第五話
四条中佐に先導されて入室すると、中には六名の少女、或いは妙齢の女性が敬礼して立っていた。
部屋は広く、台所やモニターがある所を見るに、食堂やミーティングなど多目的に使われているんだろう。前線に必要なのか疑問なインテリアその他もろもろも見受けられ、個人の趣味や寛ぎを重視した空気感が見て取れる
そして、居並ぶ女性軍人の奥で、一人の小娘が優雅にティータイムとしゃれ込んでいる。
「……これは?」
「これは? とはどれに対するご説明をお求めでしょうか?」
「“何”ではなく“どれ”と言うあたり幾つか心当たりがおありの御様子。良ければそれ全てについて聞いてからにしましょうか」
四条中佐はクスリと笑ってゆっくり頷いた。多少の茶目っ気もあるらしい。
コホン、と咳払いをすると解説を始めた。
「まず、この待機室ですが、これはみんながリビングルームとして扱い、思い思いに寛いでいます」
「そうね、直属の上官で基地司令になる人物が赴任してきた挨拶の席で、一人優雅にティータイムやってるくらいには寛げてるのがよく見て取れるよ」
「此処までの道中でなんとなくわかっていましたが、いきなり怒鳴りつけたり説教するタイプの方でなくて良かったです。それについても後程説明しますので」
四条中佐でも扱いに困っているのか、だいぶほっとした表情をしていた。
確かに、こんな場所に軍人然とした人間を送り込めば軋轢必至だろう。機械化歩兵はその日の体調や気分と言ったメンタル面など、大凡兵器や兵士として不確定要素が大きく戦力化、安定運用が難しい兵種で四半世紀軍部も頭を悩ませているとは聞いたことがある。
強力な戦力の運用に必須の優秀な指揮官を配置すべき場所だが、軍大学の主席や次席がかつて一度も配置されたことが無いというのは、下手にエリートを鼻にかけた言動で不協和音を起こす可能性等を考慮しての事だろう。性格も考慮対象なら、俺は性格と能力のバランスでとりあえず選ばれた形なのかもしれない。
(とはいえ……)
「いや、さすがに怒鳴って説教の一つもするべきなんだろうけど、あんまりに想定外で驚いて面喰ってるだけだからな? これ」
「ふふふ……まぁ、さておきこの部屋は」
「知ってる。と言うより読んだ。軍への貢献度の高さと最前線で肉薄した戦いもこなす役割上、そしてまだ精神的にも未熟な年齢が多く、戦闘には普段の体調や精神状態が大きく影響するために最大限の優遇措置の結果、最高の住環境が与えてあるってんだろ?」
「ご理解が早くて助かります。まずは挨拶と行きましょうか。部隊状況は挨拶を終えて後ほど」
四条中佐は彼女らに振り返り一度敬礼すると手を下し、自己紹介を命じた。
彼女らは誰もがパッと見戦とは縁遠い様な町娘や女学生と言った風貌で、正直に言えばこれから指揮する連隊の主力を担う存在だというのは俄かに信じがたく、実感も湧かない。
(戦車部隊を主軸に戦略を構築し、彼女らは支援や遊撃、小回りを生かした展開を頼むとしようか)
などと、少女らを当てにせず戦う事を考えていた。二十歳過ぎであればまだしも、それ未満の少女はまだ遊んでいていいはずだ。現実は大人に任せ、夢に浸っても咎められる歳ではない。
軍人としてあるべき考えではないが、そのような彼女らをこの手で戦線へ投入し難いという忌避感も、少なからずある。
一人考えていると、先頭の妙齢の女性が一歩進み出て口を開いた。
「朝倉小夜香です~。これから宜しくお願いしますね、指揮官さん」
初っ端から気の抜けたおっとり挨拶に俺は思わず肩透かしを食らい、コケそうになってよろめいた。
「小夜香さん! し、しっかりしてください!」
