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第三話

 俺はほぼ同世代の二階堂中尉の案内で基地内部の構造や各種配置を見て回った。

 二階堂中尉は明るく気さくで冗談がうまく、上司に気に入られているらしいのだがそれが良く解る人柄をしていた。特に顔芸が得意で、所属部隊では年末の出し物に欠かせない要人だとか。二つ年下だと言うので存分に可愛がろう。 首都東京から大阪までは人生初の高速鉄道移動だった。

 今や世界人口はピーク時の半分近いといい、諸国の軍事や経済はめちゃくちゃで、幾つもの国が滅んだという。文明もかなり衰退したらしいが、それでも皇国は被害がまだ軽い方であり、この高速鉄道もどうにか復旧させたのだとか。

 だが、これも不十分で古くは新幹線と呼ばれ、設備や技術は流用した劣化コピーだという。俄かに信じがたい事だ。それに、都市伝説にはリニアモーターという、新幹線のそれすらをも上回り、音速に迫るなどと言う眉唾などもある。

 だが、資源や生産設備の限界で次何かあれば再生産は不可能で、これだけ高性能に見える乗り物でも一世紀半近く前の代物だというのだから驚きだ。


 そんな高速鉄道旅を終え、エネルギー不足の地方を走るのに適した石炭機関車で呉を目指す道中、災難に遭った。

 軍服がコーヒーで汚されたのである。

 鞄は最低限の荷物と下着しかない。他の軍服などは船便で送ってしまっている。実に最悪の状況だが、移動スケジュールに余裕は無い。先方の基地からは一刻も早い着任を急かされている。


「せめて、祖国の桜ぐらいは久方ぶりに見てから国をはなれたかったものだな……」


「少佐さん、謝るっすから現実逃避はやめてほしいっすよ……」


 祖国を飛び立つ軍用機の窓から遠ざかる大地を見下ろして呟く俺に、隣の女は悲しげに訴えるように抗議をしていた。


「うるさい、俺は長旅で疲れているんだ」


「それは自分も一緒っすよぉ~、しかも、少佐さんは大坂で一泊できたらしいじゃないですかぁ。私は夜行列車だったんですからね?」


「だが、埼玉兵学校から東京来てからの深夜列車だろ。こっちはシベリアから既に長旅なんだ」


 その後、俺は隣で喚く美百合をしり目に毛布を被り、目を瞑った。

 汽車移動の際コイツに付き合ってやったのも、半分は此処で寝れるよう我慢するためでもある。


 機体は軍用機であり、旅客機ではないので当然寝心地も悪く、エンジン音も凄まじいが美百合の話に付き合わずに済むのは好都合だ。俺は決して高所恐怖症等ではないが、やはり足が地面から離れていく言う事に少なからぬ恐h……不快感はある。

 いや、一向に構う事でもない。別に、先ほどだって窓から祖国を眺めていた。未だって外に目を向けるのもやぶさかではないが、単純に好みではないのだ。そう、好みではない。出来るけど、しない。


 そうこうしてようやく共和国、九江市(ジゥジアンシー)に到着した。

 上海で便を乗り換え、景徳鎮からは陸路の旅である。

 九江市、皇国読みで「きゅうこうし」は長江沿岸の重要港湾都市であり、最前線補給基地でもある。

 背後に廬山(ろざん)と言われる世界遺産でもある壮大で美しい山を南に背負い、周囲を長江や八黒湖で守られた九江市は山河襟帯の要害、天然の城砦なのである。

 『蟲』は巨大化の弊害か、跳ねる事はできても飛べない個体が多く、水場を苦手としていた。時折溺れて自然死する個体が現れるほどに幅のある水場は有効であり、長江や黄河ともなれば重要な防衛ラインを形成できるのである。


「さて、そんな最前線の要衝を俺なんかが預かる事になるとはねぇ」


 俺は立派な基地の建物を見上げ、帽子を外した。すぐ傍の木板には『第八師団○四六連隊駐屯基地』と書かれている。


 美百合に荷物を預けて先に基地に向かわせ、俺は市街で急場を凌ぐ為に似た色合いと素材のズボンを買い求めた。

 その際、美百合は「自分が汚したので支払います……分割で」と言っていたが、面倒なので断った。その声は再び震えていたが、今度は恐怖というより、単純に金が無いのだろう。

 列車内で瓶ビール一つ買うにも小銭を寄せ集めていたし、飴やジュースの一つで無邪気に喜ぶほどだ。今の時勢、布製品も生産が後回しにされるから安くは無い。家に仕送りでもしてるのか、そもそも普通学校に通えない程貧しく兵学校に入ったのかは知らないが、見るからに金が無いのが解って弁償しろとも言い難かったのだ。


 第一、俺は金のかかる趣味が無い上に実家も仕送りが必要な家ではない。仕官であり、その中でもそれなりに高待遇を与えられている準エリートとも自負しているほどで、給金もそこそこいいのだ。正直、金に困る事も無い。


「さて、シベリアに比べれば気候は最高なんだ。後は、高い給金はいらないから平和な職場であることを祈るとするか……」


 独り言を溢しながら、俺はとぼとぼと基地の玄関を潜っていく。

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