第六話
尉官以上の紹介は終わったらしい。朝倉大尉、ソフィア中尉、陳少尉はベテランと言って差し支えなく、戦果も戦場によってはエースと呼ばれるレベル。
特にソフィアは傑出しており、他戦線に比べ『蟲』の絶対数が少ないシベリア戦線ではトップレベルの実力と言って差し支えない。連邦国もこれ程の戦力をよく手放して皇国に貸し与えたものだと驚くと共に、政治の臭いがありそうでやり辛さも感じる。
山本中尉も若くして中尉になるだけあって戦果は二年目としてみれば大したものだが、それにしても過ぎたる位階である。こちらも背後にいろいろありそうで怖いので丁重に扱うとしよう。
次の人物に目を向けると、どこか緊張した様子で物静かそうな少女が歩み出た。
「大祝神姫、曹長です。軍歴は桜さんと同じく二年で、ここには一緒に配属されました。桜さんは飛び級で士官学校を出てますけど、私は兵学校速成組なので、曹長です……」
「なるほど、それで階級に差が。速成組となると卒業は十四か。普通なら新兵は伍長、二年目は軍曹だろう? 曹長と言う事は手柄があったはずだ。謙遜することは無いだろう」
「そ、それは、その……」
「次、加々爪さんお願い」
四条中佐は少しわざとらしいまでに話を流そうとした。
機械化歩兵は設立四半世紀近くなるが、技術がようやく安定してきたところで、現場の運用などもまだまだ模索しているところである。それ故に、解らない所や隠し事も少なからずあるだろうが、それにしても隠されていることが幾つかあるらしい。
かといい、機械化歩兵に関して素人の俺が無遠慮に聞き入っていい問題ではないだろう。機械化歩兵は女性が九割と圧倒的女性職場でもあるし、性別の壁も合っていろいろ話しにくい事もあるはずだ。
(下手なことしてメンタルに不調をきたして戦力化できないとなっては、いくら出世は望まないにしても経歴の傷になりかねん。流石にそれはそれで困るな)
「加々爪美百合っす!」
「知ってる、次」
(さて、どうしたものか。まずはじっくり呑み明かして腹を割らせ……未成年ばかりか。ジャムとクリームに塗れたクソ甘ったるいパンケーキできゃいきゃいすりゃいいのか? 冗談じゃないぞ)
「ちょ、酷くないっすか!?」
「酷くない、次。ん? 次が居ないなら終えるか」
「ま、え、なん」
「神道中佐、加々爪さんとは既にお知り合いで?」
「あぁ、此処に配属される道中で偶然一緒になってな。まとわりつかれて鬱陶しいったらなかったぞ」
「それはそれは……御愁傷様です」
四条中佐は口元に手を当て苦笑いを浮かべる。
俺と美百合のやり取りを見て、幾人かの肩肘を張った奴らも緊張を解いて笑みを浮かべていた。狙い通りだ。……別に狙って無かったけど。
とりあえず、部隊の扱いや接触については追々深く考えるとして、ファーストコンタクトはまぁ上々だろう。
まぁ美百合には悪いし、後で甘味でも調達して来てやろう。
さて、書類には戦力は八名、順次充足予定とあるから奥の小娘を合わせて全てか。ティータイム小娘は一向に挨拶をする気配が無いし、いくらなんでも上官の俺が下手に出てご機嫌伺いは冗談じゃない。他の兵やこの娘たちにも示しがつかんしな。
と思って踵を返した俺に、幼く粗暴な声が掛かる。
「おい、まだあたしの自己紹介終わってないじゃんよ」
「……お嬢ちゃん、何方の御家族か知らないがね、あんまりうろついていい場所じゃないんだよ。この巻飴をあげるから早くおうちへ帰るか、ご家族の所へ戻りなさい?」
素直じゃない生意気そうな餓鬼は好きじゃないが、それでも俺は紳士的且つ丁重に御帰り願うことにした。
だがしかし、幼女は鋭く睨みつけてギリッと歯を剥き出して見せた。
「馬鹿にしてんならぶっ飛ばすぞ!」
拳を握り締めて一歩踏み出し、威勢よく吠えるが俺はチワワに後れを取るほど軟じゃない。ドーベルマンでも連れてくることだな。土下座は一瞬で出来るという所を見せてやるさ。