朝倉小夜香と名乗る女性の隣、和装の似合いそうな黒髪長髪の大和撫子が少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら声を上げた。見るからに品行方正真面目な堅物委員長キャラ、そんなところだろう。
とすると、妖艶さ香るこの女性はみんなのお姉さん的立場だろうか。年も一番上に見える。まぁ、誰も俺より若いだろうが。
「朝倉大尉、階級と軍歴を」
四条中佐に促され、ポンと一つ手を打ち鳴らすと頷いてゆっくり答える。
「朝倉小夜香、大尉です。出身は福井で好きなものは大福アイスと筋肉質な男性です。ふふふ。……あぁ、軍歴は七年ですね。最初は華北戦線に居ましたが、華南戦線でもう五年くらいです」
四条中佐はマイペースにいろいろ話す朝倉大尉に溜息をついて額を抑えていた。隣の大和撫子も同様だが、朝倉大尉当人は全く気にしておらずニコニコと温かみある微笑みを振りまいていた。
朝倉大尉が一歩下がると、大和撫子が一歩進み出た。
「山本桜。中尉です。軍歴は二年とまだ浅いですが、皇国の名誉と栄光を汚さぬ様、日々精進し誠心誠意軍務に励む所存です!」
山本桜、どこか引っかからない所は無いでは無いが、後に回そう。
入れ替わるようにして次に前に出た少女は色白で、西欧風。少なくとも皇国人では無かった。
「れ、連邦国……ソフィア・ヴィアチェスラヴォブナ・リプニツカヤ」
「ん?」
なんか、不思議な事に言語っぽい音声が流れた気がする。
俺はそれほど厳つい見た目していないと思うんだが、色白少女は身を震わせて怯える仕草を見せ、たじろいでいた。
「ご、ごめんなさい」
「俺こそ御免だけど、もっかい言ってくれるか?」
「ソフィア・ヴィアチェスラヴォブナ・リプニツカヤ」
……どうするか。全く聞き取れない。
「……ワンモアプリーズ」
「ソフィア・ヴィアチェスラヴォブナ・リプニツカヤ……」
意図を理解してくれたのが、僅かにゆっくり答えてくれた気がするが、発音できる気が微塵もしないので困ったものだ。
皇国人はこれだから世界に馬鹿にされる。全くな。
「……時に君は、愛称とかニックネームの様なものは馴れ馴れしくて嫌だとかいうタイプの娘かな?」
「い、いえ……」
「OKソフィア。今後はソフィアと呼ばせてもらうが、構わないか?」
「は、はい……あの、出身」
「で、軍歴は?」
ほっと胸を撫で下ろした。名前が呼べないのではコミュニケーションも難しい。機械化歩兵がどんなものか詳しくわからないが、交流は必要だろう。主力にするつもりが無くても、放置も出来ん。
「あ、はい。シベリア戦線で、五年間……」
「おぉ! てことは、俺と同じだな! 数奇な事だ。ありがとう」
「いえ、はい……」
同じシベリア戦線出身者なら国の壁は飛び越えてすぐ馴染めるだろう。下手に合衆国や連合王国の人間じゃなくて良かった。シベリア話に花を咲かせるとしようじゃないか。
しかし、大尉、中尉と流れを見るに佐官は四条中佐だけか。俺も割と出世コースだが、四条中佐も大したもんなんだな。
「陳淑芬ネ。麗島出身の少尉ダヨ。軍歴は五年でズッと華南軍区ネ。華南落ちると故郷も危ないカラ、必死ヨ。合肥撤退戦の後から九江基地配属ダネ」
「とすると、ここは三年弱か。ここは皇国からの移住者も多いそうだが、過半数は共和国の人だ。地域住民との交流や協力も重要だから頼る事は多いと思うが、よろしく頼む」
「ムー、まぁ、いいけどネ」
大きく見れば共和国と人種的に違いは無く、文化や言語も殆ど変らないのだが歴史的軋轢があるらしい。
また、大陸国家の共和国は暴走生物兵器『蟲』の被害を受けて著しく荒廃。戦争被害と合せ全人口の半数以上を失った一方で、陳淑芬出身の麗島は皇国同様に海に隔てられ『蟲』被害が無い。
それどころか戦争被害すらも殆ど無く、皇国より平和だったと言われるほどだ。それ故に余計民意が拗れているらしい。
大変だな。