第四話
俺はほぼ同世代の二階堂中尉の案内で基地内部の構造や各種配置を見て回った。
二階堂中尉は明るく気さくで冗談がうまく、上司に気に入られているらしいのだがそれが良く解る人柄をしていた。特に顔芸が得意で、所属部隊では年末の出し物に欠かせない要人だとか。二つ年下だと言うので存分に可愛がろう。
書類に目を通し、そして二階堂中尉から聞く限りだと連隊の大まかな構成は
・一般歩兵大隊 一千名
・戦車大隊 四百名
・混成支援大隊 九百名
・機械化歩兵 十八名
となっていた。
上三つの大隊だけで独立した作戦行動を出来る戦力であり、多くの地域はこのレベルの通常兵器で『蟲』からの侵攻を防いでいる。
ただ、此処では最重要の戦力は一番下の機械化歩兵である。各兵科もこれを支援できるように整えられ、調整された戦力であり、機械化歩兵が前線で戦う事が大前提の連隊である。
機械化歩兵は特殊なパワードスーツによって一個人が戦車並か、或いはその数倍の火力を持つことが出来るうえ、戦車以上の小回りや機動力を持つ。また、戦車砲の威力を個人携帯火器として扱えるのは、素早く動く蟲への命中率で戦車に大きく上回り、広い視界は臨機応変な行動を可能とする。
そう言った様々な理由から機械化歩兵は一人で百人力であるとか、或いは一騎当千と言われ、実際そのように扱われる。軍内部でも一般的に機械化歩兵は通常でも戦車五両から十両分の戦力はあるとされ、経験や熟練、才能やセンス次第では数倍、数十倍の威力を発揮することもできる特別な兵科として知られていた。
機械化歩兵は特別な扱いを受けているようで、二階堂中尉は機械化歩兵大隊以外の事は紹介してくれたが、それが終わると「此処より先はおひとりでお願いします」と突き放されてしまった。
どうやら、機械化歩兵の半数近くが十代の少女達であることから、余計なトラブルを避けるために許可なく不必要な接触は避けているらしかった。
(感受性豊かで面倒な年頃だものな。しかも、男女関係なくそんな子供を戦場に送り、最前線に立たせてるなんて真っ当な大人なら引け目や罪悪感があるだろう。現実から目を背けたくなる気持ちも解らないではないが)
心中ごちながら、手元の資料冊子から機械化歩兵についての解説を眺めつつ、機械化歩兵が住むという棟へ足を向ける。
しばらく歩いて、小さく溜息を吐いた。
(ただ、気に喰わないのがなんでそれほど重大な兵科が小娘ばかりなのか……男相手なら鉄拳教育もしやすいというものだが)
「まぁ、今のご時世は女性も一人でも多く戦力化したい時代ですからね」
廊下を歩く俺に背後から声がかかる。別に気にする程でもないが、上官に対して気安すぎるんじゃないか?
「って、なんで俺の考えていることが」
「まぁ、冊子の機械化歩兵の頁で手を止めしかめっ面していましたから。それが、着任したばかりの指揮官殿であれば大概そのような感想を抱くものですので」
「ほぅ、なるほど」
背後から声を掛けて来たのは眼鏡をかけた気真面目そうな女性軍人であった。
ちらりと階級章を見ると意外にも中佐である。
(女性で中佐? しかもこの若さで……となると、連隊の前任指揮官? もういないと聞いたが、引継ぎか何かの為に戻って来たのか?)
俺はと言えば、前日の景徳鎮にある第八師団の鎮台で師団長から正式に中佐の辞令を受け取っているので階級は対等だ。相手は先任仕官だからそれなりに気遣いつつも、既に同じ階級だからと堂々と胸を張って言葉を返す。
「自分は、この九江基地を任される事となりました、神道辰彦中佐であります」
俺が少しわざとらしく改まって自己紹介をすると、相手の女性中佐も意を汲んで身を正して敬礼した。
「私は九江基地所属、機械化歩兵大隊大隊長、四条有希特務中佐です」
「機械化歩兵大隊長殿でしたか。機械化歩兵の活躍はかねがね聞いています。戦場の女神にお会いできて光栄です」
俺が手を差し出すと、四条中佐も差し出して握手する。
四条中佐は握手を終えると俺を見つめて小首を傾げた。
「機械化歩兵は確かに全体数が圧倒的に少ないですが、多くの現場では小隊単位で配置するなどして活用されていると聞きますが……貴方も若くしての中佐と見受けますが、軍歴は浅い訳ではないのですよね?」
「軍歴は七年です。しかし、一年間は軍大学在籍しながら後方地帯で実地訓練の様なもので、然したる経験は積んでいません。以降の六年は半分がヨーロッパ戦線のこれまた後方地。戦闘は少なくなかったですが、小規模なため戦闘中の機械化歩兵を拝むことは不運な事に一度も。もう半分を過ごしたシベリア戦線は最前線で戦いましたが、有難い事に敵も凍り付いてくれるので通常戦力で戦うばかりです。補給も薄く、戦線は広い。戦場の女神は遠目に幾度か拝見しただけですよ」
「なるほど。ヨーロッパ戦線で見られなかったのは確かに不幸でしたね。シベリアは……補給物資や、働かない兵器たちとの戦いが日夜続くと噂には……」
「まったくです。純国産不凍液をもっと生産して寄越してほしいものです。合衆国のは山ほど送られてくるのですが、厳冬期にはまずもって役に立たない。決まって誰かが言うジョークに『合衆国の奴らの腹を掻っ捌いて贅肉脂に火を付ける方がまだ動く』というものでしたよ」
俺が肩を竦めて剽軽に語ると、四条中佐は口元を上品に抑えて笑っていたが、次第に堪えた笑いは大きくなり、溢れるようにして腹を抱えて笑い出した。どうやらツボに入ったらしい。
(楽しんでくれて何よりだが、割と笑いの沸点が低いなこの人)
眼鏡で真面目で堅物そうな見た目と裏腹に、案外笑い上戸なのか取っ付きやすさは感じ取れる。
四条中佐は眼鏡を軽く持ち上げ、目元を拭うと深呼吸を一つした。
「さぁ、隊員が待っています。冗談はこの辺で顔合わせと行きましょう」
四条中佐はそう言うと、何時の間にやら到着していた『機械化歩兵待機室』と書かれた部屋の両扉を押し開いた。