第十二話
俺は始めの一言が災いし、市内最高級の中国茶の喫茶店に連れ込まれた。
昨今の荒廃著しく厳しい世界情勢は別世界のように、ふんだんに空間を遊ばせている自由で気品ある造りの館に、僅かな席数、テーブル一つ一つに専属の茶汲娘が付く尋常じゃない贅沢振りである。
佐官でそこそこの給金がある俺でも一人では入らない。女性とのデートだとしても、かなり覚悟を決める時間が欲しい、少なくとも記念日でも無い日にはご遠慮願いたい類のお店である。
「レディ・エリザベス・グローヴナー、随分と根に持っているね?」
「あら、そんなことなくってよ」
エリザベス・グローヴナーは上品にカップを持ち上げると、紅茶を芳しそうに香り、口を付けると静かに口を潤し、コクンと小さく喉が鳴る。
流石は連合王国人。紅茶一つ呑むのにも様になるというか、あるべき形のように似合っており、背景も相まって一つの芸術絵画の如く見える。
エリザベス・グローヴナーは静かにカップを置くと、ハンカチで口元を拭った。
「わたくし、以前からここには一度来てみたいと思っていたの。でも、一人では入り辛いですし、お値段もそこそこですものね。お父様にお小遣いをねだるのも恥ずかしいからと悩んでいたので、とてもいい機会でしたわ」
「おかげで俺の財布は空になりそうですよ」
「あら、帰りが楽になりますわね」
エリザベス・グローヴナーはクスクスと楽しげに笑う。貴族の気品さもある様で、貴族らしい厭味ったらしさも微かに漂い、それでいて何処かまだ子供らしい無邪気さも混ざった不思議な笑みであった。どうにも怒りが湧かなくて困る。
「レディ・エリザベス・グローヴナー」
「グローヴナーは付けなくてよろしくてよ。レディ、に関してはお任せしますわ」
「そうかい、レディ・エリザベス」
「あら、良い心がけね。少し紳士に近づいたかしら?」
俺は席を立って西欧風のお辞儀で挨拶する仕草を見せた。
「僕はいつだってジェントルメンですよお嬢様」
「ふふっ。貴方、皇国人にしてはコメディアンの素質があるわ」
俺のわざとらしい紳士振りはどうもお気に召して頂けたらしい。
俺も部下との交流にこれだけの高い投資をしたんだ。具体的には美百合のご機嫌取りの百倍以上。流石に見返りが要る。
「光栄で御座い。ところで、君は俺を嫌っているものだと思っていたが、こうしてお茶を御一緒できるとは存外、好感度は低くないと見て宜しいかな?」
すると、エリザベスは僅かにバツの悪そうな、恥ずかしげな表情で目を逸らした。
「そ、それに関しては何と言うか……私も悪い所はありましたわ。でも、だからと言って一週間余りも放置は酷いのではなくて?」
「すまない、素で存在を忘れていた」
「まぁっ! ヒドイ!」
すまん、俺も忙しかったし、部下の数が今までの六倍近い。各分野の要職者を記憶するのが優先で、一週間じゃ何十人かを覚えるのが手一杯だ。
引っ越しを手伝ってくれた三人娘や現地情報について聞くために交流してる淑芬とかじゃないと記憶しきれないのは仕方がないだろう。
「だがな、俺もあまり階級の上下をどうこう言いたくはないが、君は少尉で、俺は中佐だ。俺がのこのこ挨拶に出向いては、他の者へも示しがつかない」
「それは……そうですわね」
グダグダ言い訳を連ねると思ったが、思いのほか物分りは良く、素直だ。貴族だから気位が無駄に高く傲慢で我儘な奴かと思ったが、そうじゃないのかもしれない。
「で、そちらの事情とやらの御高説賜りましょうかね?」
「そうね、話すとしましょう。初日の挨拶、あれは間が悪かったとしか言いようが無かったの。致し方が無かったの」
「ほう、そんなに重要な何かがあの時に在ったのか。見落していたな」
あの時、特別違和感も抱かなかったが、意味がある行動なのかもしれない。
俺は真剣にあれこれと考え、耳を傾けている。
エリザベスもまた、両肘を突いて指先を口元で組むと、シリアスに語り出す。
「そう……私の国は、ティータイムの文化があるのよ」
「ふむ、そうなのか」
「……」
エリザベスはその先を語る事無く、ふー、とゆっくり息を突くとシリアスさを何処かへ流して身を起こしてしまう。
「……うん、で、ティータイムの文化があって、どうしたんだ?」
「ん? ティータイムの文化よ? ティータイム、おわかり?」
そう言ってエリザベスは俺にカップを差し出した。俺の手元にはポットがある。注げというのであろう。
「おわかりでない。そしておかわりも無い」
「じゃぁ、次はこれね」
エリザベスは自然な動作でメニューから次の注文を茶汲娘に指し示した。
俺はと言えば、慌ててメニューを取り上げて財布を開く。
「注文は待とうな? 俺のお財布と相談が先だろ? もっと言えばせめてその深い事情とやらをきちんと説明するのが先じゃない?」