俺は宥めるように優しく、それでいて若干小馬鹿にした調子と仕草で返す。
「おぉーはいはい、どうどぅ、落ち着こうな。女の子だからって安直にイチゴ味にしたのは悪かった。こっちのパイン味がポケットからはみ出してるのに気付いちゃったんだよな? この欲しがりさんめ。さぁ、特別だ。二つとも差し上げるから大人しく」
「なんださっきから飴ばっか出しやがって! 不審者通報するぞ!」
「オイヤメロ。この紳士的でクールなイケメン新任司令官として醸していた威厳が台無しになるだろう?」
帽子を脱いで前髪をファサっと撫で漉いて見せるが、どうにも空気が冷たいようだ。シベリアみを感じる。
「どこがだ! みじんも感じねぇよヘンタイ!」
「というか、不審者だって、確かに……うぷぷ」
「カガツメェァ!」
「はいっ! すみませんっす!」
怒鳴ると、俺を小馬鹿にして笑っていた加々爪美百合は一瞬で背筋を伸ばして直立した。
そして、この眼前の糞餓鬼はと言えば飴を二本とも奪い取った挙句、贅沢にもいっぺんに包装紙を外して舐めやがった。親の顔が見たいね、全く。
「で、四条中佐殿。こちらの糞餓鬼様はどちら様なんです?」
「ははは……その子も、隊員です。さ、貴女も挨拶なさい」
俺の目は丸くなっていた事だろう。全く持って驚いた。機械化歩兵は若年から戦場に送られるとは言え、兵学校は速成で十四、普通ならば十五、六で戦場デビューだ。
記録上には十三も戦争初期や非常時、成績優秀者ではあり得たが、眼前の子供はそれ以下、十を少し越したくらいに見える。
「……実夏。十二歳だけど、バカにすんなよ。あたしは天才でサイキョーだから早く戦場に出てってえらい奴らが頭下げて来たからね。しょーがなく来てあげたのよ」
「……四条中佐」
「え、えぇ。彼女の言う事は本当です。世界の記録までは解りませんが、少なくとも皇国軍最年少でしょう。先月配属されたばかりで私も書類上でのお話になるんですが、模擬訓練の成績は恐ろしい才能を感じます」
全く、この部屋に入ってからは驚く事ばかりだ。
機械化歩兵は被害を受けて人員が八名しかいないと聞いていたから目の前の六人、奥のティータイム小娘、四条中佐の八人かと思ってたが、これだと九人じゃないか?
あぁ、美百合が俺と同じ今日配属だから、数から漏れたのか。納得。
にしても、六人と一緒に並んでいるとは思っていたが、極端に幼い上、両手をポケットに突っ込んで敬礼すらしなかった糞餓鬼が軍属とは皇国に失望しそうだな、全く。
「マジかよ……にしても、もう少し教育を施してからでもよかろうに、皇国軍すらも末期だな。嘆かわしい」
「どこの国や戦場も同様ですよ。まぁ、ここは今回少し特殊な事情もありますけど……彼女は伍長。速成教育組で実技重視の教育方針だったようですね」
「どうりで、軍人どころか世間常識すらないと見える」
「しつれいだな!」
子供のレベルに合わせて遊んでやったが、何時までも言い争ってはキリが無い。そろそろ四条中佐と大人同士で落ち着いた会話がしたいものだ。
と、考えていたら一つ聞き洩らしたことに気が付いた。
「まぁいい。ところで、名字は?」
「……」
糞餓鬼様、無視しやがりますか、ハイ。
俺は話の通じる大人に視線を向ける。
「四条中佐、こいつの名字ってまだ聞いてませんよね?」
「ははは……それがその……」
四条中佐も苦笑いして口籠った。どうした事か、何か重要な問題か? それとも、名字が無いという事はもしかしてやんごとなき……。
「ゃまだ」
「あ、なんだって?」
「や、ま、だ!」
「電気?」
「違う! 山田! 山田実夏! これでいいだろ」
どうやら、大した事情でもないらしい。良かった良かった。
「……なんで名字隠そうとしたん? なに、ダサいからとか?」
「っっ!!」
(マジかよ)
山田実夏は驚き目を見開いた。そして、すぐに悔しさを表情に滲ませる。
どうやらビンゴだったらしい。皇国全臣民の山田さん、ごめんなさい。別に、俺はダサいとか思ってませんよ?