第二十話
入院中に過ぎ去ってしまった生憎のバレンタインは祖国の母から届いた手製チョコレートと美百合からのチョロルチョコと言う明らかな義理を貰うだけで過ぎ去ってしまった。
だが、バレンタインの翌日には体も回復し、無理はしない範囲での軍務に復帰した。
俺の入院中にも蟲の侵攻はあったようだが、岩城中佐と四条中佐の率いる部隊が協力してこれを撃退していた。
二階堂中尉から聞き、その後四条中佐と話した大隊長の件だが、四条中佐は前線から身を退いてこの基地で後身を育てる事に重点を置くように命じられているとのことだった。また、機械化歩兵運用に不慣れな俺の参謀としての役割も担いつつ、機械化歩兵に関する申請事務なども引き受けるというのだから多忙である。
これからは俺が機械化歩兵を指揮するという事で、彼女らとの交流を取る必然性が生まれてしまった。だが、上は俺がこれ程の怪我や失態を見せても機械化歩兵と共に前線に出て戦うことを期待してくれているらしい。
「喜んでいいやら悲しんでいいやら」
「あ……動いてる」
「動いているとは失敬な。えっと、ソフィア中尉」
「失礼しました……悪気は無くて。回復、したのですね……」
ソフィア・ヴァアチュプラ・リプツカニ……チュパカブラ、リプカツニ……。
ソフィア中尉は透き通るような白い肌と銀髪を持ち、色素のみならず存在感の薄さを思わせる物静かな少女だ。連邦国女性は自己主張が強いと言うので珍しい方だ。実際、シベリアで共同戦線の時に多くいた連邦国の女性戦車隊は驚くほど強く、皇国軍の動きに度々文句を付けて来ていた印象がある。
(もっとも、皇国からすれば連邦国だろうが合衆国だろうが共和国だろうが主張が強いんだがな)
明後日の方向へ視線を向けて鼻で笑っていると、ソフィア中尉は態々正面に回り込んで俺の顎を指で挟み、クイと顔を向けさせた。
「おっと、随分と大胆じゃないか、ジェーヴシュカ (お嬢さん)」
「……違います。見えていないの、かなと」
ソフィア中尉の頬を撫で返して全力のキメ顔でかっこつけていたのが恥ずかしい。
ソフィア中尉は他の女性諸君のように照れる様子も恥ずかしがることも無く、至近距離で視線を合わせても全くの平常心であった。そして、勘違いまでして滑っている俺が恥ずかしくなり、頬を引き攣らせながらいつもの調子で言葉を溢す。
「あ、あぁ、そうか。その反応にも驚きだが、冗談を真に受けて返さなくてもいいんだからな?」
「えっと、ごめん、なさい?」
「んー、なるほど。皇国語って難しいよね! まぁ、さておきどうしたんだ? 何かあったか?」
「なにも?」
戦闘は優秀だが、それ以外は一切謎の人物である。機械化歩兵では唯一俺の見舞いに訪れはしなかったが、他の面子に聞けば誰も挨拶以上の交流が無いという。他者に興味が無いだけなのかもしれない。
俺はその場を離れようと他所へ足を向けるが、この機を逃せば次の会話がいつになるか解らない。大切な部下の事を知るのも重要な事だろうと思い直した。
「……そうか。なら俺はもう行く。あぁー、いや待て。ソフィア中尉。時間があればお茶でもどうだ? 紅茶娘に買わされゲフンゲフン、もとい、選んでもらった良い茶があるんだ」
「……命令なら」
「そっかー、命令じゃないとだめなのか……すまん、何か予定があったんだな。強要はしないから安心してくれ」
溜息と共に肩を落とした。美少女とのお茶の機会が損なわれたのは残念だが、正直取っ付き難さもあって安堵も微かに覚えていた。
しかし、ソフィア中尉は不思議そうに首を傾げた。
「? 別に、予定も無い……」
「えっと、言いにくいかもしれないけど、俺は余り好感抱けない?」
「? 別に……」
「じゃぁ、お茶を一緒に飲まないか?」
「命令?」
「あー、そう戻るのね。お茶を提案している。対等な立場でのものだから、ソフィア中尉は自分の意志で拒絶することも可能だ」
「中佐は上官で、私は中尉です」
だから対等ではないと?
どうにもコミュニケーションに難があるようだ。実に困った、会話が半分ほどしか成立していない気がする。
思えば、この基地配属の面子は優秀だがどこかしらに難ありが多すぎやしないか? どっかの宇宙戦艦の搭乗員じゃあるまいに。
「……そうか。規律正しく実にすばらしい事だ。加々爪伍長を始め幾人かに爪の垢を煎じて飲ませたい。じゃぁ、ソフィア中尉。我等が皇国には無礼講と言うものがある。連合王国にティータイムがあり、合衆国にBBQパーティーがある様に、皇国文化で言う一種の酒宴だ」
「お酒、ですか……」
「大丈夫だ。俺も何も酒を呑ませるわけではない。大事なのは文化で、これは職務上の上下を忘れて楽しみ親しむ交流会と言う事だ。これを今、してみたくはないかと聞いている。暇ならば、どうだろうか?」
「わかりました。参加を、表明します」
「そ、そうか。じゃぁ後ほど執務室に来てくれ。今日は一日居るからな」
言語は通じ合っているのに言葉が通じないという初めての体験を終え、俺はこの基地でもトップエースになるであろう人材との交流を深める事とした。
資料によれば、ソフィアは此処に転属するまでは第一世代型の現地改修タイプで戦っていたらしい。形状は、足裏に短めのスキー板を履いて、腕に付いたストックか脹脛や肩裏に付いたミニブースターでのスライド移動が出来るようになっていた。
これはシベリアしようと言われ、連邦国のお国柄装備だが寒冷地では一般化したため、現代では寒冷地仕様とも呼び改められている。
そして、雪の降るほうが稀なこの地域に転属するとともに第二世代空中型を受領して、既に慣らし終えているというのだから驚きだ。
俺は部屋を簡単に片づけて掃除を終えると、紅茶とジャムを用意して資料を読みながら待っていた。
程なくして何かの音が近づき、しかしそれが何か重量感ある台車の音であると解ると待ち人ではないと判断し、伸ばした首を戻して資料へ目を向ける。
すると、台車の音は部屋の前で止まり、コンコンとノックされた。
俺は資料を置き、扉へと体を向けて返した。
(四条中佐だろうか。それとも桜か、美百合か)
「入れ」