「ん? だから、さっきから言っているじゃない。ティータイムなの」
エリザベスは訳が分からないと言いたげな表情で怪訝な視線を向けてくる。
訝しんでいるのは俺の方だというのに。
俺は大きなため息と共に頭を抱えた。理解できないししたくも無いが、意図を汲み取るにこういう事だ。ただ「ティータイムだから紅茶を呑むのを優先していた。だから挨拶に立つことはできなかった」そういたいのだろうと思う。
「上官の着任挨拶よりも、ティータイムを優先させたわけだ」
「だから、そう言っているじゃない」
「非常識だろ? 君の国ではそれが当たり前なのかね?」
「当たり前で無い事を堂々とすると思って?」
俺は呆れて言葉が出なかった。言うに事欠いて……いや、もしかしてマジなのか? 当たり前でも無い事を堂々とするのは確かに妙だ。それに、部下の言葉を頭ごなしに否定して嘘と決めつけるのは良くない。叱るのは調べてからでも遅くないだろう。
俺が頭を抱えていると、理由を察したエリザベスは自分から説明を加えた。
「言い伝えでは、核戦争の時だってティータイムを優先したとされているわ。それにおじい様も、砲弾鉄雨の中であろうとも、断固としてティータイムだけは続行し、死守したそうよ? だから、連合王国人はティータイム中はいかなる状況でも決してイスから立たず、カップを手放しはしないのよ」
「Oh、砲火後ティータイム……イッツァクレイジー……」
「ま、まぁよその国からしたらほんの少し変なのは認めるわ。さ、そんなことより約束を果たしましょう? 何を買いたかったの?」
(ほんの少し……?)
「あぁ、実は引っ越し荷物は片付いたんだが、食器類とかが無くてな。来客や日頃の寛ぎにもティーカップとかをまず揃えたいと思ってたんだ」
「まぁ! それは実にグッドね! それならぜひ陶磁器のものをお進めするわ。実は師団本部のある景徳鎮は陶磁器の名産地でもあるの! そして、ティーの産地でもある! 連合王国軍司令部に、極東の島国である皇国なんかに親善派遣されるなんて聞いて始めはお断りしたのだけど、場所が此処だというじゃない? 悩んだけど、どうしてもって言うから仕方なく来てあげたのよ」
エリザベスは鼻息荒く興奮した様子でフフンと居丈高に笑う。
なんだ、色々な意味で素直かも知れないが、高慢ちきでもあるぞこれは。
と言うか、親善派遣と言ったな。口振りからしても本物の貴族かもしかして。いろいろこいつも扱いのめんどくさそうな奴だな……戦場で政治の横槍が入らないといいんだが。
「ところで、今さらだけど共和国語は喋れるんだろうな?」
「あら、皇国語と同程度に話せると言えば、どれくらいかご理解いただける?」
「ワーオ」
「何か小馬鹿にされている気がしますけど、良いですわ。さぁ、参りましょう」
この後、細々した消耗品と調度品は無事調達できたが、こと食器類になるとエリザベスが口うるさく注文を付け、ことあるごとに口を挟んできた。
「そんな安物、佐官のお持ちになるべき品ではなくってよ。あっ、それは前衛芸術を気取り語る不出来な作品、趣味が悪いですわ! これは色合いが……」
「……何買ったらいいんすかね」
「だいたい、カップやソーサーは見ても楽しむものですから、使うだけでなく普段仕舞う時も飾れるように選ぶべきでしてよ。それには、部屋の色合いや雰囲気とも合わせるべきですから、今日は見当をつけるだけになさい。夜には部屋に行くので」
「夜はご遠慮願いたい、何がある訳でもないけど」
エリザベスは顔を真っ赤にし始めた。別に何がある訳でもないと言ってるんだが、俺が誰かと夜の情事に勤しむ様を想像したのだろう。そんなお相手が居れば昼過ぎにお前の目の前であれほどの恥を掻いてはいないのだが。
「そ、そうね。夜ははしたないですし、後日明るいうちに参ります。その方が部屋もよく見えていいわ。そうしましょう。それまでは私のコレクションを貸して差し上げますから、それで急場はしのぎなさいな」
「そりゃ有難い。いっそのこと余ってるならそのまま使わせて頂きたいが」
「それはダメよ。コレクションなの、手元においてこそ意味があるのよ。後はそうね……機会があればぜひ景徳鎮でショピングと行きましょう? 私も茶葉や質の良い陶磁器を買いに行きたいと思ってたの」
「そうね……景徳鎮で美味しく優雅なティータイムができるお店は探しておきますよ、レディ」
「あら、良い心がけね。うふふ」
俺が選ばねばリーズナブルな価格帯に抑えられないだろうと言うだけなんだがね。まぁ、株が上がるならそれでいいさ、もうなんでも。
あと、もう少しだけ美百合を可愛がってやろう……。




