漫才「誘拐」
漫才四作目です。どうぞよろしくお願いいたします。
誘拐犯が身代金要求の電話をかける。横には被害者がいる。
「はい、もしもし」
「へっへっへっ、お宅の娘さんを預かっている者なんだけどさ」
「あのう、私がこの家の娘なんですけど」
「え? あんたが娘?」
被害者に顔を近付けてよく見る。
「ほんとだ。若づくりなんで間違えちまったよ」
「ふっふっふっ、お宅の若づくりの母親を預かっている」
「母は私のすぐそばにいますけど」
振り返って、
「あんた、本当は誰なんだ? そうか、父親なんだな」
「おい、あんたんところのおやじには、女装の趣味があるのか?」
「今、どんな服装してます?」
「黄色とピンクの水玉ワンピースだ」
「たしかに父です」
「あんたはどうしてそんな服装なんだ? 趣味なのか? なに? 自分の服を買ってもらえない? すべて奥さんと娘のお下がり・・・それでか」
「へっへっへっ、今度は間違いないようだ、お宅の父親を預かっている」
「父は買い物に行ったはずですが」
「そう。その出先で誘拐をしてやったのさ」
「それは買い物の前なの後なの?」
「レジ袋を持っているから、買い物の後のようだな」
「品物は無事なの?」
「大丈夫だ。品物に興味はないさ」
「それ、私達の晩御飯なんです。父に持たせて帰してください」
「簡単には返せないねえ」
「まさか晩御飯ごと誘拐するなんて、なんて卑劣な輩なのかしら」
「食べ物の心配かよ。嘆かわしい、なんて家族なんだ」
「母がウイスキーは忘れずに買ったのか確認したいって言ってます」
「おい、ウイスキーは買ったのかって聞いてるぞ?」
「忘れたって言っている」
「母が、ちょっと電話を変われと、文句を言わせろと言ってます」
「今はそれどころじゃないだろう」
「じゃあ、今から言うことを代わりに伝えてくれと」
「○○○! ○○○! ○○○!」
「そんなひどいこと、俺の口から伝えられるかよ・・・」
振り返って、
「ようするにだ、ずいぶんなことを言っていたよ・・・あのさあ、本当に電話の向こうにいるのはあんたの身内なのか? そうか、間違いないんだな」
「法律上は身内になっているようだな。今すぐ身代金を用意しろ」
「母が嫌だと申しています」
「無い、というならわかるけど、嫌だ、というのは家族としてはぜったい言っちゃまずいだろう」
「自分の貯金で払えと母は言ってます」
「あんた、貯金あるのか?」
「無いってさ。さっきのお釣りしか持ってないって言っているぞ」
「身代金は出しません。父はあなたに差し上げるそうです」
「そんな白状な回答でいいわけないだろ」
「代わりの男はたくさんいる。この間は元カレに言い寄られた、と母が言ってます」
「そんな可哀そうなこと、よく言えるな」
「おい、あんたの家族には人の血が流れているのかよ。なんかあんたのことがかわいそうになってきた」
「なに? あんな家族でも大事な身内だと言うのか?」
二人して泣く。
「おやじは帰すことにしたよ」
「レジ袋は?」
「大丈夫。持たせるよ」
ガチャ、受話器を置く。
「あのな、あんたのためを思っての忠告だ・・・家に帰ったら、すぐに家出したほうがいい」
読んでくださり、どうもありがとうございました。