに、機械化歩兵大隊大隊長として四条中佐が加わってミーティングが行われた。
それぞれ体格や年齢は違うが、誰しもが皇国軍人然とした立派な威容を誇る頼りになる軍人たちであった。
正直、機械化歩兵の著しい損耗率を聞いて、部隊も半壊状態、人材も乏しいと覚悟していたが、戦車大隊、歩兵大隊、支援大隊の面子は確かに損耗があるが、補充が無ければ継戦不可な程損耗しているわけではないらしい。
それぞれから損耗率、現状、優先して補給したい物資や人員について聞き取った後、出身や趣味を語り雑談に花咲かせてから解散とした。
彼らを主力に戦う限りにおいて、それほど心配はしなくても良さそうだ。
だが、そうなると一方で気掛かり、もといちょっとした興味を引くのが、何故新進気鋭の機械化歩兵だけがこれ程損耗したのかである。
余り女性仕官を密室に呼ぶのは望ましくないが、一刻も早く聞き取るべきとも思ったのでミーティングの後四条中佐を部屋に呼び寄せ、シベリア時代の上司に餞別でもらったワインのコルクを抜いた。
「で、この戦力状態について早く聞きたい」
「ご覧の通り、充足が追い付いていません。定員は三個中隊十八名を一大隊とする大規模な機械化歩兵部隊ですが、去年の暮の戦いで敗れて以降は……」
「今はプライベートだ。仕事の話で、下心もないが夜まで肩肘張るのはお互い趣味じゃないだろう? 酒も挟む。気楽にしてもらって構わないぞ」
仕事で書類を読むわけでもないので電気を消し、趣味のろうそくに灯をともした。
ろうそくは電気照明に比べれば薄暗いが、対話するには十分な光量。ほのかな温かみある明りはリラックスするのに丁度いい。俺なりのオンオフのスイッチでもある。
鉄道旅で食べていたカルパスやサラミ、チーズの残り物をそれらしくさらに並べてワイングラスと共に差し出す。
「そう? ありがとう。なかなか趣味の良いワイン、思ったより紳士的なのね」
「俺は紳士以外の何物でもないだろう?」
「ふふ、冗談が相変わらずお上手なのね」
(冗談扱いされた……)
「そうか……。本題なんだが、まぁ、欠員の多さもそうだが……なんというか、皇国中核軍と聞いていたから殆ど皇国人だけの部隊だと思ってたんだが、思いのほか多国籍なんだな」
「それは、ちょっと仕方がない理由があって……貴方が此処へ赴任する理由にもなったのですけど、前の連隊長が無茶な作戦を指揮してね。相手も悪かったんだけど、機械化歩兵十八名の内約半数にあたる七名が戦死、二名が後送、四名が転属になったわ」
四条中佐はあからさまに顔色を暗くした。被害を考えれば当然である。
景徳鎮鎮台に居る第八方面軍と言えば、皇国でも名の知れた師団であり、精鋭に名を連ねる。シベリアや華北の戦線に比べて補給も充実し、それでいて華北戦線ほど頻繁な襲撃もなければ、敵の数も多くない。
配属され、戦果を挙げるには最高のポディションであった第八師団の九江基地の部隊は攻撃力を強化し、来る華中奪還作戦の最先鋒となるべく力を蓄えていると聞いていたものだ。
そんな部隊がなぜ惨敗し、このような事態になっているのかは軍でも大きな関心事だが、実情解っていることはそれほど多くないという。実際、俺の話も噂で聞いた程度の事だ。
俺は空気を極力明るくしようと少しわざとらしく肩を竦めて小さく笑った。
「そりゃ、更迭もされますな。となると、残っているのは?」
「私を除けば、朝倉小夜香さんと山本桜さん、大祝神姫さん、そして麗島出身の陳淑芬さんの四人よ。御存じの通り加々爪さんを始めとした皇国人勢は新兵。海外勢は皇国の機械化歩兵の重要な部隊が消滅の危機という事で助けに来てくれた援軍ね」
「それはまた……前任者殿も随分方々へご迷惑をおかけするものですね。同じ皇国軍人として実に恥ずかしい限り」
俺は冗談めかして言うが、四条中佐はどこか気分を害したように、僅かながら顔を顰めた。
「……それが、そうでもないのよ。人柄は、真面目で勤勉、穏やかで良い人だったのよ。それだけに、ね……」
無能な前任者を非難して株を上げるというシベリア式人心掌握術は見事に失敗したわけだ。同期の奴は次会えば殴ろう。
「話しが解りませんな。機械化歩兵と言えば内地でも連日話題になるほどの庶民からも人気、人類反攻の要である花形兵種。それを指揮するとなればこの場所に無能指揮官はそうそう送られてきません。優秀かはさておき、そこそこの実力があり、人格に問題が無ければ戦果は上がるはず」
機械化歩兵は皇国の皇都歌劇場でも多くの演目が披露され、庶民受けもいい人気の花形兵種である。また、機械化歩兵は新兵一人=戦車一両と言う最低ラインでの戦力換算から、新兵でありながら配属時に自動的に伍長の位が与えられる。これは、戦車長の最低ラインが伍長であることに由来していた。
要は、それほど優遇された人気の兵種なのだ。
だが、四条中佐は僅かに鼻を鳴らし、嘲笑が微かに滲む様子で語る。
「ふふ、花形? お花畑ね」
「それについては自分もどうかとは思いますが」
四条中佐は嫌味を言ったようだが、俺は本心から同意した。
そりゃそうだろう? 二百年前の赤紙令状や学徒出陣じゃないんだ。子供まで招集して化け物の餌に差し出し英雄だと持て囃すなんてどうかしている。
「そうね。それと、あなたも多少察してるようだけど、階級をあげるという意味だけで言えば最年少での出世ルートである此処の指揮官という配置に、どうして軍学校の主席や次席と言った選りすぐりのエリートさんが来ないか解る?」
「ははっ自分も信じちゃいませんが、嘘か真か女性に囲まれる職場で肩身も狭く、色々とやり辛くて精神を病むんだとか。そしてどんどん人が辞めていく。優秀で貴重なエリート様を無駄に消耗しないための措置でしょう?」
俺は四条中佐に、と言うよりは軍部に対して嫌味を吐くように、肩を竦めてわざとらしい敬語と共にふざけ気味に語った。
しかし、四条中佐は真剣に聞き、そして何処か残念そうに小さく溜息をついた。
「そう、三十点ね」
「あたる所があるとは驚きです。自分はどうか苛めないで頂きたいものですね」
「苛めたりなんかしないですよ。あの子達は敵と戦い、貴方はただ自分との戦いに勝てるか。それだけが問題なんですから」
なんだか冬場の所為か、疲れで風邪でも引いたのか、不思議な寒気を覚える。
しばらく無言で俺は暖炉に薪をくべると、ふとある言葉を思い出した。
俺は振り返るとふざけた調子では無く、真剣な眼差しと声色で問うた。
「……そういえば、軍学校の可愛がってくれていた先輩が、まだ三十過ぎだというのに、家庭があるにも拘らず退官なされました。そして、この職に就く私への電報には『気を付けろ、強くあれ』と」
「そう。家庭があるからじゃないかしら。それにね、ここから先は禁則事項なの。でも、あなたもそのうち解るわ。ごちそう様」
要領を得ない適当な回答を残し、四条中佐は部屋を後にした。
「……何なんだよ」
俺は初日から新しい職場でのやり辛さを感じ、配置換えを願いたい気分に駆られるのであった。