暗闇
彼の気がついたとき、その目の前は真っ暗であった。
それより、明かりどころか何も無い…そんな状況というのが正確であろうかとも思った。彼は思わず立ち上がろうとした。が、自分の姿勢が分からなかった。手足を動かしたつもりだったが、しびれているのか、単に動けないのか、分からなかった。よくよく考えると、自分が立っているのか寝ているのかすら判断ができなかった。声を上げようにも声も出なかった。彼はパニックになりそうになったが、何とかこらえた。自分を落ち着かせようと深呼吸をした。そのつもりだったが、自分の息も聞こえなかった。
しばらく呆然としていたが、相変わらず目の前は真っ暗であった。真っ暗というより、漆黒の闇、星のない宇宙、そんな表現が適当であるように思われた。時折、自分が落下しているようにも感じた。あるいは空中に浮かんでいるだけのようにも感じられた。
自由落下と無重力状態を区別する方法はない。
どこかで聞いたような、おぼろげな物理の知識を思い出した。だが、それで何かが変わるわけではなかった。そして、自分置かれた状況を端的に表す一言が浮かんだ。
‘意識だけが、無の空間に浮かんでいる’
そんな感じだろうか。死後の世界…。ふとそんな気がした。もし、人が死んでからも、その意識だけは存在するとしたら…。視覚も触覚も聴覚も味覚も、感覚に対する入力がなにも無い。そんな状態で意識だけがあるとすれば、これが死後の世界なのだろう。それだけ思うと、彼は再び眠りに落ちてくような気がした。